第57話−港町へ再び






 翌日、出立の準備を終えたユウたち五人は神殿の表で見送りに来た二人と向かい合った。
 見送りに来たのはオストとエミリの二人で、大神官の姿は無い。この大きな神殿を取り仕切る身であるから何かと忙い彼とは、既に昨日別れを告げている。
「それじゃあ、いろいろお世話になりました。」
「全くだ。世話焼かせやがって。」
 ユウの言葉に悪態を返すオストの視線はティルとシキの方へと固定されている。
「……」
「あはは…ごめんなさい。」
 シキは無言で、ティルは苦笑を浮かべてそれぞれ返すのを見遣り、オストは息を吐き、ユウは苦笑を浮かべた。
 明日の朝には元に戻っていると言うオストの言葉通り、今朝再会した時には昨日のことなど無かったかのように平然とした様子の二人に皆が驚いたものだ。
『昨日はごめん…せっかく来てくれたのに、あんなふうに飛び出して行っちゃって。』
 昨日の不穏な空気など一切纏わずそう言って頭を下げたティルにユウは呆気にとられたものだ。尤も、その後ばったりとシキと顔を合わせた際、二人が随分とぎこちない様子で挨拶を交わしたところを見る限り、完全に元通りとは言い切れないようだが。
「全く…じゃあ、元気でやれよ。」
「私も、皆さんの無事をお祈りしています。」
 微笑を浮かべ胸の前で手を組むエミリにレオが微笑を向けた。
「俺はポルトガで役目が済んだら戻って来るからさ、その時は移住の話、返事を聞かせて欲しいな。」
「分かりました。考えておきます。」
 バハラタであった直後に比べて随分と前進した返事に、レオはガッツポーズを決めた。
「よっしゃ、気合い入れて一仕事しますか!」
 とはいえ、彼の仕事はバハラタで取り付けた取引の約束をポルトガ王に告げれば締めというところなのだが。
 話に区切りがついたところで、レイが杖を構え詠唱を始めた。これで移動呪文の構成が完了すれば、ポルトガまでは一瞬である。
「あ、そうだ…!」
 詠唱が終わりに近づいたころになって、オストがふと口を開いた。
「ティル、一つ忠告しておく。暫くの間ジパングには近付くな。」
 険しい表情になって告げるオストに、ティルも真剣な表情で持って尋ね返す。
「……それは、師匠の『仕事』ですか?」
「ああ、俺の『仕事』だ。だから関わるな。」
 『仕事』と称した言葉の意味を完全に理解してティルははっきりと頷いた。
「解りました。気をつけます。」
 それでも絶対に近付かないという断言は避けた彼女に、オストはやや不満の色を示したが、直に気を取り直してユウに向き直った。
「じゃあな、ユウ。お前等の旅の成功を祈ってるよ。」
「ありがとうございます。オストさんも、元気で。」
「ああ。」
 その短い返答を合図に、レイが魔力を解き放った。
「――ルーラ!」

 五人は瞬く間にオストとエミリの前から姿を消し、取り残された二人は彼等が消え去った空を見上げた。 そうして空を見上げ続けながらオストは心中で呟く。
(頼むぞ、ユウ。)
 オストがユウに、勇者に願う事、それは愛弟子たちの心に深く刻みついた傷を癒すことともう一つ。
(お前等に、賭けるからな。俺たちの望みを――)
 オストは真剣な面持ちで此方を見遣る視線に気づきエミリへと向き直った。
「…オスト様、あの……」
 何を言っていいかわからないと言った様子で言い淀むエミリにオストはふっと微笑した。
「そっか、お前は知っているのか。」
「…はい。ルイ様から聞いて。…オスト様、貴方も、諦めてはいないのですね。」
「そうだな。周りに諦めの悪い連中ばっかり揃ってたからな。」
 そう言って遠くを見遣るオストの視線の先には、ルイやその他の仲間たちの姿が映っているのだろう。エミリはそんな彼の視線を追いながら、瞳を閉じた。
 彼等が何を思い絶望的な可能性の中を手探りで追い求めるのか、エミリには知る由も無いことである。



 移動呪文の効果によりポルトガへと辿り着くと、ユウとレイは早速と張り切るレオに引き連れられて城へと、ティルとシキは毎度のごとく同行を断り先に宿へと向かっていった。
 城の兵に用件を告げ、すぐさま通された玉座の間で王と謁見することとなったのだが、王は余程黒胡椒が待ち遠しかったのか目をきらきらと輝かせてレオからの取引成立の知らせを受けた後、共に持ち帰った黒胡椒を手渡すと、 途端に此方への興味を失った様子で後の事を大臣に任せ、そそくさと奥の私的空間へと立ち去っていった。
 遊び好きのロマリア王、お忍びでの外出好きなイシス王家、そして何処までもマイペースな様子のポルトガ王。 何故王家の人間というのはこう風変りな者達ばかりが揃っているのだろうか。
 ユウは脳裏でそんな事を考えながら、レオと大臣の交渉の行く末を待つ。
 レオはダーマを去る際の宣言通り、かなり気合を入れて交渉を進めてくれたようで、程なくして立派な一隻の船がユウたちに譲渡されることとなった。
 翌日までに港に用意しておくという約束を取り付けて、ユウたちは城を後にした。


 そして翌日。一同は港へ向かい、用意された船を見上げた。
 少人数でも動かせる程度の大きさのそれは、頑丈そうな木材がふんだんに使用されていて、素人目にもかなりの高級品と分かる。
「この国一番の船大工が造った力作だそうだ。どんな荒波にも負けないとお墨付きだぜ。」
 得意気に言い放つレオにレオは尊敬の眼差しを向けた。
「流石ね。そんなものが手に入るだなんて。」
 レオは肩を竦める。
「なぁに、ものは言い様さ。あちらさんだって魔王討伐を志す勇者に自国の船で死なれたくはないだろう。」
 造船業が盛んなポルトガで、自国の船の悪い噂が流れては、交易にかなりの痛手である。レオはそこに付け込んだのだ。
 そうして手に入れた仕事の成果を見遣り満足そうに頷くと、レオは道具袋の中からキメラの翼を取り出した。
「んじゃあ、役目も果たせた事だし、俺はもう行くから。」
 あまりにも突然の言葉にユウは驚きを隠さず尋ねる。
「もう行っちゃうんですか?」
「ああ。しっかりと修行して帰らないと、うちの爺様方にどやされるからな。」
 あっさりと頷くレオ。
 彼はこの後ダーマに戻り、暫くの間神殿で賢者になる為の修行に励んだ後、故郷のサマンオサ北の大陸に帰るらしい。
「じゃあ、元気でやれよ!サマンオサ北の大陸の傍に来る事があったら俺の町に寄ってくれ。俺は多分そこにいるから。…その時は――」
 レオは含みある笑みを浮かべてユウに耳打ちした。
「その時は三大賢者一族の一つ、スーの一族の代表として、何かためになるものを用意しとくから。」
「…へっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げるユウに片目を瞑って見せた。
「それじゃあ、またな!」
「あ、ちょっと!」
 言うだけ言うと質問の時間も与えずに、レオはキメラの翼を放り投げた。
 瞬く間にレオの姿が目前から消え去り、ユウは行き場を無くした手を下ろした。
「どうしたの、ユウ?」
 最後に残された言葉に戸惑うユウにティルが首を傾げて尋ねる。
「えっと、その…今……!」
 レオの残した言葉を告げようとして、ユウは口ごもった。果たして彼女らに、この話題を出してもいいのかどうか。
 ユウはティルとシキを交互に見遣り思考する。が、ユウを驚かす要因は、これだけでは終わらなかった。
 何処からか彼の背後に忍び寄る影。先に気付いたティルやシキが声を上げる暇も無く、影はユウのすぐ後ろに立つと声を上げた。
「へぇ、立派な船貰ったじゃない!流石ね、彼。凄腕商人なだけあるわ。」
「うわぁっ!!」
 思わず飛び上がり距離を開けたユウは影の正体を見遣り、脱力した。
「ね、姉さん…?」
「はぁい!お久しぶりね。」
 カンダタとの戦いの時とは打って変わって明るい雰囲気の姉―ユイの姿にユウは大きく息を吐く。それにしても、
「良く逢うね。」
 お互い旅の身だというのに凄い遭遇率である。同じ大陸を廻っているのだからある程度遭遇がある事自体はおかしくないと思うが。
「だって、今回は待ち伏せしてたんだもの。」
 その原因をあっさりと解き明かすユイ。そんな彼女にシキが呆れた声を上げた。
「どうでもいいけど、あんた、普通の登場は出来ないのか…」
「それじゃあ面白くないじゃない。そうねぇ…シキ君が満面の笑みで笑ってくれたら、やってみてもいいわよ!」
「うわぁ…想像しただけで寒気がする…」
 思わずそう呟き、ティルは胸を抱えて腕をさすった。

「で、なんの用なの?」
 気を取り直し、待っていたからにはそれなりの理由があるのだろうとユウが尋ねる。
「アリアハンに帰ろうと思って。」
「えっ!?」
 告げられた言葉にユウは目を見開いた。バハラタでユウが尋ねた時にはまだ帰らないと言っていたのに、一体どういった心境の変化があったのだろうか。
「それで、貴方達が船を手に入れるなら、船に乗せてもらおうと思ってね。」
「…移動呪文を使えばいいんじゃないの?」
 徐に尋ねるレイにユイは首を振って見せた。
「それじゃあ情緒ってものが無いじゃない。」
「心の準備をする間もありませんしね。」
 こつんという小さな音と共にユイの頭に軽く杖の先が当てられる。それと同時に告げられた言葉にユイは不貞腐れて口を引き結んだ。
「エルさん!」
「お久しぶりです皆さん。」
 ユイの隣に並ぶとエルは丁寧に頭を下げて挨拶を交わし、ユイへと向き直って表情を歪めた。
「勝手にいなくならないで下さい。心配するでしょう。」
「まぁまぁ、いいじゃない!それで、話を戻すけど、」
 ユイはエルの言葉を軽く聞き流すとユウへと向き直って告げる。
「運搬料の代わりに腕のいい操縦士を二人付けるわ。それにその他の乗組員あたしとエルの二人。悪い話じゃあないと思うわよ。」
 四人は顔を見合わせた。確かに、ユウたち四人の中には船の操縦経験があるものはいない。これからこの国で操縦士を雇うより彼女の言葉に乗る方が建設的である。
「アリアハンへは貴方達の旅の合間に立ち寄ってくれるだけでいいんだけど、どうかしら?」
 ユウは他の三人と顔を見合わせるとユイに向き直り頷いた。
「交渉成立ね!」
 ユイはパチンと指を鳴らして笑った。
「で、取り敢えずの目的地は?」
 軽い調子で尋ねたユイに、ユウは告げるのを戸惑った。ユウ自身が未だ決心がついていないからだ。
 が、そんなユウを余所に、別のところから答えは返った。
「…テドン。」
 低く告げられた言葉に、ユウとレイだけでなくユイもはっと真剣身を帯びた表情を浮かべた。カンダタに聞いた言葉が真実であるのなら、ユイにとってもその地は興味ある場所である。
「シキ…ティル、いいの?」
 遠慮がちに尋ねたユウにティルは苦笑を浮かべ、頷いた。
「正直、行きたくないのが本音だけどね。…何時までも、逃げていられないから。」
 奇しくもダーマで彼女の師であるオストが告げたのと同じ意味合いの言葉を発し、ティルは目を瞑った。
「テドンに着いたら、ちゃんと話すよ。」
 決意を持った言葉は重く響き、ユウは彼女に頷きを返した。




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