第66話−終わりの始まり






 荒い息を整え構えを解くとユウはシキへと向き直った。ラデュシュにシキが傍にいると耳打ちされた時には本当かどうか半信半疑といったところであったが、実際にいいタイミングで現れた彼のおかげで助かった。
「はぁ…シキ、ありがとう。」
「本当、いいタイミングだったな。助かった。」
 ユウに続いて、シキに歩み寄ったラデュシュがそう告げた。シキはラデュシュの姿に一瞬驚いたように眼を見開いたが直に冷めた視線をラデュシュに送った。
「…楽できたの間違いだろ。」
 子どもをあやす様に頭を撫でたラデュシュの腕を振り払いシキはラデュシュを睨む。
「大体、訳の解らない所に迷いこませたくせに、白々しい。」
「それは誤解だ。あれは俺じゃない。」
「知ってるなら同罪だろ。」
「勘弁してくれ。」
 シキの素気ない態度にラデュシュが困ったように笑みを返す。シキは一瞬更に表情を険しくしたが直にラデュシュから視線を外し、鋼の剣をユウへと差し出した。
「ほらよ。」
「あ、ありがとう。」
 シキのラデュシュに対する態度に戸惑いながらも、ユウは鋼の剣を受け取った。剣を払い鞘に納めると、今度はユウがラデュシュにゾンビキラーを差し出した。
「僕も、ありがとうございました。」
「いや、此方こそ。魔族の撃退に協力してくれたこと、感謝するよ。」
「そんなことより、」
 左手で剣を受け取り逆の手をユウに差し出したラデュシュの行動を遮って、シキが早口に声を上げた。
「なんであんたが此処にいるんだ。全部話せよ。」
 疑念に怒りと小さな希望が入り混じったシキの視線、魔族たちの残した科白が腑に落ちない様子のユウ。離れたところからゆっくりと近付いてくるティルからは不安と恐怖と再会の喜びが感じられ、真実を見通そうとするレイの視線が此方に向いている。
 ラデュシュは各々の様子を順に見遣ると悲しげに小さく笑った。


「ティルとシキの事はこれでいいのよね。それで、あの霧の事は…後で答えるとして、残りの質問を聞きましょうか。確か、村の人たちの事だったかしら?」
 ティルとシキの行方が知れなくなった理由について一通り話し、ついでに自分の魔法が破られてしまった事を付け加えた後、メリカはそうユイに切り出した。 なんともマイペースな人であるがちゃんと此方の質問に答えてくれる気はあるらしい。そう分析しながらユイは次の疑問を口にした。
「えぇ。子どもや、その親位の若い世代の人たちがいなかったのが気になって。」
 ユイの言葉にエルは先ほどの村の人々を思い出した。確かに自分達が話をした村人たちは皆それなりの年を重ねた人達ばかりであったように思えるが、エルはさしてそれが気になることとも思えなかった。
「あら、単に日が暮れていたから家の中にいただけかもしれないわよ?」
「だとしても子どもの声も聞こえないのは不自然だと思うわ。」
 まだ日も暮れて間も無かったので子どもたちが既に床に着いていたとは考えられない。とはいえユイ自身、これに関しては疑問に思ったのは単に直感的なものであったのでそう強くない口調で述べた。
「…やっぱり、あたしの気にしすぎかしら。」
「いいえ。」
 自信無さ気に呟いたユイの言葉をメリカが否定した。ユイが驚いてメリカを見遣ればメリカは寂し気な笑みを浮かべた。
「確かに、この村には子どもがいる家族はいないわよ。…ラデュシュが皆追い出しちゃったもの。」
「な、によ、それ!?」
 思いもよらない科白に絶句するユイにメリカは続ける。
「勿論、理由はあるわよ。その理由については、そこの彼が見つけた疑問を聞けば解るんじゃないかしら。」
 メリカの言葉に釣られるようにユイはエルを見遣った。エルは突然話を振られたことに驚きつつも口を開こうとして、言い淀んだ。
「それは…でも……」
「貴方の感じたことは間違っていないわ。専門家さん。」
 言い淀むエルにメリカが微笑する。そんな彼女の様子に、エルは覚悟を決めて息を吐いた。
「……この村の人たちからは…生きている人の気配がしないんです。」
「なんですって!?」
 ユイが思わずメリカを見遣ればメリカは儚く微笑した。
「少し、昔の話をしましょうか。」


 それは今から六年前。終わりと始まりの話である。

「見つけた〜!シキ!!」
 テドンの村から少し離れた森の中。木に上りぼんやりと空を見上げていたシキは聞き慣れた声に木の根元を見下ろした。
「ティル、なにおこってるんだよ?」
「またよろず屋のおじさんの所から勝手に売り物もって行ったでしょ!」
 ティルの科白にシキはあぁ、と手を打った。
「ちゃんともらってくって言って来たって。」
「お金はらわないと意味ないの!」
 立腹するティルの様子など意にも介さずシキは悪戯な笑みを浮かべた。
「父さんに付けといてって言ってきたぜ。」
「ちゃんと自分ではらいなさーい!!」
 反省の色を示さないシキの様子にティルはますます頭に血を上らせて叫んだ。その勢いのままシキとの距離を縮めようと彼女が木の幹に手を掛けたところで、シキは慌てて声を上げた。
「やめとけって!この木はティルには登れないだろ!」
「むぅ!」
 図星を付かれますますむきになって木によじ登り始めたティルは、次の瞬間両脇を抱えられて宙に浮いた。
「こら、この間落ちて怪我したのは何処の誰だったかな?」
「あっ…」
「…父さん。」
 ラデュシュの登場にティルはばつが悪そうに声を上げ、シキはあからさまに機嫌を損なった様子で顔を顰めた。
「シキ、またやってくれたな。」
 ラデュシュはティルを地に下ろすと、シキに恨みがましい視線を送った。子ども相手に大人げないとも思わないでもなかったが、この子どもは何度注意しても同じことを繰り返すものだから、ラデュシュにとってはこの程度の報復は易いものであった。
「お店から物を貰う時はちゃんとお金を置いていきなさいといつも言っているだろう。」
 言い聞かせるまでも無くシキがそれを理解していることは知っているが、ラデュシュはそう言わずにはいられなかった。 それに対してシキは、ラデュシュの予想通りふてぶてしい態度で返した。
「…大人だってよくやってるじゃないか。」
 テドンは小さな村であるから、村人たちは皆顔見知り同士である。それ故に誰が何を持って行ったのかさえ解っていれば後でその金額を徴収するのは容易いことで、急いでいる時や持ち合わせが少ない時には店の主に一声かけてそのまま商品を持って帰ることも少なくない。 そもそも旅人も滅多に訪れない自給自足の村であるから、店屋は道楽以外の何物でもなく金の価値など大したものではなく、その為皆金銭面で寛容なのだ。 ラデュシュはそれはこの村の良い所の一つだと思っていたが、どうやら子どもの教育には悪かったらしい。
「…確かに万屋おじさんは起こらないかもしれないが、それを余所でやったらどうなるか解っているだろう。」
 ラデュシュの呟きにシキはふんと鼻を鳴らした。既に十歳になるシキは、勿論そんなことは理解している。
「…どろぼうはどっちだよ。」
 シキはラデュシュを睨みつけそう告げると、軽い身のこなしで地面に降り立ちティルの手を引いた。
「行くぞ、ティル!」
「え、うん…」
 背中で拒絶を示すその様子に、ラデュシュは嘆息と共に肩を竦めた。

「えらそうにせっ教ばっかりして…そのくせ大人はうそばっかりだ。」
 あからさまに不機嫌な様子で呟くシキにティルは押し黙った。
「今日、デアの家がよその町に引越した。」
「うん。」
 デアというのは二人より四つ年上の少年で、二人が兄のように慕う友人であった。 幼い頃から二人に色々な事を教えてくれたその友人の一家が今日村から居なくなった。
 デアの家だけではない。数年前から余所の村へ引越す一家が多くなった。特に子どもがいる家ではそれが顕著で、今や村には子どもや、その親の世代となる若者たちは殆どいない。
 その事態に族長であるラデュシュが関わっていることにシキもティルも気付いていた。否、ラデュシュだけではない。村の大人たちは皆その理由を知っているのだ。 だけど子どものシキとティルにはその理由を話そうとはしない。曖昧に話をぼかし、絶対に秘密を打ち明けようとはしないのだ。
「みんなみんなうそつきだ。おれたちだって、村の一員なのに。」
 シキは顔を歪めて地団駄を打った。
「どろぼうは、どっちだよ。」
 もう一度紡がれたその言葉に、ティルが小さく頷いて返した。




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  過去編ティル、シキの科白の一部を漢字変換していないのは仕様です。
  読み難かったらごめんなさい。








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