雪の降る暖かな夜






 寒い朝だった。
 布団に包まって眠っていたルディは、窓から差す朝の光に眩しそうに瞳を開けた。
「…朝か。」
 のろのろと布団から抜け出し上着を羽織り、枕元に置いていた愛剣を腰に差し、自身に与えられた船室の扉を開けた。
「??」
 部屋を出て気付いたが船内がいつもより騒がしい。それにルディは軽く首を傾けた。
 ばたばたと慌しく駆け回る海賊達を見、ルディは一人呟いた。
「この寒い日に元気なことで…。」




  雪の降る暖かな夜






「おはようございます、ルディ。」
 不思議そうに海賊達を見回しながら甲板へとやってきたルディに初めに声をかけたのはフィレだった。
 フィレは両手いっぱいに何かを抱え込んだ状態でルディの前で立ち止まった。
「フィレ、おはよう。…今日は何かあるのか?」
 ルディの質問に逆にフィレは不思議そうに首を傾けた。
「ルディはご存知ないのですか??」
「何を――」
「そいつに聞いても無駄だよフィレ。」
 ルディの言葉に割って入ったその声にフィレは驚き背後を振り返った。
「アルジェ!」
「ルディはこういう行事には呆れるほど疎いからね。」
 そう言ってアルジェはルディに向き直りまるで幼い子供に教えるようにして言った。
「ルディ、今日は聖夜祭の日だよ。」
「……ああ。」
 ルディは暫らく間をおいて、納得したという風に声を上げた。


 聖夜――大地の精霊ルビスが生まれた日とされる日の夜のことを指し、ルビス教徒の者たちはその夜、ルビスの誕生を祝う意をこめて家族や親しいもの同士で集まりパーティを開く。それが聖夜祭である。
 この世界で尤も一般的な宗教であるルビス教の代表的な祭りなので殆どの町家で行われている行事なのだが、ルディはすっかり忘れていた。
 彼も一応はルビス教を信仰するものの端くれではあるのだが・・・。


「…だからって船の上で祝うのか。」
「なに言ってるんだよ。あたしらは毎年船の上だろうが陸の上だろうが祝ってるよ。あんたと違ってね。」
「…それで、これをどうしろと?」
 ルディはアルジェが差し出したモノを見て訊ねた。
「何って、見ての通り。上手い料理を期待してるよ。材料は何を使っても構わないから。」
 いつも剣を握っている右手に包丁を握らせ、笑顔で調理場を指差すアルジェにルディは返す言葉もなく深い溜息を吐いた。
「ルディは料理がお上手なんですか?」
「ああ。損所そこらの料理人よりはるかにな。」
 すぐ傍でフィレにそんな事を話しているビズに恨みがましい視線を送りルディは船の調理場へと向かっていった。





 朝から準備を始め、全てのことが完成した頃には、太陽は既に西の海に消えようとしていた。
 準備を終えて海賊達が騒ぎ始めたのとルディが完成した料理を運んできたのはほぼ同じ頃だった。
「やっぱりルディの作った飯は上手いな。」
「話しながら食べるんじゃない。汚いだろ。」
 料理が運ばれてきて真っ先に手を出したのはビズだった。彼の前には一般人のビズには普段到底食べられないような料理が並べられている。
 隣に立つアルジェもゆっくりとその料理にありつく。
「まあ確かにこんな料理あたし達の他の誰も作れないだろうね。…ただ…」
 ぴたりとアルジェとビズの手が動きを止めた。
「…これのせいなんだろうね。あいつが行事ごとに疎いのは。」
「…ああ。せめて今年だけでも楽しんでくれたらな。」


「ルディ。そんなところで何をしているのですか?」
 物陰に隠れるようにして皆の様子を眺めていたルディは突然声をかけられ肩を震わせた。
「…フィレか。」
「はい。どうぞ、アルジェからいただいて来たんです。」
 そう言って差し出されたコップをルディは素直に受け取った。
「ルディの作った料理、本当においしいですね。」
「別にたいしたことじゃないさ。」
 一人で暮らしていれば、自然に料理も上手くなる。父の行方が解らなくなり母が亡くなってからはルディは広い屋敷の中で一人で生活してきたのだ。 料理も掃除も洗濯も必要に迫られたから覚えただけなのである。それにルディは人が言うほど自分の料理が上手いとは思っていない。


 フィレはそんなルディの様子を見てふと気が付いた。今日、ルディの笑ったところを見ていない・・・と。
「…ルディは…聖夜が嫌なのですか?」
「嫌…なわけじゃないけど…なんで?」
「だってルディ、貴方がいつもとなんだか違うような気がして…それに今だって一人でこんな所にいますし。」
 ルディはフィレから視線を外し、皆のほうを見つめた。
「嫌いなわけじゃない。ただ、自分が混ざるのに違和感があるというか…家はずっと俺一人だけだったから聖夜の日にパーティなんかしなかったからさ。」
 父や母がいなくなってからは祝い事など殆ど行うことがなかった。 たまにアルジェやビズやその親が来てパーティを行うことはあったがそれもアルジェたちが国に逆らう海賊であることとブレイル家が国王に目を付けられているのとで質素なものしか行われなかった。
 それ故に、海賊達が派手に騒ぎまわるなか、どうしても自分が場違いな気がしてならなかったのだ。


「ルディ…聖夜祭は誰もが楽しむための祭りなのですよ。」
 フィレはルディの話を聞き終えると微笑みを浮かべて言った。
「そう…なのかな?」
「そうです――きゃ!冷たっ!!」
 フィレは突然掌に走った感覚に手を引っ込めた。二人が顔を上げると空から淡く輝く綿のようなものが降って来るのが目に入った。
「…雪か。」
 空から降る雪は、船の上に置かれた数多くの松明の光によって淡い橙色の輝きを見せている。
「綺麗ですね。」
「ああ。」


「ねえルディ。暖かいと思いませんか。」
「暖かい?冷たいじゃなくて?」
「ええ。暖かいです。」
 フィレは胸の前で手を組み瞳を閉じた。
「だって、皆さんがとても楽しそうに笑っているんですもの。」
 不思議そうに眉を寄せるルディを見、フィレは微笑みを浮かべ続けた。
「聖夜祭だからではないと思います。私には分かります。此処にいる皆さんの心はいつも暖かい。ただ聖夜祭という催しを通してそれが表に出ているから、だから皆あんなに楽しそうなのです。」
 フィレはそっと手を前に出し一粒の雪を掴んだ。雪はすぐ溶けて水になってしまったけれどフィレはそれを大事そうに握り締めた。
「この雪が綺麗に見えるのは此処にいる人々の心が綺麗だからではないでしょうか。だから此処は今暖かい。それに、その中には――」


「――その中にはルディ。貴方もいます。」
「俺も?」
 フィレは視線を皆の方に移す。
「ええ。だからルディ、貴方も今を楽しんでも構わないのですよ。」
「そう、か。」
 ふとルディが微笑んだ。それを見てフィレが満面の笑みを浮かべ手を差し出す。
「行きましょうルディ。アルジェとビズが待っています。」
「ああ。」
 ルディは頷きフィレの手をとった。





「ルディ〜!!飲むぞ〜〜〜!!!」
「げっ!ビズ!!お前、酒臭せぇぞ!!」
 ビズに肩を組まれ鼻を押さえるルディをフィレとアルジェが見つめていた。
「フィレ。ありがとうな。やっとあいつらしい顔になったよ。」
「そんなことはありません。皆さんのおかげですよ。」
「アルジェ〜〜フィレ〜〜!さっさと来いよ〜!!」
 ビズに呼ばれてアルジェはすぐに返答を返した。
「すぐ行く!ビズ、全部飲むんじゃないよ!!」
「…アルジェ。未成年では?」
「大丈夫。サマンオサじゃ16で成人さ。」



















〜あとがき〜
  書いた本人も流れのままの書いていてなんとなくしか分かっていない小説・・・
  ルディは普段暗いわけではないけどたまに暗い表情になったりします。
  アルジェとビズはそれを知っていてフィレはそういう感情に敏感だということで。
  なんとかクリスマスに間に合いました。









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