第69話−おかえり






「それで、俺が知っているもう一つのオーブに関してだが、これについては今君たちに教えてやる気は無いんだ。」
「どうしてよ!?」
「今の君たちを向かわせるにはリスクが高すぎるから。」
 つまり、実力不足ということだ。それを指摘され、ユウとレイは押し黙った。先程もエビルマージと地獄の騎士を相手に苦戦を強いられた所である。言われるまでもなく自分達の実力不足は身にしみていた。 だが、ユイは違った。
「だけど、今聞き出さなくてその情報を聞き出せなくなるなんていうのはごめんよ。何時までこの地に留まっていられるかすらも解らない人達相手に情報取得を後回しにすることなんて出来ないわ。」
 本人たちを目の前に思った事をずけずけと言ってのけるユイ。その発言に僅かにティルの瞳が揺らいだが、ラデュシュの言動に注意を寄せているユイはティルのそんな様子には気にせずに続ける。
「どうしても今話したくないと言うのであれば、今後この場所を訪れた時にも貴方たちに会えるという保証は貰っておく必要があるわ。」
「…確かに、村を覆うこの霧が晴れれば我々はこの地から消えるのだろうな。」
「その霧の発生源はいったい何?」
「さてね。」
 ラデュシュは軽く肩を竦めてみせた。しかしそんなふてぶてしい態度に誤魔化されるユイではない。
「あら、まさか六年もの間こんな生活を続けていて、その謎が解けないなんてことはないわよね。賢者様?」
「…易い挑発に乗るつもりは無いんだがな。」
「悪いけど、無くても乗ってもらうわよ。こんな大事な情報を逃す手は無いんだから。」
 ラデュシュはユイの挑発的な物言いに苦笑しつつも彼女の強気な姿勢に根負けした様子で息を吐いた。
「……確証がある訳ではないんだがな。」
 諦めたように頭を抱えるとラデュシュはそう切り出した。
「霧の発生はオーブの力によるものだと思う。」
 平和を夢見た村人の願いを叶える為か、それともオーブを守るため魂までも戦えということなのか。理由は解らぬが視した魂をこの世に留めた奇跡はオーブによってもたらされたものであるとラデュシュは考えていた。
 だが、ラデュシュはその考えを彼等に打ち明けるつもりは無かったのである。何故なら――
「そんなっ――!!」
 数拍の間を置いてティルが悲痛な声を上げた。
「それじゃあ、オーブを持っていったらっ!?」
「本当にオーブの力によるものだとすれば、やがて村を包む霧と共に俺たちはこの地から消えるだろうな。」
 淡々と述べられた結果を聞いてティルは更に表情を歪めた。
「そんなのって――、…っ!!」
 がたんと音を立てて立ち上がったティルは、叫びかかった言葉を途中で呑み込み、数瞬の間躊躇した後踵を返した。
「ティル!?」
 思わずティルを止めようと手を伸ばしかけたユウであったが、すれ違いざまに今まで見たことのないほどに泣きそうに歪んだティルの表情を見て咄嗟に手を止めてしまった。 その間にティルは家の扉を押しあけて外へと飛び出した。
「―――っ、……!」
 追って話を聞くべきか、それとも今はそっとしておくべきなのか、逡巡するユウ。そんなユウの様子にユイは肩を落としてラデュシュを見遣った。
「少し考える時間を貰っても構わないかしら? どうもいっぱいいっぱいみたいだから。」
「嗚呼。夜明け前までに決めてもらえれば構わないよ。」
「そ。じゃあこの場は解散ということで。ユウ、皆も、行くわよ。」
 ラデュシュからの同意が返るや否や退出しようとするユイに手を引かれ、ユウはラデュシュの家を後に仕掛った。そんなユウをこれまで口を開かず先行きを見守っていたシキが呼び止めた。
「…ユウ!」
「?」
 疑問符を浮かべて振り返ったユウに、シキはやや間を置いて告げた。
「…さっき魔族たちと戦った村の北側から暫く森を進んだ先に開けた丘があるんだ。多分あいつはそこにいる。」
 あいつというのは訊くまでもなくティルのことなのであろう。ずっと共に行動していたシキだけがティルの居場所を予想できることは道理である。しかしシキはその場から動こうとはしない。
「居場所を知っているのに、貴方は行ってあげないの?」
 訝しんだユイが尋ねるとシキは俯き返した。
「……俺が行ったところで、変わらないだろうからな。」
 低く言い放たれた言葉。表情はいつもと変わらぬ無表情。しかし銀の髪に隠れてその瞳にどのような感情が込められているのかは窺い知れない。
 言葉少なに口を噤んだシキに助け船を出す様に、メリカが微笑して告げた。
「皆さん、あの子のこと、よろしくね。」
「…わかりました。」
 ユウは静かに頷いて、今度こそその場を後にした。


 一連の遣り取りを見守っていたラデュシュはユウたちが去るとにやにやと笑みを携えてシキを見遣った。
「……なんだよ」
「いや、良い仲間が出来たんだなぁと思って。」
 背後から突き付けられた視線にシキが面倒そうに振り向けば、ラデュシュは上機嫌に答える。
「まさかお前たちの秘密の場所を教えてやるなんてなぁ。俺にだって教えてくれなかったのに。」
「いつの話だ。俺たちはもうそんなに子どもじゃない。」
「…そうだなぁ。」
「大きくなったな。」
「ああ。」
 当然のことだ。六年もの月日が流れたのだから。だけどこの村だけはあの日の前で時間を止めていて、片方は進み、片方は止まっていた分の時間の差を思い知らされる。
「それに強くなった。」
「ああ。」
 必死になって強さを求め続けた。己自身と片割れの命を守る為、両親や村人たちの敵討ちの為。それに修行の間はつらいことなど考えずにすんだので、自然に修行に費やす時間は長くなっていった。
「ティルのこと、ちゃんと守ってくれたんだな。」
「ああ。」
 ティルを守れというその言葉は、半ばシキを逃がす為の口実とする為の言葉であるという事にシキは初めから気付いていたが、それでもシキはその言葉を忠実に守り続けた。
 ・・・それ以外に、縋るものがなかったから。
「でも俺たちは、お前にお前のこともちゃんと守ってやってほしかったな。」
 淡い苦笑を浮かべて告げたラデュシュに、消え入りそうな声音でシキは答えた。
「…無茶言うなよ。」
 涙や苦痛を表す表情を浮かべては、互いに互いを傷付けた。だから心を殺す代わりに感情を殺した。その結果ティルの瞳から涙は流れなくなり、シキは笑顔を失った。
 何もかもを失ったあの出来事を過ぎたこととして、お互いに支え合って前を向いて歩いていくには、幼い二人はあまりにも無力だった。
「大丈夫。溶けない氷もあるけれど、その氷はいつか溶けるわ。」
 言葉と共に、ふわりと細く暖かい腕がシキを背後から抱き締めた。
「そうだと、いいんだけどな…」
 その腕を触れ返しながら、シキはほんの少しだけ安心したように表情を緩めた。

「おかえり。」
 二つの口から紡がれたのは、もう二度と掛けられることのない筈の言葉であった。




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 お人好しな性格とラデュシュの話に惑わされていますがこの時点ではエビルマージと地獄の騎士に苦戦するのは当然という…
 自分で設定考えておいてなんて過酷な運命を背負わせてしまったんだと反省してみたり…だけどこういうメンタル的な話を書くのはわりかし好きだったりします(苦笑)








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