第71話−いってきます






「ラデュシュさん!!」
 突然家の中に掛け込んで来たユウの姿に、家の中にいた家主夫妻とシキとレイは瞠目してユウを見た。
「…どうかしたの、ユウ? そんなに慌てて。」
 メリカに淹れてもらった温かいお茶を手に取ったままレイが尋ねた。 それはその場にいた全員の気持ちの代弁でもある。
 そんな疑問を差し置いて、ユウは緊張した面持ちでラデュシュの前まで歩み寄ると、力強い口調で告げた。
「僕、決めました。」
 それだけ言えば、ユウが何故この場に駆け込んできたのか、その理由は全員が察することが出来た。
「それで?」
 ラデュシュが真剣に問いかけると、ユウもまた真剣に頷いた。
「はい、オーブはまだ貰っていきません。」
 シキは呆気にとられたようにユウを見た。レイは何処か安心した様子で手に力を籠め、メリカは興味深そうにユウとラデュシュの間で視線を彷徨わせた。
 ラデュシュは暫くの沈黙の後、微笑を浮かべてユウを見遣った。
「取り敢えず、口上を聞こうか。」
 ユウは大きく息を飲み込み、口を開いた。
「他に方法が解らない以上、オーブは集めます。もうこの村の、シキやティルみたいな思いをする人が現れるのは嫌だから。
 だけど、オーブを集めるのに、順番は関係ないんですよね?」
「嗚呼。」
 ユイの考えた解釈にあっさりと同意が返り、ユウはほっと肩を撫で下ろした。
「だったら、先に他のところにあるオーブを探します。僕たちが強くなって、もう一つのオーブのある場所を教えてもいいと思えるようになるまで、 此処にあるオーブも守っておいて欲しいんです。」
 ユウがユイからの助言を受けて必死で考えた口上を言い終えると、ラデュシュは息を吐き口を開いた。
「俺たちはもう死んだ人間だ。それでは問題を先延ばしにしているだけにすぎない。」
「先延ばしでも構わない。僕はティルやシキの為にほんの少しでも長く貴方たちに此処で帰りを待っていてあげて欲しいんです。」
 問題を先延ばしにしているだけであるということは、ユイにも指摘されていたし、ユウ自身も気付いていた。 それでも少しでも長くシキとティルの故郷が残っていればいいとユウは思った。
 もしオーブを探している間に、バラモス城へと突入する為の他の手段が見つかれば儲けものだし、見つからなかったとしても覚悟も何も出来ていない状態のままいつ消えるか解らない両親や村人たちと別れるよりも、 ほんの少しの間でも安心して故郷に帰れる帰還があればいいと思った。
 その為に、オーブを今は受け取らない選択を選んだのだ。
 一方、ユウの言い分にラデュシュはうっと言葉を詰まらせた。
 会ったばかりのユウとレイは知る由もないことであったが、ラデュシュという男は所謂愛妻家・子煩悩な父親といった種類の人間で、家族のことが話題に上るとめっぽう押しが弱くなるのだ。
 そのことを知るメリカは、知らずラデュシュの弱みを突いたユウと、ポーカーフェイスの中で苦虫を噛潰すラデュシュを面白そうに見詰めた。 彼女は初めから、ラデュシュの選択に従うことを決めていたので、二人の遣り取りに口を挟むことはせずじっと見守っている。
「長く留まる事が良い方に働くとは限らないぞ。里心が付いて別れが辛くなるかもしれない。」
「…今更そんなものが付くかよ。」
(この場合、別れが辛くなるのはどちらなのかしらね。)  悪態を突くシキに微笑しながらメリカはそう考えた。
 例え『テドンの賢者』ともてはやされようと、『いる筈のない亡霊』であると告げようとも、ラデュシュもただのひとりの人間なのだ。 親心もあれば親として・賢者としてのプライドもある。だから決してその言葉の裏にある本心までは覗かせようとしないのだ。
 そして、勿論まだ十代の少年少女たちには彼の包み隠された本音に気付くことなど出来はしない。
「確かにそうかもしれないけど、やっと再会できたのにゆっくり話をする暇もないままにもう一度別れるよりはよっぽどましだと思うわ。」
 ユウの代わりにレイが答えた。仲間本位で考えればそれは最もな意見である。
 更にシキがラデュシュにとってはありがたくもなんともない追撃を入れる。
「オーブの安全に関しても大丈夫だろ。元勇者オルテガ御一行の一人だし、魔族が攻めて来たとしても、今の俺達よりよっぽど実力はある筈だろうしな。」
(…この悪ガキめ!)
 ラデュシュは思わず昔何度も口にした悪態を思い浮かべたが、シキの科白は厭味なほどに反論の余地を与えていない。
 そして、実の息子と旧友たちの子どもたちに囲まれ助けのない今、ラデュシュには彼等の望む選択に同意する他道は無かった。
「…分かったよ。他の四つのオーブを集められたら、君たちに私の知るもう一つのオーブの在処を教える事と、この村に伝わるオーブを渡す事を約束しよう。」
 途端、ユウとレイの雰囲気が明るく変化した。当事者であるシキ以上に大げさに、片や胸を撫で下ろし、片や拳を握って喜びを伝える二人を見、ラデュシュは可笑しくなって微笑を零した。
「僕、ティルにも伝えて来るね!!」
「私も行くわ!!」
 嬉々として家を飛び出したその背にラデュシュは瞳を細めた。
 嘗てこの村にもああして駆け回る子どもの姿が溢れていた。
 そうしたものを見せつけられては、やはり奇跡的に存在することを許されたこの命を消す事が惜しくなる。
 自分本位のその選択だけは、絶対にしないと決めているけれど・・・
(まあ、もう少しの間この子たちの成長を見守れるのであれば、それはそれで悪くはないかな。)
 ラデュシュは、遅れてユウたちを追って外へと向かうシキの背中を愛おしそうに見送ると、メリカと顔を見合わせて微笑した。




 翌朝、見送りの席にラデュシュ達は現れなかった。
 彼等は夜にしか存在することのできない亡霊であると言っていたのだから当然のことである。 昨夜テドンの村があった場所には、ラデュシュの言っていた通り、ただ廃墟となった村の跡だけが存在していた。
 出発までの残り僅かな時間の中で、エルは皆の集まりから外れ、村の中央の広場で蹲り、村の人々へと祈りを捧げた。
「…この現実を知っていたからこそ、ラデュシュさんはシキさんやティルさんのことを傷付けるのを承知の上で、早く天へと昇りたかったのかもしれませんね。」
 誰にともなく、誰にも聞きとれないような小さな声音で告げながら、エルは十字を切った。
 ふと、エルの目前に一枚の花弁が舞い降りた。風上を辿れば両手一杯に色とりどりの野花を抱えたティルが歩み寄って来るのが見えた。
「ティルさん。」
「…お墓とかは、作ってあげられないから。」
   六年の歳月の中で、村の人々の亡骸は自然に還って消えていた。
 ティルは苦笑してエルの隣に立つと、花束を頭上へと投げた。
 ティルの手によってしか纏められていなかった花々は、中でばらけると風に乗って思い思いに舞い始めた。
「…ありがとう、ごめんなさい、嘘吐き、裏切り者、秘密主義者、―――」
 思いつくままの感謝と謝罪と罵倒とその他の色々な感情を、ティルは宙に舞う花に乗せて村の者達に伝えた。
「――さようなら、また会いに来ます。それから――」
 一度大きく深呼吸を挟み、ティルは少しぎこちなく笑った。
 今はこれが精一杯。だけどいつかはこの場所で、本当の笑顔を浮かべて皆のことを思い出せるように、祈りを込めて紡ぐ。

「いってきます。」




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 いろんな意味で長かったテドン編ですが漸く完結しました。
 途中に長い更新停止期間を挟んでしまいましたが、気長に待っていて下さった皆さんありがとうございます。
 これにてオーブ編の導入&ティルシキ過去編終了になります。
 まだまだ戦力的に助っ人が必要だったり、頭脳戦的に助っ人が必要だったりで頼りないところを多々残すパーティですが、 これからの展開で少しずつ成長していく筈です。
 (作者も彼等の成長に負けない様に執筆速度を成長させられるといいなぁ…努力します。)
 見守ってやるよという方は、時々覗いてやってください。








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