第63話−夢見の予言者






 メリカはまずその場にいた村人達を解散させ、ユイに向き直った。
「それで、訊きたい事というのは何かしら?」
「そうね、幾つか聞きたい事があるんだけど…村の手前の森に掛かってた霧のこと、村の人たちのこと、シキ君とティルちゃんのこと。取り敢えずこんなところかしら。」
 ユイが指折り答えるとそれに便乗するようにエルも横から手を挙げた。
「あ、僕からも一つ。村のことについて訊きたい事があります。」
「随分と沢山あるのね。…そうね、私に答えられることなら答えるけれど、長話になるのなら取り敢えず場所を移さない?家に来てくれればお茶くらいは出せるのだけど…?」
 メリカの誘いをユイは寸分の間を置かず否定した。
「生憎とあたし、ユウと違って誰でも簡単に信じられるほどお人好しじゃないの。…少なくともそんな風に素顔を隠して接する人にほいほいと着いていこうとは思わないわね。」
「それならどうしてあの子たちを行かせたの?」
 ユイがメリカのことが信用できないというのであれば、ユウたちの案内を買って出た時に止めに入るか、 そうでなければ監視の目的も含めて共に行く方がなにかあった時の対処が取りやすい筈である。それなのにユイはユウたちがメリカの言うとおり村の奥へと進むことに対してなんの反応も示さなかった。 そんなユイの行動に疑問を感じ、メリカは首を傾けた。ユイはふんと息を漏らして答えた。
「貴女は村の人たちとラデュシュ=ディーア=テドンとの間の取次ぎをしているみたいだったから。貴女ではなくてその先にいるであろうラデュシュの事を信じたのよ。 ……両親の仲間を疑いたくは無いもの。」
「そう。」
 ぶっきらぼうに付け足された科白にメリカは微笑んだ。そして顔の半分を覆っていたフードに手を掛ける。
「これで信用してもらえるかしら?」
 言葉と共にフードが取り払われた。中から二十代後半から三十代前半と思われる女性の顔が現れる。
「え!?」
「これは!!」
 現れた顔にユイとエルは揃って目を見開いた。
「――ティルちゃん…?!」
 年の差からであろうある程度の違いを考慮して尚、思わずその名を溢してしまうほどに、彼女の顔つきはティルに良く似していた。



 メリカに指示された通りの場所を訪れると、程なくして空き地の中央に佇む男を見つけることが出来た。 男は、ユウたちが通った村の南の森と同じように霧掛かった森を見据えていたが、足音から近付く存在に気付いたのだろう、ユウが声を掛ける前に振り返った。
「やあ、こんばんは。」
 金の目にやや長い金髪の男であった。草臥れた外套を羽織り手に杖を持ち、腰に剣を提げたその姿は村人というより旅人然としている。 ユウは彼を見たとたん既視感を感じた。
「貴方が、ラデュシュさん?」
 既視感の理由も分らぬままに尋ねると、男は微笑し頷いた。
「そうだが、君は?」
「僕はユウ、ユウ=ディクトです。こっちは仲間のレイ。」
「レイアーナ=ナディです。宜しくお願いします。」
 二人が名乗ると、ラデュシュは一拍の間考える素振りを見せた後、ユウに向き直った。
「ユウ?…もしかして君はオルテガとアリアの…」
 ラデュシュが両親のかつての旅の仲間だということはこれまでの旅の中で何度か聞いてきたことなので、突然両親の名を出されたことにユウは驚かなかった。
「はい。息子です。」
「そうか。」
 ユウの答えにラデュシュは優しい眼差しで頷くと次にレイに向き直った。
「失礼、貴女はもしやイシスの……」
 この場での口外を慮ったのか口を閉ざしたラデュシュにレイはやや驚きながらも頷き肯定の意を返した。
「そうか。…旧友の子どもたちとこんな形で出会うことになるとはな。」
 しみじみと呟くラデュシュにユウは違和感を覚えた。
「あの、僕達はダーマ神殿の大神官様からの伝言でテドンに来たんですけど、僕たちが来ることを知っていたんじゃないんですか?」
 大神官の言葉から、ユウたちはラデュシュが自分たちの存在を知っているものと考えていた。だが、
「いや。」
 ラデュシュは首を横に振った。
「世界を救おうと志す『勇者』が訪れることは知っていたが、それが誰かは知らなかったよ。」
 ユウとレイは顔を見合わせ首を傾けた。そんな二人の反応すらも知っていたようにラデュシュは笑みを濃くした。

「俺は予言者だ。このことはもう知っているかな?」
『俺の知る中でオルテガと親しく且つ先見の力を持つものなどラデュシュ以外に存在しない。』
 カンダタの科白を思い出し、ユウとレイは頷いた。
「俺は夢の中で未来を視るんだ。」
 その夢によって数々の未来を視、様々な助言や忠告を送る先見の予言者。ユウはアリアハンのナジミの塔に住む老人のことを思い出した。 ラデュシュはその老人と同じような力を持っているということなのであろう。
「そしてその夢で、君たちが俺を訪ねて来るのを視た。俺はその夢の中で君たちに一族の宝を渡したんだ。だからダーマ神殿の大神官様に君たちへの言付けを頼んだ。」
「だったらどうして私たちのことを知らなかったの?」
 続いたラデュシュの言葉にレイから疑問符が飛んだ。
「夢に見たのは何年も前の話だ。君たちのことなど知る由もない。だから夢に現れた人物が君たちだったという事に気付かなかったのさ。」
 見たことのない人物だったから解らなかった。たしかにそれは尤もな言い分であったが、だとすれば別の疑問が現れる。
「だったら、どうやってユウにその言付けが届くようにしたの?」
「大神官様には君という特定の個人を指した訳ではなく、世界を救おうと志す勇気ある者に伝えてほしいと頼んだからね。 あとは、俺を訪ねてきた者達の顔ぶれの中で二人見知った人物がいたのでその二人について話していた。そんなところかな。」
「もしかして、ティルとシキ?」
 村人たちが言っていた二人がユウたちがよく知る彼等であるのならば、ラデュシュと面識があったことは明白である。
「そう。立派に成長したあの子たちの姿だ。君たちは二人と共に来たのだろう?」
 確信めいた物言いでラデュシュは尋ねた。
「はい。でも村に着く前にはぐれてしまって…」
「あの子たちなら大丈夫さ。」
 何の懸念も無くそう言い放つその姿はまるで全てを知っているようで。
「直に姿を現すよ。」
 且つ、確信めいた物言いは彼等に寄せる全幅の信頼の現れだろう。
「――あ、」
 ユウは唐突に閃いた。先程感じた既視感の正体。
「ラデュシュさんって、もしかしてシキのお父さん?」
 柔らかな表情がシキの無表情と繋がらず気付かなかったがラデュシュの顔つきはシキのそれに良く似ていた。

 ユウの唐突な科白にラデュシュは呆気に取られたように瞬いた。
「ユウ!失礼よ!」
 驚いたレイが即座にユウに耳打ちした。ラデュシュは見た目、二十代後半から三十代前半程度の頃合いである。とてもシキの様な大きな子供を持つような歳には見えない。
「でも、父さんや母さんの仲間だったならそれくらいでもおかしくないと思うんだけど…」
「…それは確かに。」
 自信無さ気なユウの根拠にレイはラデュシュを見遣る。
 そんな二人の視線を受けて、ラデュシュは陰りのある表情を浮かべて尋ねた。
「…あいつらは何も言ってなかったのか?」
「はい。でも、テドンに着いたら全部話すって、そう言ってくれました。」
「……そうか。」
 ラデュシュは暗く相槌を打った。
「確かに、俺はシキの父親だよ。そんな俺が言うのもなんだが、何も話そうとしない二人を疑おうとは思わなかったのか?」
「疑う??」
 ユウはまるでその言葉を初めて聞いたかのように盛大に疑問符を飛ばして見せた。
「…私の時もそうだったわよね。ユウ、その…怪しいとかそういうこと思った事なかった?」
 恐る恐ると言った様子で尋ねるレイにユウはきょとんとした表情を浮かべた。
「うん。考えもしなかった。」
 ユウがさも当然のことの如くはっきりと頷いたので、質問者であるレイとラデュシュの方が呆気にとられた。
「だって、シキもティルもレイも、三人とも自分の意思で僕の旅に着いて来てくれるって言ったんだ。 だったら、僕はそれを信じるし、話してくれないことがあるからって信じられないなんて思うことは無いよ。」
「ユウ…!」
「そうか。」
 レイが感動の声を漏らし、ラデュシュは温かみのある表情を取り戻し頷いた。そして小さく呟く。
「…何処かの猪突猛進馬鹿と同じような事を言う。」
「え?」
 ラデュシュの言葉が聞き取れずユウが聞き返すが、ラデュシュはやんわりと首を振った。
「否、此方の話だ。」
 そしてラデュシュはユウとレイへと向き直りこう言った。
「テドンの一族の長として、我が一族に伝わるグリーンオーブとオーブにまつわる伝承を君に伝える。…だがその前に――」
 ラデュシュは表情を険しくし、背後の森へ向き直った。

「すまない、どうやら招かれざる客の方も来てしまったようだ。」
 




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  人に会ったらまず疑ってかかるユイと信じるユウ。対照的な姉弟です。








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