第64話−違和感






 杖を構え鋭い眼光で霧の奥を見詰めるラデュシュにつられ、ユウとレイもそれぞれの得物を構えた。
「すまないね。君たちを巻き込みたくは無かったんだが、どうにも間が悪かった。」
「メリカさんが言ってた時間が無いってそういうこと?」
「それもある。」
「それって――」
 どういうことですか。そう尋ねようとしたユウの言葉を遮って、ラデュシュは早口に答えた。
「後で説明する。」
『後でと言わず、今説明してやればいいではないか。亡霊よ。』
 霧の中に映った影がラデュシュの言葉に呼応するように哂った。『亡霊』という言葉がユウは気になったが、後で説明するというラデュシュの言葉通り、今はそれを気にする状況ではないのだろう。
「貴様らさえいなければ幾らでも説明してやるのだがな。全く余計な手間を掛けさせてくれる。此方はお前達と違って忙しいんだ。」
 ラデュシュは溜息混じりに、心底面倒そうな様子で言い放った。
『それは此方の科白だ。さっさとオーブを渡して消えてもらおう。』
 霧の中から先ほどとは違う声が返ったが、ラデュシュは全く動じなかった。
「残念だが先着一名と決まっていてね。既に彼等に渡すことが決まっている。諦めて帰るんだな。」
『ほう…』
 霧の奥から声の主の相貌がユウに向けられる。目が合った。そう思った瞬間、ユウは総毛立った。
(強い…)
 姿は見えなくても、鋭い視線から、場の空気から、それはひしひしと伝わって来る。レイも同じように何かを感じ取ったのだろう、ぎゅっと杖を構え直し霧の中から近付いてくる影を凝視している。 軽口を叩き、言葉の応酬を交わしているラデュシュも、その構えには隙が無い。
『貴様が勇者か。』
 言葉と共に霧の中から影が姿を現す。魔族だ。若草色の外套を纏った魔道士―エビルマージ。そして、
「――!ダーマの!!」
 六本の腕を持つ骸骨の戦士―地獄の騎士。ダーマでシキとティルを襲い、シキに傷を負わせた魔族である。
『くくっ、また会ったな。』
 地獄の騎士は眼窩の奥から暗い光でユウを見据えて哂った。
『ダーマではあの男に邪魔されたが、今度は貴様の息の根を止めてやるぞ。』
『けけけ。魔王様を倒そうなどと愚かな事を考えた己を恨むのだな。貴様等はここで無残な最期を遂げることになる。』
 科白と共にエビルマージの魔力が弾け、氷の槍となり襲い来る。
「くっ――ベギラマ!」
 レイは咄嗟に身を乗り出して唱えた。


 爆ぜるように膨れ上がった魔力の波動に、ティルははっと目を見開いた。闇を焼き尽くすように燦々と輝く魔力。
「レイ?」
 見知った魔力の波動に、傍にいるのかと辺りを見渡すが、あるのはやはり昔となんら変わらぬ村の風景だけ。
「…違う。」
「ティル?」
 そう吐き捨て首を横に振るティルをシキが訝しみ振り返ったが、ティルはそれに答えようとはせず、村を見渡し続けた。 違和感があるのだ。記憶と変わらない風景。住む人のいない村・・・
「どうして――」
 ふと違和感の正体に思い当たり、ティルは愕然とした。
「……変わらない筈、無いのに…!」
「…っ!」
 昔と――六年前となんら変わらない村の風景。だけど此処には誰もいない。いるはずがない。
 変わらない筈が無いのだ。人が住まわなくなれば月日によって村は荒れる。草が覆い茂り、家は風化し、土地は自然に返っていく筈である。此処にはそういった時の流れが感じられない。
 そうでなくとも、あのような事があったのだ。何も変わらない筈が無い。それなのにこの場所は記憶と寸分違いが無い。
「「……」」
 此処は自分たちの知るテドンではないのか。ならば自分たちはいったいどこに迷い込んだというのだろうか。レイの魔力の波動が流れ込んできているということは、 その先に向かえば仲間達の元に向かう事が出来るのだろうか。そこに本当のテドンがあるのだろうか。ティルは延々と考える。
 そもそも、突如レイの魔力が感じられたのは何故だろうか。 魔法を使ったということは何かが起こったということではないだろうか。
「!」
 そう思い当たり、ティルは魔力の波動を目印に駆け出そうとした。
「待て!!」
 そんなティルの腕をシキが掴んだ。
「離して!!」
 ティルが振り払おうと腕をひねるがシキは強い力で持って彼女を引きとめた。
「離せ!!」
『離してよ!シキ!!』
 シキの中で、鋭い剣幕で睨み上げるティルの姿が過去に見た情景と重なり、その瞳が僅かに揺れた。
『ティルのことを守って、二人で生きるんだ。』
 同時に思い出すのは頭を撫でる大きな手と標となる言葉。
 シキは大きく息を吐いた。冷静さを欠かぬよう、心の平生を保てるように。
「おちつけ。」
 同時にティルにそう声を掛けると、シキは意を決したようにティルを見据えて口を開いた。


「どうぞ。」
 ユイとエルは目の前に香り良い茶を差し出され、向かいの席に腰かけたメリカを訝しむように見据えていた。
「……」
「あら、毒なんて入れていないわよ。」
 さらりと言って自身にも茶を啜りそれを口にするメリカに、ユイは不貞腐れた様子で言い放った。
「あたしはお茶飲んで談笑する為に貴女を呼び止めた訳じゃあないのだけど。」
「……」
 メリカは答えなかった。先程までの和やかさは何処へやら、カップを持つ手には力が込められ、俯いた表情はユイからは窺い知ることが出来ない。
「…聞いてる?」
 メリカははっと顔を上げ、苦笑した。
「えっ、えぇ。…何事にも余裕を持って当たることは大切でしょ?」
「…その割には余裕が無いんじゃないの。心此処に在らずと言った感じよ。」
 ユイは口角を上げメリカを見据えた。彼女のペースに巻き込まれるようにして此処まで来たが、これは自分優位に話を進める為のチャンスである。
「考えてるのはラデュシュのこと?ユウたちのこと?」
 ほんの少しの変化も見逃さないようメリカを注意深く見据えながら言葉を紡ぐ。メリカの様子に変化はない。
「それとも、ティルちゃんとシキ君の事かしら?」
 刹那、メリカの表情が強張った。その様子にユイは確信的な笑みを浮かべた。そんなユイの様子に観念したのかメリカは困ったように息を吐いた。
「どうしてあの子たちのことだと思うの?」
「村の人たちと話していた時、他の人たちは『二人はそのうち出て来る』と言っていたのに対して、貴女は『朝には』って時間を明確に示していたでしょ。」
「それだけのことで?」
「その前からおかしなことはあったもの。ティルちゃんとシキ君は霧が出るのは明け方が多かったと記憶していたのに対して、村の人たちは霧はずっと続いていると言っていた。 それに村に入った途端霧が晴れるなんて不自然極まりないじゃない。だから思ったのよ。あの霧は何らかの目的が合って人為的に起こされたものなんじゃないかってね。」
 これまでの旅の中でそのような技術を持つ魔法使いに相見えたことは無いが、此処は三大賢者一族の村。どんな不思議な技術を手にしていようとおかしくは無い。 そして目の前にいる女性は一族の長であるラデュシュほどではなくても村の中核を成す存在であることは間違いない。
「それで私があの子たちの不在と関与しているんじゃないかって思ったの?」
「えぇ。あの霧がどういったものかとか、二人が居なくなったこととの関連までは解らなかったけど。」
「いえ、十分よ。七割正解と言ったところかしら…」
 メリカは感心した様子で呟いたが、ユイは不満げな表情を浮かべた。
「…微妙な点数ね。」
「あら、満点が欲しかった?それは残念ね。…だけど、あの子たちが居なくなったことに私が関与していることは正解。」
 口惜しげに顔を顰めるユイにおどけた調子で返した後、メリカは表情に影を落とした。
「尤も、朝まで帰って来れないかどうかはあの子達次第だけど…」


 炎は壁となり、押し寄せる氷の槍からユウたちを守った。
「くぅっ…!」
 しかし、相手が上級呪文を放ったのに対して此方は中級呪文。訪れた一瞬の拮抗を崩さぬようレイは懸命に魔力を籠めるが、やがて拮抗は崩れ、炎の壁を衝き破り氷の槍が襲い来る。
「駄目だ!レイ!!」
「否、十分だ!」
 落ち着き払って言い放ち、ラデュシュは杖を振るった。
「ヒャダイン!」
 冷気の嵐が辺りを支配する。それは相手の放った氷の槍すらも巻き込んで、魔族の元へと吹き荒れた。
「そら、お返しだ!」
 ラデュシュは匠に氷の風を操ると、氷の雨を次々と二人の魔族たちの元へと降らせた。
『くっ!』
『ぐぁああ!!』
「やった!?」
「いやまだだ。」
 言ってラデュシュは直撃を受け叫ぶ魔族たちを尻目に詠唱を続けた。
「スクルト、――ピオリム!」
 補助呪文の光がユウたちを包む。
「ありがとうございます。」
「礼はいらない。巻き込んだのは此方の方だから。来るぞ!」
 注意を促す声と同時に、氷柱の向こうから地獄の騎士が六つの腕を振り上げて襲いかかった。
『くらいな!』
「くぅ…――うわっ!」
 六つの剣戟を咄嗟に前へ出たユウが受け止めるが、巧妙に動く三対の腕に翻弄されて防戦を強いられる。
「バイキルト!」
「火よ、連なりて敵を撃て――」
 圧されるユウにラデュシュが力増強の呪文を唱え、それに続くようにレイも呪文の詠唱を始めた。しかし、
『やらせはせんぞ。――マヒャド!』
「くっ、メラミ!」
 再び迫り来る氷柱。レイは咄嗟に呪文の照準を切り換え火球を向かい来る氷柱へとぶつけた。 両者の間で氷と炎がぶつかり合い爆発が起こる。ラデュシュはその爆風を利用してレイを抱えて後方へと退いた。
「ありがとう。」
「否、どうやら敵の術中に嵌ってしまったようだ。」
 体勢を立て直しつつ、ラデュシュは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
「どういうこと?」
 レイの問い掛けにラデュシュは一時視線をユウが戦う方へと移した。 重ね掛けした補助呪文の助けもあってなんとか地獄の騎士の攻撃を凌いではいるが此方を気に掛ける余裕は無い様だ。 そして同様に此方から彼の助けに入ることは、先程のようにエビルマージに阻害されてしまう可能性が大きい。となれば各個撃破の形をとるよりないのだが。
「上手く分断されてしまった。エビルマージは魔法攻撃に対して強い耐性を持っている。 つまり、魔法戦を得意とする我々は圧倒的に不利ということだ。」
「そんな…」
 ラデュシュの冷静な分析にレイは途方に暮れた声を上げた。




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  難産でした。ラデュシュさんが難しいです…
  エビルマージも地獄の騎士もゲームではネクロゴンドやらバラモス城やらに出現する魔物なので
  この時点のユウたちにとっては強敵です。








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