第70話−選択と責任






 暫くして、シキは家を出た。一人きりでは六年ぶりに再会した両親とどのように接すればいいのか解らなかった為である。 ラデュシュもメリカもシキがどのような態度を取っても暖かく迎え入れてくれるのだが、それが長時間にもなると、二度と会う事が無いと思っていた為にどうにも気まずさが隠しきれなかった。
 手持無沙汰であった為ユウたちを追おうかと考えていたシキは、家の傍で座り込んでいるレイの姿を見つけて訝しんだ。
「…ユウたちと一緒に行ったんじゃなかったのか?」
 名を呼ぶこともせずに突然声をかけたシキに、レイは驚き肩を振るわせた後答えた。
「ユイさんが、解散って。」
「…そうか。」
 腕をさすりながら微笑して告げられた科白からその情景が容易に想像出来て、シキは気の抜けた返事を返した。
 そんなシキの瞳をレイは見詰めた。
「それで、貴方のこと待ってたの。」
 真剣な眼差しで見詰めれ、シキは家の外壁に背を預けてレイを見詰め返した。
 しかし、そうしてシキが聞く姿勢を示せば、レイは弱々しく視線を外して口籠った。
「その…ごめんなさい。」
 漸く発した言葉は理由の解らぬ謝罪で、シキは返す言葉を見つけられなかった。レイは暫く間を置いて続ける。
「アッサラームでは、家に帰りたくないなんて、貴方たちの事情も知らずに、勝手な事を言ったわ。」
 シキは唖然としてレイを見遣った後我に返って口を開いた。
「そんなことの為に待ってたのか…?」
 アッサラームでイシスに戻りたくないと落ち込んでいたレイにシキは『気掛かりな事はなくしておいた方がいい』と諌めた。 それはシキ自身の実体験に基づいた忠告であったし、その科白を口にした時には感情的にもなりはしたが、それ以降シキは自身が告げた言葉を引き摺っていたつもりは無かった。 家出同然に飛び出してきた様子であったので諌めはしたが、そもそもレイの事情に否定的な考えを持っていた訳ではない。
 しかし、シキの事情を知ってしまったレイにとっては軽くすませられる問題ではなかった。
「そんなことの訳ないじゃない!!」
 泣きそうに声を上ずらせながらレイが叫んだ。
「解ってたのよ、私。自分の事情が特殊だって事は。だったら他の人のことだってちゃんと考えなきゃいけなかったのに、自分のことばっかりで…!  魔王を倒すなんていう旅なんだから、こういう事情の人だっているかもしれないって考えられたのに気付きもせずに…!  そのくせ、私の事情で時間を使わせて、…この旅に着いていきたかったのだって、大した理由なんかじゃ無かったのに!!」
 堰を切ったように飛び出した言葉の羅列に驚きながらシキは息を吐いた。
「俺はむしろ、お前の理由の方が凄いと思ったけどな。」
 ユウは平和な世界を見てみたいという理由はあれど、勇者の息子として向けられた周囲からの期待も旅立ちを決意した大きな後押しとなっていたのだろう。
 シキとティルはテドンの村の人々の敵討ちというのが最も大きな理由である。
 それに対してレイは周囲からの期待があった訳でもなく、誰かの敵討ちといった理由もない。ただ自分が今の魔物の脅威から守られているのではなく人々の為に何かしたいという思いで魔王討伐の旅への同行を決めている。
 誰かの為に何かしたいという思いで実際に何かを成すのは案外難しい。頼まれごとやお遣い程度ならまだしも、魔王討伐などという命の危険を孕むような事項で弱音も吐かずにやってのけるのだから大したものだと、少なくともシキはそう思っている。
「大した理由なんかじゃないわ。だって私は当然のことをしているだけだもの。」
 そんな自分を誇るどころか全く自覚が無いのも凄いよなと思いながら、シキは腕をさするレイを見遣った。
「まぁ、とにかく俺は気にしてないから。…忘れてたし。」
「…それはちょっと失礼なんじゃないの?」
 レイは何時もの調子に戻って付け足された科白に不満を述べる。言いたい事を云い置いて落ち着いたのだろう。
 そんなレイの様子に、シキはわりと初めのうちから感じていた疑問を投げかけた。
「ところでお前、何で震えてるんだ?」
 会話の途中収支腕をさすって小刻みに震えていたレイは、それくらいは察しろと言わんばかりにきっとシキをにらんで叫んだ。
「寒いのよ!!」
 その科白に漸く彼女が寒さに弱いことを思い出したシキは暫く考えた後、家の扉を指した。
「…取り敢えず、入る?」


 ユイの解散宣言の後、ユウはティルを探して村の北側の森を散策していた。
 やがて開けた場所に出たユウは、小さな丘になった土地の真ん中にそびえる木の根元にティルが蹲っているのを見つけて歩み寄った。
「ティル。」
 暫くの逡巡の後、ユウが思い切って声をかけると、ティルははっと目元を拭う動作をした後で振り返った。
「ユウ…どうして此処に…?」
「その、シキが教えてくれたから。」
「…そっか、そうだろうね。」
 ユウの答えにティルは痛々しい表情で薄く笑った。
「…此処、私とシキの秘密の場所だったんだ。怒られた時とか失敗した時はよく此処に来てた。」
「ごめん。僕が来ちゃいけなかったかな…?」
 ユウの問い掛けにティルは静かに首を横に振った。
「そんなことないよ。昔のことだし、それに此処って目立つ場所だから…、きっと村の皆も知ってて黙っててくれてたんだと思う。」
 ティルは昔懐かしむように頭上にそびえる木を見上げる。そんなティルの表情をユウはまじまじと見詰めた。
「なに?」
「あ、えっと…」
 気配に敏いティルに早々に気付かれて、ユウは慌てて言い訳を考えた。 しかし正直な頭はこんな時に咄嗟に働かず、観念したユウはありのままを口にした。
「…泣いてたのかと思って。」
 弱みをあまり見せたがらないティルだから、こういった言葉は嫌がられるかなというユウの予想通り、ティルは一瞬眉を寄せた。しかし直に肩を落として微笑した。
「泣かないよ…六年前に一生分泣いたから、もう泣かないって決めてるんだ。」
 状況に反して浮かべられた笑顔が逆に痛々しくて、ユウは何も返すことが出来なかった。
「それに私が泣きそうな顔すると、シキの方が傷付いたような顔するんだよねぇ。…昔の話だけどね。」
 お互いの傷を隠しきれずに傷付いて、傷付けて・・・
「一緒にいない方が良いのかもしれないって、解ってるんだけど、結局離れられないまま此処まで来ちゃった。」
「――っ、そんなこと」
「あるんだよ。」
 否定しようとした言葉そのものを先に否定されてしまって、ユウは再び押し黙った。 ティルも淡い微笑を浮かべたまま口を閉じ、沈黙がその場を支配する。
 やがてティルが口を開いた。
「…ごめんね。」
「え?」
「お父さんの言ってたこと。私がこんなんじゃ受けにくいよね。」
 オーブを貰っていくか、貰わずに行くか。確かにユウは決められないままの状態で此処にいる。
「私とシキのことは気にしないで。今、多分、まともなこと言えないから。…ユウが決めたことに従うよ。」
「でも…」
 絞るようにして紡ぎだされた言葉に気遣わし気にティルを見詰めたユウ。しかしティルはユウから背をそむけてしまう。
「ごめん、本当に今、私ユウを困らせるような事しか言えないから、…朝までには元に戻ってるようにするから、…一人にして。」
 その背から紡がれたのは明確な拒絶であって精一杯の強がりである。的確にその気持ちを察してしまい、ユウは頷く他なかった。
「……うん。邪魔してごめんね。」
 踵を返そうとして、ユウは一度立ち止まった。
「あのさ…、上手く言えないんだけど、泣きたいまま笑ってる方が、多分ティル自身もしんどいし、見ていても痛い、と思う。」
 もうティルから返事は返って来なかった。それでもユウは続ける。
「だから、泣きたい時は泣いてもいいと思うよ。
 それと、朝になっても、無理に元に戻って無くていいから。ティルが自然に笑えるようになるの、待ってる。」
 言い終えるとユウはその場を後にした。
 膝を抱えて顔を埋めたティルの表情は窺えないまま・・・


 ひとり戻って来たユウを迎え入れるように、村の入り口にはユイが佇んでいた。
「姉さん…」
「振られちゃったみたいね。」
 掠れがかった小さな声で呼ばれたユイは、おどけた調子で返した。
「…こんな時に、そういうのやめてよ。」
 皆の沈んだ空気など全く気にしていないかのような調子で振舞って見せる姉の態度が癪に障ってユウはユイを窘めた。 ところがユイはそんなユウの科白にすら微笑する。
「こんな時だからこそ、よ。全員が沈んじゃっても暗くなるだけでしょ。」
「だからって、ふざけなくても…」
 ユイにはユイの言い分があって、敢えておどけた調子で振舞っていたようだが、それを素直に受け入れる気にはならず、ユウは不平を述べる。
「…そんなことより、オーブの話、どうするつもり?」
 そんなユウの気を察したらしく、ユイは表情を切り替え真剣な話題を提示した。
「……どうすればいいのかなんて、解らないよ。」
 ユウは暗い表情で返した。
「ティルは、自分のことやシキのことは気にしないでって言ってた。本当は二人とも辛い筈なのに…。 でも、魔王を倒さないと、きっとティルやシキみたいな想いをする人はもっと沢山増えて来るんだと思う。」
 魔王の元に辿り着くには六つのオーブが必要で、オーブが無ければこの村の人々は此処に留まる事が出来ない。 ラデュシュはユウたちがオーブを手にすることを望んでいるが、ティルとシキがそれを望んでいないであろうことも確かである。
 ユウには、どちらを選べばいいのか解らなかった。
 俯くユウにユイは小さく息を吐いた。
「馬っ鹿じゃないの!」
「なっ!?」
 あんまりな言い様に絶句するユウに、ユイは不機嫌に口元を歪めながら続けた。
「ティルちゃんたちが何と言っていようと、ラデュシュが何を求めていようと、そんなことは関係ない。貴方のやりたいようにすればいいのよ。」
「でも…」
「オーブが必要だと思うのなら貰っていけばいい。この村を消えさせたくないと思うのなら他の方法を探せばいい。これは貴方の旅なんだから、どちらでも好きな方を選べばいい。違う?」
「それは…」
 ユイの言うことは正しい。だがその二つの選択肢には責任が伴う。ユウにはまだその責任をどのように背負っていけばいいのか解らない。
 ユイは再び息を吐いた。
「大体、ユウは視野が狭すぎるのよ。全部を全部、真に受けすぎなの。」
「?」
 今度は不思議そうに首を傾けるユウにユイは続ける。
「ラデュシュの言った事は事実でしょうよ。だけど自分の持つ情報を全て曝け出した訳じゃない。現にオーブの力でこの村が存在していると明かそうとしなかったし、都合の悪い情報はそれらしい都合をつけて話さなかったわ。 そんな奴の話を一から十まで真に受けて狭められた選択肢の中から選べもしない答えを探すなんて、それじゃ相手の掌の上で踊らされて終わりよ。」
 根っからの正直者であるユウは相手を疑うということを知らない。 だからユウが相手の行間を読むようなことが苦手だということを理解したうえでユイは言い放った。 これからの旅の中でそういった力が必要になるかもしれないことを見越しての行動であった。
 しかし、そのような情報を与えたところで、例え本人がそういった自分の性質を理解したところで直に考え方を変えることは難しい。だからその為のフォローを入れることも忘れない。
「…不死鳥を蘇らせるには六つのオーブが必要だわ。だけど、だとしても何らかの法則に従って順番に集めなければいけないということは無いのよ。少なくともあの男はそうは言っていなかったわ。」
 ユイは言い終えるや否や踵を返した。
 ヒントは十分に与えた。ユイはユウならばこれだけの情報を与えればユイが考えた時間稼ぎに気付くことが出来るだろうと確信している。
 後は幅が広がった選択肢の中から、ユウ自身が選ばなければならないことである。
(…でも、ちょっとサービスが良すぎたかしらね。)
 肩越しにユウを見遣れば真顔になって考え込む姿が映る。
 過度な干渉はユウの成長の妨げになる。だから本来ならば必要以上に助言を与えることは避けた方がいいとユイは考えているのだが、弟可愛さにどうしても手を差し伸べてしまう。
(ま、今回は大変だったみたいだから、特別ってことで。)
 次からはお節介は出来るだけ控えるようにしようと、ユイは自身の行動を振り返り、自身を窘めた。





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 助言与えまくりのユイさんです。まだユウはこの答えを一人で導き出せるほど頭が切れないし大人ではないので。
 いつか自分で答えを導き出して責任を持って行動できるようになったユウも書きたいです。
 今後そういった展開があればですが…少なくともオーブ編ではパーティメンバーの成長を書いていくつもりです。








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