第59話−船旅(後)






 戦いの最中、ユウは大王イカの攻撃を避けながら上手くティルとシキの二人と合流すると何時になく強い口調で告げた。
「二人とも、姉さんが変なことしないうちに、速攻であいつら倒すよ!」
「了解。」
 何時になく緊迫した様子のユウにティルとシキも真剣な面持ちで頷く。ましてティルはサティからリュイアスの悲劇を聞いたばかりである。それはもう力強く頷いた。
「くれぐれも、足のほんの一部分たりとも船の上に残さないで。」
「…あれはどうするんだよ?」
 シキの指す先には先程ユイに切断された大王イカの触腕がどすの利いた深紫の液体を垂れ流して転がっている。他にも同じように体液を流し足の一部が幾らか船上に転がっているのが見受けられる。
「……小さいのは、各自気付かなかった事にでもして、立ち回ってる途中に海に蹴り落として。大きいのは、僕が何とかするから。」
「具体的には?」
 声を潜めて慎重にシキは尋ねた。失敗して夕食にあれが並ぶなど絶対に御免である。ユウは何時になく力を入れて答えた。
「狙いが外れたことにして、最大火力で焼き尽くす。」
 黒こげの消し炭にしてしまえばいくらなんでも食べることなど出来はしない。
 そう告げるユウの様子からは普段の優しさなど微塵も感じられない。
「わかった。」
 どうやら納得したらしい。頷くとシキとティルは魔物に向かって飛び出した。
 此方もこれまでの気まずさなど微塵も感じさせない完璧なコンビネーションを見せる。
 人間とは、生きる為に最低限の安寧を満たす為ならばそれ以上のプライドやなにやなど、一時的に切り捨てる事の出来る生き物である。


「大丈夫ですかレイさん?」
「ええ。貴方に貰った薬のお蔭で大分楽になったわ。」
 そう言いつつレイは船内を外に向かっていく。微笑を浮かべてはいるもののその顔色の悪さと覚束ない足取りにはらはらとしながらエルは彼女の後に続く。
「でも、やはりまだ休まれた方が…」
「…だって、折角の海なのに、何時までも部屋の中じゃあ勿体ないもの。」
 船に乗った経験など無かったから密かに楽しみにしていたというのにこの有様である。それでもエルの作ってくれたくすりの力を借りて少しは回復したので、レイは甲板に出て外を見て回ろうと歩を進めていた訳だが。
ぐわん、と船が大きく揺れた。
「きゃっ!」
「レイさん!!」
 身を支えきれずに傾くレイをエルが抱きとめる。
「大丈夫ですか!レイさん!?」
「うぅ……気持ち悪い…」
 レイは胸のあたりを押さえて答えた。どうやらこの揺れに酔いが回って来たらしい。
「大丈夫ですか?部屋まで歩けますか!?」
 背中をさすり回復呪文を掛けながらエルは尋ねた。この場合傷を癒す事を目的とした回復呪文では大した効果は得られず、気休め程度にしかならないのだが、何もしないよりはましだろうという判断である。
 レイが小さく頷き、二人は船室に戻ろうと歩きだすのだが。
 ぐわんぐわん、と再び大きく船が揺れ、足が床から離れた。エルは咄嗟にレイを抱きかか身を丸めた。
「うっ!!」
 次の瞬間体を強く壁に打ち付けられてエルはうめき声を上げる。それでも直にレイに怪我が無いのを確認するとエルは安堵の息を吐いた。
「…酷い揺れですね。魔物でも出たんでしょうか?」
 エルはこの辺りの海流は安定していて波も穏やかであるというサティの事前の説明を思い出しながら呟いた。レイからの返事は無い。彼女は俯いたまま微動だにしない。
 酔いが酷くまいっているというには今までとは違う様子にエルは不思議に思い首を傾ける。
「レイさん…?―――!!」
 レイの表情を窺い見た瞬間、エルは背筋を凍らせた。
 ごうごうと燃え上がる深紅の瞳に、本能が関わるなと告げている。出来る事なら今すぐこの場から離れたい。そんな思いに駆られたエルのことなど知る由もなく、レイは口を開いた。
「…人が、こうやって、しんどい思いをしているっていうのに、いい度胸じゃない…!」
 ぐわん、と、三度船が揺れたが最早それどころの話ではない。
 レイから普段は抑えているのであろう魔力が沸々と湧き上がり辺りの温度が上昇していくのと裏腹に、エルは凍え死にそうなほど青々としている。
 ゆらりと立ち上がったレイはつかつかと甲板への道を進んで行く。これまでの覚束ない足取りなど何処へその。しっかりとした足取りで早足に前へ前へと。
 エルは数拍遅れてはっと我に返るとそんな彼女の後を追った。
 彼女の背後に陽炎が立ち起こるかのような錯覚を覚えながら。


 戦闘は思いのほか長引いていた。強敵である大王イカが三体に、更には仲間(ユイ) の動向にまで気を留めておかなければならないので当然と言えば当然である。
 とはいえそれを考えれば順調に進んでいるといっていい。既に甲板の上に散らばっていた大王イカの足の欠片の殆どは海に帰してあるので夕食の脅威からもほぼ脱したと考えて良い。
 二体目の大王イカを撃退し、最後の一匹に向かいながら、三人は密かに息を吐いた。
 だが、物事が全てそう上手い方向にばかり進まない事を、三人は知らない。
 バンと勢い良く船内に続く扉があけ放たれた事に戦闘中の四人は気付かなかった。否、気付いていたとしても全く気に留めていなかった。
「いい加減に――!」
 だから、扉を開いたと同時に、地に足を踏みしめ杖の矛先を魔物へと向けたレイの只ならぬ様子にも気付かなかった。
「静かに、しなさい!!!」
 叫ぶと共に、レイは全ての魔力を解き放った。
 まだまだ未完の大器であるとはいえ、太陽神ラーの加護をより強く受けた者の最大の魔力である。
 魔力は凝縮し、小さな太陽を思わせる紅炎へと姿を変えて、弾けた。
 魔物と戦っていた仲間たちをも巻き込んで。
 ちゅどーーん!!
「―――えっ?」
 凄まじい爆音と共に魔物を中心として大爆発が起こり、豪々と燃え盛る炎にレイは我に返って愕然と声を上げた。
「ああ、なんてことを…」
 追い付いたエルもまた、その惨状を見遣り愕然と声を上げた。

「何事だ!!」
「どうした!?」
 爆音に驚きながらサティとリュイアスがそれぞれの持ち場から離れて駆け寄って来た。二人は目の前の惨劇に言葉を無くす。
 瞬間的な大爆発の後、炎は一瞬にして消失したようだが、未だ煙は晴れず、爆破地点がどうなってるのか此処から窺い見ることは出来ない。 近寄ろうにも熱気が酷く、何の対策も無い状態で生身の人間がこれ以上近寄る事は不可能である。 無理に近寄ろうとすれば太陽に近づきすぎた英雄のごとく溶けて消えるだろう。確実に。
 唯一近付く事が出来るかもしれない人物、元凶たるレイは自分のしでかした事の大きさに完全に放心してしまっている。
 つまり、直接的に爆発に巻き込まれた人間が生きている事は不可能に近い状況である。
 エルは静かに天を仰いで十字を切った。
「安心して下さい、ユイさん…骨は拾っておきます。残っていれば。」
「…あんたの悪行はあたいが全部語り継いであげるよ。まあ、これで借りは全部チャラってことだね。」
 流石に死人には返せない。淡々とそう呟くサティにリュイアスは呆れかえりじと目を送った。
『もっと深刻になれよ。』
 いくらユイでもこの状態ではかなりのところ命を落とした危険性があるだろうと思い、彼はそう言おうと口を開きかけたのだが。
「残念だけど、生きてるわよ。」
「うわっ!!」
 背後からのユイの声にリュイアスは跳び上がって驚いた。
「ふむふむ…耐火性というより対魔法のバリアでも張っているのかしら。あれだけの爆発、これだけの高温にも発火しないなんて…凄いわねポルトガの技術って。」
 ユイは何事も無かったかのように平然と爆破地点の辺りの船の様子を観察しながら呟く。今しがた生命の危機に晒されたばかりの人間とはとても思えない。
「ユイさん!無事だったんですね!」
「ま、あんたが死ぬわけ無いって解ってたよ。」
「つい先ほど死んだ前提で話を進めていたのは誰だったかしら?」
 瞳を輝かせるエルと笑みを携え息づくサティにユイはにっこりと返した。
「……一応聞いとくが、どうやって生き残った?」
 燻る爆心地を指差してリュイアスが尋ねるとユイは親指を付き立て堂々と告げる。
「もちろん、ト○ルーラよ!!」
 言うまでも無い事であるが、勿論そんな呪文この世界(ドラクエ3)には存在しない。別の世界(他の作品)の呪文である。
「…何処で覚えたんだいそんな呪文。」
「ホホホ!このユイ様に不可能は無いわ!」
「なら自分の弟くらい救ってこいよ!」
 至極当然の突っ込みにユイは笑顔のまま固まった。
「……」
 表情を消し爆破地点を見遣るが、煙は晴れつつあるが、大王イカであったものの残骸の影が映る以外生き物らしき姿は決して見受けられない。
「……」
 ユイは天を仰いで手を組んだ。
「さようならユウ。貴方の立派な心意気は決して忘れないわ。」


 かくして、ユウの冒険は幕を閉じた。
      『光の進む先に・・・』   完





「んな訳あるかー!!」
 何処からか叫び声が届いた次の瞬間、真っ黒焦げになった大王イカの巨体がズゥンと音を立て崩れ落ちた。その陰から三つの人影が現れ、レイは漸く光を取り戻した。
「…うそ」
 三つの人影はしっかりと地に足付けて立っていて、真直ぐに此方を見据えている。
 レイは腰を抜かして座り込み、ほぅっと大きく息を吐いた。
「よかった…生きてる。」
「てか無傷。有り得ねぇ…」
「直撃受けた筈だよね。なんと言うか流石。」
「さっすが我が弟!!」
「嗚呼神よ。感謝します!」
 思い思いに呟く一向に、取り敢えず三人は口をそろえて叫ぶ。
「「「殺す気かーー!!」」」
「ごっ、ごめんなさい!」
 今にも泣き出しそうな様子でレイが返すが寧ろ泣きたいのはユウたち三人の方である。
「お花畑が見えた気がした。」
「僕も、川の向こうでお婆ちゃんが手を振ってるのが見えた気がする。」
「……」
 どうやら三者三様に臨死体験をして来たらしい。しみじみと呟く彼らに安堵するもの呆れるものと反応も様々である。
「…つーか寧ろなんで生きてるんだよ!」
 一瞬にして大王イカを焼死させたほどの一撃である。普通の人間ならば生きてはいない。
「あはは…まぁ、なんとか。」
 ユウは曖昧に答えた。というより全てを説明するほどの気力が無かっただけだ。
 後の二人も同様のようで、ティルはへなへなと座り込みながら呟くようにして言った。
「私、もう戦えない。」
「リュー、サティ。後は任せるからな。」
 シキもぐったりとした様子でそう告げ、船内に戻ろうと踵を返す。
「ほら、あんたも休んどきなさい。」
「うん。」
 ユイに促されユウもティルとシキの後に続く。

「ユイ、あんたは大丈夫なのかい?」
「あたし?見ての通りよ。へとへとで死にそう。」
 そう言って胸を叩くその姿は殺しても死ななさそうなほどにピンピンしているので、サティは後半に続いた言葉を切り捨てて告げた。
「なら、あんたとエルは直に戦えるように此処にいてよ。あたいは操縦室に戻るから。」
「ええ。わかってるわよ。」
 ユイの方ももとよりそのつもりであったので、あっさりと同意する。この程度の冗談は彼女にとっては日常茶飯事なものだ。
「リューは引き続き見張りを頼むよ。魔物が出たらユイ達の方手伝ってやって。」
「おいおい…魔物が出るたびに俺はあれを上り下りせにゃぁならんのか…」
 マストを指して息を吐くリュイアスにサティは仕方が無いだろと返す。そんな二人を見遣ってレイが声を上げた。
「なら見張りは私がするわ!魔力は残って無いけどそれくらいなら役に立てるもの!」
「そう?ならお願いしようかね。」
「ええ。任せて!」
 気合十分に答えたレイにユウはふと疑問を覚えて向き直った。
「そう言えば、レイ、船酔いは大丈夫なの?」
 レイ本人も含み全員が瞬いた。
 そもそもの事の発端は船酔いであるという事を知っているのはエルだけであるが、それにしても皆彼女の船酔いが相当に酷いものであった事を知っていたので、 全く意にも介さぬ様子でマストの上に登ろうとしていたレイを凝視した。
 レイ自身も信じられない様子でまじまじと全身を眺めると皆に向き直り告げる。
「なんか、大丈夫みたい。コツでも掴んだのかしら?」
(死にかけた結果得られたものがこれって…)
 ユウたちはそう思わないでもなかったが声には出さず、 顔を見合わせ息を吐き、後のことは残りのメンバーに任せることにしてさっさと船内に引き下がった。
 取り敢えず今日は運の値が最悪らしいのでさっさと部屋で休んで今日という日を終わらせてしまおうということだ。

「そうだ、シキ。またこんな事があって言えず仕舞いっていうのは嫌だから、言っとく。」
 それぞれ宛がわれた船室に入ろうと扉に手を掛けたところでティルはふと思い立ちシキを見遣った。
「ダーマではごめん。あれは私が悪かったと思ってる。」
「別に…俺も嫌なこと思い出させたから、お互い様だろ。」
 この出来事から得たもう一つの成果。少しだけ素直な心を持って二人が和解を果たしたのだが、 事の経緯を考えれば何とも間の抜けた話である。


 こんな出来事を挟みながら、一行は次なる目的地、テドンへと向かっていく。


 ところで、消し炭とかした大王イカの巨体を見遣りユイは呟いた。
「…ウェルダン通り越してこげこげ。これじゃあもう食べられないわね。」
「「「……」」」
 心底残念そうに呟くユイの様子を見やりながら、甲板に残されたエルとサティとリュイアスはその事だけはレイに感謝した。  




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  ユイさんに始まってユイさんに終わる。
  これだけ完璧ギャグ話にしてあるのにどうもギャグになりきらない不思議…
  ギャグ小説書ける人って凄いとしみじみ思います。
  そして軽い遊び心で他シリーズの呪文を幾つか出してみました。特に深い意味は無いです。
  まぁギャグにはなりきらなくても次の話に進む前に少しでも話の雰囲気を明るく出来ていたらいいなと思います。








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