第62話−テドンの村






「あら?旅人さん?こんな夜更けにようこそ。」
 ユウたちはテドンの村に足を踏み入れてすぐ、村人にそう声を掛けられた。人当たりの良さそうな笑みを浮かべた中年の女性である。
「!」
 その女性と目があった瞬間、エルが何やら怪訝な表情を浮かべたが、他の者達はその様子には気付かず女性に対して会釈を返した。
「あ、はい。こんばんは。」
「えぇ、こんばんは。今日はとってもよく冷える夜ね。慣れていない人には大変でしょう。」
 改めて冷えると言われたことで、ティルとシキと逸れるという不意の出来事に忘れていた寒さが戻ったのか、レイは慌てて両手で体を抱えた。
「えぇ。もう寒くて寒くて…」
「あらあら。此方に篝火がありますから、どうぞあったまっていって。」
「ありがとうございます!」
 村を照らす松明を指され、レイは飛びつくようにして松明の前を陣取った。ユウもそれにならって暖を取る。
「……」
「エル?」
「…!いえ、なんでもありません。」
 女性に声を掛けられた場所で立ち止り何やら考え込んでいるエルの様子を不審に思ったユイが名を呼ぶと、エルははっと我に返ってユウに続いた。
「あの、ありがとうございます。」
「いえいえ。何にも無い村だけど、ゆっくりしていってね。」
「お!珍しい、旅人さんか!?」
 村人の女性と共に松明を囲っていると、他の村人達もユウたちの存在に気付き集まって来る。
 既に日が暮れて久しいが、この村の人々にとってはまだ活動時間の範囲内であるらしく、気付けばユウたちの目前には数人の小さな人だかりが出来上がっていた。
「随分と若い旅人さんたちだな。何処から来たんだい?」
「森の霧が深くて大変だっただろ?あそこは年中ずっとあんな感じでね…」
 余程旅人が珍しいのか次々に飛び交う質問に気押されながらユウは声を張り上げた。
「あの!!」
 声を上げた瞬間、辺りはしんと静まり返る。その変わり身の早さ呆気に取られながらもユウは本題の質問を放った。
「僕たち、人を探してるんですけど、僕と同じくらいの銀髪の男の子と金髪の女の子を見ませんでしたか?大切な仲間なんですけど、村に着く前にはぐれてしまって…」
「付け加えると、二人とも貴方たちと同じ金色の瞳をしているわ。」
 村人たちは顔を見合わせた。村人たちはユウたちには届かない小さな声で近くにいる者たちと言葉を交わし合う。やがてその中の誰かがユウたちに向き直り口を開いた。
「それって、もしかしてシキとティルのことじゃないか?」
「!知ってるの!?」
 簡単に目撃情報が入るとは思っていなかったというのにそれどころか名前までもが明確に返されユウが驚き尋ねると答えは別の所から返って来た。
「知ってるも何も、うちの村の悪ガキどもの名前だよ。村中で知らない人間なんていやしない!」
「悪、ガキ…!?」
 思ってもみなかった言葉にユウたちが目を瞬かせていると、他の村人達も次々と口を開いた。
「あぁ。何度シキに売り物の果実を持っていかれたことか!」
「それで勝ち誇ったような笑いで舌出して行くんだろ!うちもやられたよ!」
「それをティルが頬を膨らませて追いかけるんだ!」
「そうそう、それで結局村の往来で二人で喧嘩おっぱじめて、」
「村中駆け廻りながらの族長さんとの追いかけっこは最早村の名物と化してたな。」
 何人もの村人たちが次々に語り、そして最後に全員で口を揃えてこう言った。
「「「懐かしいなぁ。」」」
 集っていた村人たちが全員まるで親のような顔になり思い出話に花を咲かせる。今度はユウたちが顔を見合わせる番だった。
「どういうこと?いつの間にか村の子どものことに話がすり替わって無い?」
「いや、二人もこの村の出身みたいだし、二人のことなんじゃないかなぁ…?」
「でもあのシキが『勝ち誇ったような笑い』って!…想像できないわ。」
「そうでしょうか。良くも悪くも人は時が経てば変わるものですから、有り得ないことではないと思いますが。」
「……とにかく、まずこの人たちが話している『シキとティル』と、私たちが探している二人が同一人物なのかを確かめないと。それから、同一人物だったとして『今の二人』を見たことがあるのか。これが大切よ。」
「う、うん。」
 ユイの言葉に頷き、一同は村人達に向き直った。
 まず切り出したのはユイだった。
「その二人、私たちが探しているシキ君とティルちゃんと一致するのかしら?聴いたところ随分と小さな子供の話に聞こえるんだけど…」
「そりゃあそうさ!二人は何年も前に村を出ていったきりだからな!俺たちが知ってるのは村を出ていく前の二人のことくらいさ!」
「だけど金の目で銀髪と金髪のシキとティルっていうなら私たちの知ってるあの子たちで間違いないよ!そうだ、あの二人、赤い石ころのピアスと首飾りを持っていたでしょう。あれはこの世に二つと無いものだからそれを持っているならまず間違いないわ!」
 シキのピアスとティルの首飾りを指してのことだろう。確かに二つとも赤い石で作られているしこれまでの旅の中で同じ代物を見たことは無い。
「…あれってそんなに貴重なものだったのね。」
「否、一般人にとってはただの赤色の石ころだよ。ただうちの族長さんの手に掛かれば――」
「魔石?」
「そうその通り!」
 ユイの言葉に村人は大きく頷いた。魔石とは読んで字のごとく魔力を帯びた石のことである。
「それを持っているのならこれはもう私たちの知っているシキとティルで間違いないね。それで、貴方たちは二人と一緒に此処に来たんだね?」
「はい。でも森の出口のところではぐれてしまって…」
「そう、森でなんだね?」
 確認のため尋ね返した村人に頷けば、彼等からは懸念の欠片も無い笑みが返った。
「なら心配いらないよ!あの森はあの子たちにとっては庭みたいなもんだから。そのうち向こうから顔を出してくるって!」
「庭って…」
 比較的小さなものであるとはいえ森は森。それを庭と称すとは、一体どんな子供時代を送っていたのだろうか。
「それより、シキとティルが連れてきた旅人さんなら他にも何かこの村に用があるんじゃないのか?」
「あ、はい。僕達、テドンの賢者のラデュシュさんに会いに来たんですけど。」
「やっぱり!族長さんの言った通りだ!ちょっと待ってな。」
 そう言って集っていた村の男の一人が輪から外れて走り去った。


 やがて、男は誰か見知らぬ女性の手を引きながら戻ってきた。
「ほら、メリカさん、こっちだ!」
 メリカというらしいその女性はフードを深く被り顔の半分を覆っているが、その陰から金色の相貌が伺い見れる。背中に掛かる真直ぐな銀の髪が特徴的な女性であった。
「そう、貴方たちがあの子たちが連れてきたラデュシュのお客さんね。」
「はい。あの、でも、僕たちはティルとシキを探してるんですけど。」
 ユウの言葉にメリカは微笑を浮かべて首を振った。
「あの子たちのことなら心配いらないわ。一晩もすれば戻って来るわよ。でもどうしても心配ならやっぱりラデュシュに会うのが一番かも。占いは彼の十八番だし…」
「本当ですか!?」
「えぇ。」
「ラデュシュの所へなら案内してあげられるけど、どうかしら?」
 四人は顔を見合わせた。
「あたしたちは別件だからね。貴方たちの好きにしなさい。」
 ユイがそう言い放ち、ユウとレイはお互いに頷きあった。
「お願いします。」
「なら決まりね。こっちよ。」
 メリカが方向を示し歩み始め、ユウとレイが彼女に続こうとした時のことであった。
「……待って!」
 突如としてユイがメリカを呼び止めた。
「?」
「訊きたい事があるのだけど、構わないかしら?」
 睨むように見詰めるユイにメリカは頬に手を当て思案した後肩を竦め、ユウとレイへと向き直った。
「ラデュシュは村の北のはずれよ。北側の森の手前の開けた場所にいる筈だから、迷うことは無い筈よ。」
「姉さんの話が終わった後に案内してもらうわけにはいかないんですか?」
 口頭のみの案内で目的の場所を告げ、ユウとレイを向かわせようとしたメリカにユウは疑問符を浮かべた。 ユイはまだ質問の内容を口にしてはいないが、ユウたちの前でそう告げたということはユイの側に意図してユウたちに話を聞かれたくないという理由は無い筈だ。 ならば案内はユイの用件が済んだあとでも構わない。ユウのその考えに反してメリカはやんわりと首を横に振った。
「ごめんなさい。時間が無いの。」
「…分かりました。北のはずれですね。」
 納得できる返答ではなかったが、これ以上追及しても返答の返りそうにない雰囲気にユウは引き下がった。
 示された方向に向かおうとするユウとレイの背中に、メリカの声が届いた。
「気を付けてね。今日みたいな月の無い夜は招かれざる客が訪れる日でもあるから。」





「ユウー、レイー、ユイさーん、エルさーん!!」
 人気のない村の中にティルの声が木霊する。ティルは叫ぶと共に注意深く辺りを見渡しながら歩を進めていくが目的の人物たちを見つけることは叶わず肩を落とした。
 ティルは今、霧を抜けた直後忽然と姿を消した四人をシキと手分けして探していた。だが暫く探し歩いてみたものの手掛かりは一向に掴めない。
「ティル!」
 後方から届いたシキの声にティルは振り返った。
「シキ、どうだった?」
「村の入口と、一応森の方も少しは見てみたが人の気配はしなかった。」
「そう。こっちも同じ。」
 ティルは落胆の息を吐いた。
 訳が解らなかった。もう直森を抜け村に着く。ともすれば足を止めたくなる葛藤に捕らわれながらも数年ぶりに故郷の土を踏む覚悟を固めて森の境界を抜けたというのに、その瞬間前を歩いていた筈の仲間たちの姿が消え、ティルとシキ、二人だけが取り残される形で村の目前に立っていたのだ。
 二人が殿を務めていた以上、四人が未だ森の中を迷い歩いているとは考え難かったし、置いていかれたということも考えられない。何より霧深いなか姿を見失うことが無いようにと距離を詰めて歩いていたのだ。見失うことなど有り得ない筈であった。 だというのに、自分たちは今、二人っきりで此処にいる。
「…変わらないなぁ。」
 辺りを見渡し、ティルはぽつりと呟いた。
 不意に起こった出来事に、覚悟も何も放り出して村の中まで入り込んでしまったが、改めて辺りを眺めると最早年月が経ち過ぎておぼろげな記憶の中の町並と変わらぬ町並に微笑が漏れる。
「…それなのに、誰もいない。」
 この場にいるのはティルとシキの二人だけ。彼ら以外の人の姿も声もありはしない。
「……そうだな。」
 陰りを帯びた微笑を浮かべて佇むティルと同様に、村を見渡し、シキは視線を地に落とした。




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