枕元に小さな贈り物を






「聖夜祭?」
 首を傾け疑問符を浮かべるヤヨイをリクは信じられないものを見るような様子で見やった。
「知らないの??」
 ヤヨイは、大げさなまでに目を見開いて尋ねるリクにただならぬものを感じて考えるが、やはりそういった行事は記憶にない。 困り果て、ヤヨイはセルディを見やる。彼はその意図を正確に読み取ると息を吐き、二人の会話に割って入った。
「リク、ジパングは他と比べて文化が異色だから、聖夜祭も無いんだよきっと。」
「…あ、そっか。」
 今更ながらの事実に、リクは手を叩いて納得した。




  枕元に小さな贈り物を






 聖夜祭とは大地の精霊ルビスの誕生を祝う宗教的行事である。 とはいえ、この世界において神や精霊の存在は大々的に認められているので、精霊ルビスを信仰する者たちだけでなく、他の神を信仰する人々の中でも、この日はルビスのために祈りを捧げる者は少なくない。
 そして、聖夜の催しは、地方によって様々な特色がある。


「俺の故郷では、日が暮れるまで皆で礼拝堂に籠りきって祈りを捧げてたな。夜はそれぞれ家に帰って普段より少し豪華な食事。ってとこかな。パーティなんてのはなかった。」
 そう語るのはセルディ。彼は面倒くさそうに髪を掻き上げながら続ける。
「やたらと神様に敬意を払う習慣があってな、ルビスに限らずなんたら神のなんとか祭があるっていうと必ずそんな感じになってたよ。」
 遠くを見て語るセルディからは神々への敬意など微塵も見受けられない。それを感じ取ったウェルドはじと目で彼を見上げた。
「そんなとこからなんでお前みたいなやつが生まれたんだ……」
「さぁ。逆にそんなところだからじゃないの?」


 ウェルドは意にも返さず告げるセルディに嘆息し、リクの期待を込めた視線に肩を落とした。
「俺のところではルビス様を精霊神、として国全体で祈りを捧げるんだ。パーティを開いて身内や友人と過ごしたりして、日が変わるのと同時に一斉に、祈る。これから一年も加護を与えてくださるようにって。」
「へぇ、いろいろあるんだね。」
 セルディとウェルドの話を聞いて、夢見がちにリクが呟く。


「あたしたちのところではね、夜にサンタさんが来て、プレゼントをしてくれるんだよ!」
 尋ねられる前に話し出したリク。その話の内容に知らない固有名詞を見つけて、ウェルドはヤヨイと共に聞き返した。
「「サンタさん??」」
 そんな二人とは対照的に、セルディは知った様子で呟く。
「へぇ…サンタクロースの伝承はロマリア、ポルトガ、エジンベア、その近辺のだけだと思ってたけど…」
「うん。アリアハンはロマリアと近いから。」
「成程。」
 位置的な問題でいえば、アリアハンとロマリアは海を隔て遠く離れた場所にある。しかしアリアハンからの旅の扉がロマリアと繋がっているため、アリアハンとロマリアとの交流は深い。こういった文化の輸出入を行うほどに。


 疑問を解決して満足そうに頷くセルディをヤヨイはおずおずと見上げた。
「それでその、サンタクロースというのは…?」
 知った人間からすればなんということはない伝承も、知らない人間からすれば気になってしょうがない。興味深々で尋ねるヤヨイにセルディは微笑を浮かべた。


「ああ、サンタクロースっていうのはな、聖夜に現れる赤い服を着た爺さんのことだよ。トナカイっていう北の地方に生息する獣にそりを引かせて飛んでくるんだ。 背中には白い大きな袋を背負っていて、その中には子どもたちへの贈り物が入っているんだ。サンタクロースは一晩のうちに子どものいる全部の家を訪れて、 その一年良い子で過ごした子どもたちに、プレゼントを置いていく。…だったよな?」
「うん。」
 セルディの説明にリクは満足そうに頷き、次の瞬間、あっ。と声を上げる。
「でもね、サンタさんの姿を見た人は、誰もいないの。サンタさんの姿を見たら、もうプレゼントをもらえなくなっちゃうから、だから聖夜の夜、子どもたちはサンタさんの姿を見ない様に、早く眠って朝まで起きちゃいけないの。」


「随分と不思議な風習があるのですね。その、サンタさんという人は実在するのですか?」
「さあ。でも、朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあったことは確かだよ。」
 懐かしいなぁと昔を振り返るリク。ヤヨイはその話が気に入ったのか、リクの話を聞き入り真剣に考えている。 と、彼女たちの隣でその話を聞いていたウェルドが唐突に口を開いた。
「案外本当にいるのかもしれないな。」
「えっ!?」
「おっ?」
 突然の一言にリクとセルディは一斉に声を上げウェルドを見た。
「意外な展開だな。お前はこんな話信じないと思ってたが…」
 セルディの言葉にリクは内心頷く。まさかこんなに簡単に信じてくれるとは思ってもみなかったのだ。 そんな二人の様子にウェルドは不貞腐れたように表情を歪める。
「だって――――」


 ウェルドの言葉に、セルディは密かに口角を釣り上げた。





 それから数日が過ぎた。今日は聖夜祭当日。町は笑顔を携えた人々で賑わっている。
 そんな中セルディは明日以降に備え足りなくなった道具や食料をそろえるために町に出た。
「ん?」
 買い物帰り、見知った姿を見つけてセルディは立ち止った。


 今は自由行動中。そのまま立ち去ろうかとも思ったが露店の前にしゃがみ込むその姿が、異常なまでに真剣なのが気になって、セルディは気配を殺して忍び寄る。
 背後に立つ。まだ気付かれない。此方の存在に気付いた露店の店主に人差し指を口元にあてばらすなという意を伝えると、しゃがみ込み顔を寄せる。全く反応はない。 戦いに身を置く者としてこれでは問題なのではないかと思いつつ、息を吹きかけるようにして耳元で囁く。
「なにやってるんだ?」
「うっひゃあっ――!!」
「うわー、色気ねぇ…」


 上擦った声を上げて跳び上がった少女に、セルディは素早く一歩距離を開けながら棒読みでコメントした。 対する少女――リクはというと、顔を真っ赤にして鳥肌を立てて、囁かれた耳を押さえてセルディを指した。
「なっ―、なっ…っ……あ――っ!!」
 完全に混乱した様子で言葉にならない声を上げるリクに、流石のセルディも反省し額を抑える。
「…悪かったから、取り敢えず落ち着け。」


 腕を広げて深呼吸を三回、パチンと響きの良い音を立てて頬を叩き、もう一度深呼吸を。
 漸く混乱を脱したリクは改めて相手を見据え、息を吐いた。
「なぁんだ、セルディか。」
「…あんだけ馬鹿でかい反応しといてそれかい…悪かったな俺で。」
 あまりにもぞんざいな扱いに、自分のしたことを棚に上げ気を悪くするセルディに、リクは慌てて首を振った。
「違うよ!セルディで良かったって意味!」
「?」
「ウェルかヤヨイじゃなくて良かったってこと。ふぅ、危ない危ない。」


 リクは大げさに胸を撫で下ろしてみせると露天商へと向き直り、何やら品物とお金を交換し、セルディへと向き直った。
「お前、なにやってんの?」
「えへへ〜!いつも頑張ってるみんなに、サンタさんからのプレゼントだよ!!」
 その言葉で、セルディはリクのこの行動の意味を理解した。悪戯な微笑を浮かべて満面の笑みのリクを見やる。
「成程ね。夢見させてやろうってわけか。」
「本当のサンタさんは無理だけどね、代わりなら出来るかなって。」
「へぇ…」
 つまりリクは、サンタクロースの正体を知っていて敢えて二人に熱心にサンタクロースの素晴らしさを言って聞かせたのだろうか。そう考えセルディは面白そうに眼を細める。 そんなセルディを余所に、リクは真剣な面持ちで口を開く。
「でも、一つ問題があって…」
「なんだ?」


「ウェルは、起きちゃうよね。」
 だろうな。セルディは心中で同意する。敢えて声には出さない。沈黙は肯定だ。
 ウェルドは基本的に眠りが浅く物音に敏感である。別室のリクが部屋に侵入してくれば、いくら音を立てない様に気を使っていたとしても、気配や小さな物音で、高確率で目を覚ますだろう。 セルディが呪文で無理やり眠らせた際などはこの限りではないが、いくらなんでも聖夜に無理矢理寝かしつけるというのは可哀想である。となれば――


「解った。俺がやる。」
「えっ?」
 セルディの提案に、リクは不思議そうに首を傾けた。
「同じ部屋なんだ。リクよりも気付かれる可能性は低いだろ。サンタクロース第二号ってな!」
 セルディが得意げに肩目を瞑って告げれば、リクは嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとうセルディ!そうだ、セルディにも、はい。」


 差し出されたものを受け取り、セルディはそれをまじまじと見た。
「ガラス玉?」
 それはなんの変哲もない無色透明の小さなガラス玉。短い紐が付けられていて、物に取り付けることが出来るようになっている。旅の途中でも邪魔にならないようにと考慮してのことだろう。
「うん。みんなお揃いだよ!」
 リクはそう言って手を開いた。その掌にはセルディが持つものと同じガラス玉が二つ。
「…それは、ヤヨイとウェルドの分?」
「そう。ヤヨイとウェルの分。」
 セルディが尋ねるとリクは頷き彼の言葉を繰り返す。
「リクの分は?」
 そう尋ねると、リクは一瞬表情を崩し、すぐにそれを消し去り微笑んだ。
「…あたしはいいの!じゃあセルディ、ウェルの分よろしくね!!」


 リクは手にしたガラス玉を一つ可愛らしい袋に詰めてセルディに手渡すと駆け出した。今夜のささやかな企みにその雰囲気はとても上機嫌だが、その中に僅かな違和感を感じ、セルディは首を傾けた。
 みんなお揃いだと言うからには、彼女なら四人全員分、しっかりと揃えたがるはずだ。それなのに購入したのは三つ。
 その答えは、直に見つかった。


 商品の前に並べられた値札を見、セルディは苦笑を浮かべた。
「成程。」
 なんということはない。リクが持っていた小遣いが四つ買うには足りなかったというだけ。
 変な処で甘えるのが下手な少女に微笑しつつ、セルディは露天商に話しかけた。
「おっさん、これ、もう一つ貰える?」





『だって、出来なくはないだろ?力の強い魔法使いなら、空を飛んだり触りもせずに物を移動させることだって可能なんだから。』
『すごい!そんなことが出来るのですか!?』
『どこかの誰かみたいな、魔力が高くて応用が得意な人物ならな。』
 誰かと言われれば、このメンバーの中では思い当たるのは一人だ。だがウェルドは、その誰かを見ることはなく、青々と晴れ渡った空を見上げた。


「さて、どうすっかな…」
 ガラス玉を目前に翳し、セルディはぼんやりと呟いた。
 姿を消して侵入するか、はたまた昼の間に仕掛けを作り、空間転移で届けるか。後者はもとの呪文から構成を練らなければならないので骨が折れるが、安全策に違いない。
「やるか。」
 微笑を浮かべ、呟きながら、セルディは宿への帰路へ就く。
 明日の朝、一番良い反応を見せるのは誰だろうか。初めての聖夜の体験に心躍らせる少女か、年の割には落ち着いたそれでいて夢を失ってはいない少年か、 はたまた面倒見がよく人懐っこい割に自分のこととなると途端に諦めが早くなるお人よしの少女か。





 楽しいばかりではない過酷な旅の最中、それでも希望を失わない子どもたちに、
 ささやかな贈り物を・・・



















〜あとがき〜
  クリスマスリク編。当初予定していたよりも長くなりました。
  そして相変わらず文化とか宗教とか色々自分設定…
  ルディ編でルビス教とか出しちゃったけど神様の存在が実際に確認されてる世界で
  宗教とかどうなるんだろうとか考えた結果こうなりました。
  それにしても当初普通にオールキャラの予定だったのにリクとセルディばっかりだし
  ヤヨイの出番殆どないし…
  勇者とか探しに来る辺りウェルドは結構夢見てるよなと思います。   









2nd top
  








inserted by FC2 system