日差しは良好、波は穏やか。 船は着実に風と海流を捉えて進んでいく。 目的地は三大賢者一族の一つ、精霊ルビスの伝承を守る者たちの暮らす地、テドン。 皆で力を合わせて船を動かし、目的地へ向けて航海は順調に進んでいる。 かのように思われた。 幕間・陽気な船の旅「全く、先が思いやられるね。大丈夫なのかいあんた達パーティは。」 操縦席から甲板を見渡しながら呆れ声をあげたのは海賊団『灯』の頭である女傑、サティである。 何故この場所に彼女がいるのかというと、ポルトガでユイが言っていた腕のいい操縦士というのが二人というのが彼女と、 同じく『灯』の副頭たるリュイアスのことであったからだ。 「あはは…まあ、今までなんとかなってるし、なんとかなるんじゃないかな。」 呑気に微笑んで返したのはティルである。彼女はサティの傍に膝を抱えて座り込みサティを見上げている。 「…あんたも、呆けてないでさっさと操縦の仕方覚えちまってよ。」 「覚えるも何も、海流に乗って流されていくだけでさっきから全然操縦してないじゃん。」 「……これでも方向を見たりはしてるんだよ。」 「うん。それもこんな穏やかな波風じゃあ早々変わらないよね。」 「………あんたらに覚えてもらわないと、あたいの契約が終わらないんだ。」 「だからここで見てるんでしょ。まあ、そのうち舵を握らせてもらうよ。」 サティとユイが交わした契約というのは、ユウ達四人全員が船の操縦を覚えるまでの間、共に乗船するというものであるらしい。しかし―― 「まあ、暫くは無理だろうね。ユウもレイもあの調子だし。」 レイは生まれて初めて乗る船で船酔いに見舞われ、ものの見事にダウンしてしまっている。 ユウはレイのように酔ってこそいないものの、船の揺れに足を取られるらしく時折ふらついている。 船の操り方を覚えるよりも何よりも、まずは船になれることが先決だろう。 「そういうあんたは大丈夫なのかい?あんまり調子よくないみたいだけど。」 「あはは…これは船酔いとは違うから大丈夫。」 そう言ってティルは力なく笑った。見た目平然としているものの何やら気だるげな様子である。 「それよりサティこそ、賭け事は止めたほうがいいんじゃないの。弱いんだし。」 そもそも何故彼女がユイとこのような契約を交わしたかというと、つまりそういうことらしい。 「ふん!余計なお世話だよ。」 「それにしてもモンスター格闘場で全敗だなんて初めて聞いたよ。本当に向いてないんじゃないの?」 「うるさいなぁ…」 「まあ、全部当てたって言うユイさんも凄いと思うけど。」 掛けの結果と称して聞かされた自慢話を思い出しティルは言った。不貞腐れた様子のサティは更に口を尖らせる。 「あんた知らないのかい?あいつの記憶力は化け物だよ。」 「へっ?」 脈絡なく飛び火した話の内容にティルは呆気に取られながら聞き入った。 「一度見たものは絶対に忘れないってね。例えばダーマの蔵書全部ひっくり返して目茶苦茶にされても、完全にもとの場所に戻せるらしい。」 「…いや、それありえないでしょ……」 「まあそれは流石にどうかと思うけど、少なくとも一度見た手配書の内容は全て把握している、話の内容は絶対に忘れない。凄いもんだよ。」 人間離れしたユイの特技にティルは驚き目を見開く。 「とまあそんな感じでね、あんなところに飼い慣らされてる程度の魔物なら、その特性から攻撃力から何から何まで全て把握してるって話だ。 他にもその魔物のどの部分は食べられるか、とか、どの部分は食べたら毒だとか、色々ね。いやぁ、しびれクラゲの刺身を食べさせられた時は本気でどうなるかと思ったね。」 寧ろ本題の賭けの話よりも恐ろしく、且つ興味をそそる話題にティルは表情を引きつらせて尋ねた。 「そ、それで、どうなったの…?」 「ロシアンルーレット方式でさ、運悪く外れにあたったリューが、泡吹いて倒れたんだ。」 「……可哀想なリュー…」 絶句するティル。サティは事も無さげに続けた。 「おまけに運を味方につけてるからね。あたいは今回のことであいつの恐ろしさを思い知ったよ。」 「いや、寧ろしびれクラゲのお刺身なんか食べさされた時点で知っとこうよ…」 しみじみと告げるサティにティルは真剣に突っ込んだ。 丁度同じころ、甲板ではユイが腰に手を当てユウに顔を突き合わせていた。 「全く、しっかりしなさいよ。いつまでそんな調子でいるつもり?」 「だってしょうがないじゃないか。船に乗るのなんて初めてなんだから。」 海が穏やかでも、船は意外と揺れるもので、なれないユウは船が少しでも大きく揺れるたびにふらふらと足を取られている。 「しょうがなくないわよ!いかなる時も前線に立ち仲間達を守るのは剣士として当然のつとめでしょ!」 「うっ…」 正論にユウは口を噤む。あろう事か戦闘中にも足を取られ攻撃のタイミングを逃してしまった事があるのだから、返す言葉もない。 「わかったら気合でなんとかしなさい!!」 「そんなことできたら苦労しないよ!」 反論するユウにユイは呆れた調子で告げる。 「全く、ユウ、貴方バランス感覚悪いんじゃないの?」 「いや、そんなに悪くはないと思うんだけど…」 こちとらガルナの塔で命綱無しの綱渡りを体験した身である。自信を持って良いとは言えないまでも少なくとも悪くはないと断言できる。 のだが、やはりどうにも駄目ならしい。この船に乗るものの殆どが前衛でも十分に戦える者達であるからその安心感も関係しているのかもしれないが。 「…こうなったら、なんとか矯正するしかないようね。」 「へっ…?姉さん…?」 真剣に何やら考え込むユイにユウは嫌な予感を覚えて表情を引きつらせる。 そんなユウをよそに、ユイは暫く黙々と考え続けると、突如ビシッと激しい勢いをつけてマストのてっぺんを指差した。 「よし!暫くあの上で立ってなさい。勿論命綱も何にも無しで!!」 「無理に決まってるでしょ!!」 あまりにも目茶苦茶な命令に、ユウは思わず叫んだ。 そんなユウの叫び声をマストに掛けられた梯子を上りながら耳にし、リュイアスは微笑を浮かべた。 「仲良いなぁあの二人。」 姉弟仲が良い事を微笑ましく思いながら、リュイアスは梯子を上りきり見張り台の中のシキへと声を掛けた。 「おーい、代わるぜ。…っておいおい、ちゃんと見張ってろよ!」 定刻になったので見張り番を代わりに来たのだが、あろうことかシキは辺りを見張る事をせずに、見張り台の中でだらんと座り込んでいる。リュイアスは思わず呆れ調子で叫んだ。 「見張ってるよ。」 だが、とても見張りをしているようには見受けられないシキからは平然とそんな答えが返った。どういう事かと首を傾けたリュイアスは直に思い当たって手を打つ。 「…盗賊呪文か。便利なもんだな。」 「まあな。」 「じゃあ交代はしなくていいな。」 「馬鹿言うな。俺はもう降りるぞ。」 悪戯な笑みを浮かべて言うリュイアスに間髪いれずにそう返しつつもシキはその場から動こうとはしない。リュイアスは呆れた様子で息を吐いた。 「お前らなぁ…本当、いい加減にしろよ。ガキじゃあるまいし…」 シキとティルがダーマ以来仲違している事は既に船の中では周知の事実である。二人とも表面上は何事も無かったかのようにしているが、極力顔を合わせようとはしない。 そして一番の問題は戦闘中普段のように連携して戦おうとしない事である。二人とも個人でも十分に戦えるだけの実力を持っているものの、やはり連携せずに戦うと効率が悪いし危険も大きい。 そんな彼らの様子に周りはどきまきとしているのだが、本人たちはお構いなしの状態である。 「ほっとけ。」 今回も、シキはそっけなく返すと目を閉じた。 「あのなぁ…」 なおも言い募ろうとするリュイアスにシキは息を吐くと呟いた。 「大体、リュー達からしたらこんなのは珍しくもなんともないだろ。」 アッサラームの盗賊ギルドで時折顔を合わし、極稀に行動を共にした事もあるといった程度だがリュイアス達とシキ達はそれなりに長い付き合いである。 なのでリュイアスはシキとティルが抗争するさまを何度となく目撃している。しているのだが、 「大抵は朝喧嘩して夜には自然に仲直りしてる程度だろ。こんな険悪になってるのは珍しいと思うがね。」 「……」 「一体何があったって言うんだよ?」 初めだんまりを決め込もうとしたシキはリュイアスの厳しい視線に負けて忌々しげに口を開いた。 「……古傷抉った…互いにな。」 「…それは…ご苦労なこって…」 憐れみの表情を浮かべるリュイアスは実はこの船に乗る者たちの中で最もシキとティルの事情に詳しい人物であったりする。 「そんなんで大丈夫なのかよ…」 何がとは言わない。それでもシキは正確にその言葉の意図を掴み取った様子で答えた。 「何時までも逃げてるわけにはいかないだろ。」 沈黙が下りる。リュイアスは思考の末口を開いた。 「シキ、俺は止めておいた方がいいと思う。あそこは――」 しかし、その言葉はシキが表情を険しくして中腰になった事により遮られた。 「どうした?」 「海の中から影が上がって来る。敵だ!」 言うや否や、シキは見張り台の籠の中から身を乗り出した。 「リュー、見張り頼む!」 「おい!!」 リュイアスが呼び止める暇も無くシキはすぐさまその場から飛び降りた。無事に着地するさまを見下ろしながら、取り残されたリュイアスはひとり呟く。 「てか、海の中まで見えるのかよ…盗賊呪文って凄げぇな…」 実際にはシキの使っていた盗賊呪文『鷹の目』はあくまでも周囲にある町や建造物などを見つける為の呪文であり見張りに使用したり魔物の出現を感知したりするものではないのだが、 残念ながらこの場には彼にそれを教えてやれる人物はいなかった。 「ユウ!ユイ!」 タンっと体重を感じさせない軽快な音と共に着地を決めるとシキは叫んだ。シキの様子から事態を察した二人が身構えるのと同時に此方も事態を察したらしく操縦室からティルが飛び出してくる。 臨戦態勢を取った四人を直後に海を大きく揺らして大王イカが三体海面に姿を現した。 あまりに大きな揺れを四人はそれぞれ近場にあるものに捕まり耐え凌ぐ。 「くっ!姉さん!!」 相変わらずおぼつかない足取りで構えながら、ユウは大王イカの触腕がユイの元へと向かうのを見遣り、叫んだ。 触腕は鞭のようにしなり激しい勢いでユイに向かって振り下ろされて、 スパン と気持ちのいい音を立てて切断された。 抜き打ちの体勢のままのユイの背後にゴトッと鈍い音を立てて大王イカの触腕が落ちる。 ユイは無表情にそれを見下ろしたかと思うと突如口角を釣り上げた。 「オーーホッホッホッ!!」 高笑いするユイを他の三人はギョッとして見遣る。 「こんな良い獲物が現れるなんて!うふふふふ!今夜はイカパーティよ!御馳走よ!!」 明らかに体に毒な紫がかった魔物の触腕と巨体とユイを見遣りながら一同は叫んだ。 「「「絶対嫌だ!!!」」」 パーティの心が一つに纏まった瞬間であった。 back 1st top next え?レイが仲間外れになってるって?ちゃんと後半に登場します。 ユイさんのポイズンクッキングは実はティル達も経験しています。 今は下げてる移転前の拍手お礼の中でですが…そのうち上げるかもしれません。 |