一週間の激務






 机の上に山のように積み上げられた、ぎっしりと文字の敷き詰められた高級紙の束と、 その中心に単座し、凄まじいスピードで黙々とその山を処理していく『ロマリア王』の姿にセルディは唖然として目を瞬かせた。
 だが、瞬き再び目を開いて見ても、目を擦っても、目の前にある状況は寸分たりとも変わらない。 ただ変わっていくのはセルディがそうして固まっている間にも着々と数を減らしていく書類の数々だけだ。
 国の機密の一つや二つ、どころか十や二十やそれ以上も書かれているのではないかといった書類の山々は、 国の長たる王に一字一句余すことなく確認された上で承認の意味を持つ判を押されていく。 そして、不備があるとみなした書類に適当に判を押すことはせず、不備の理由も事細かに書き記し、他の書類とは分けて置くことも忘れない。


(実に見事だ。)
 セルディは純粋にそう思った。誰が見てもそう思わせるほどに『ロマリア王』の事務能力は素晴らしいものであった。
 だが、セルディはそれを口にせず、代わりにもう一つ思い浮かんだ言葉を無遠慮に発した。
「……何やってるんだよ。馬鹿だろ、お前。」
「元凶にそんなこと言われたくない。」
 あくまでも手を休めることはなく、顔も上げぬままに、一週間代理の『ロマリア王』ことウェルドは棘のある物言いで返答を返した。




  一週間の激務






 元凶は全てセルディだ。ウェルドは責任転嫁するわけではなく本気でそう思っている。それはまさにその通りであるのだが、 この状況を作り出したのはウェルドの性格にも起因している。


 金の冠を奪還し、一週間という期限付きとはいえ無理やり王の座に就かされたウェルドは、その後、 兵を動かしノアニールの村を調査してほしいとセルディから頼まれた。恒例化した行事のための仮初の王に、兵を動かす権限などない。 真の王の不在の間、代理で政を取り仕切るのは大臣の役目だ。 民からの要請も出ているということを伝え、何とか兵を出してもらう為の交渉をするため、ウェルドは直に大臣の部屋を訪れた。もちろん、 こんな子供の意見など聞き入れてくれるとは思えないが、セルディにはシャンパーニの塔での借りがある。借りを作ったままにするのは癪なので、ウェルドはどうにかして交渉を成功させることは出来ないかと必死で頭を回転させていた。


 だが、どんな言葉にも対応できるようにと高速回転させていた頭脳は次の瞬間には完全にその機能を制止することとなった。
「大臣殿、少し頼みたいことが…」
 ガチャ、バサバサバサ―――
 ノックの後、大臣の返答を待って扉を開けたウェルドは、大量の紙が落ちる音を聞き付け思わず扉をあける途中の体制で停止した。
 勢いよく扉を開けたわけでも、扉の角にあたったわけでもなく、ただタイミングよくその瞬間に崩れて見せた紙の山を間に挟み、ウェルドと大臣は互いに言葉を失って崩れた紙束と互いを見やった。


「…お恥ずかしいところをお見せしました。」
 ウェルドと大臣、二人掛かりでなんとか部屋中に散らばった紙の山を幾つかの塊に束ねたところで、大臣はウェルドを来客用の椅子に座らせ頭を下げた。
「いや、それよりなんでこんなことに…?」
 ウェルドは、整えたところで部屋中を埋め尽くさんばかりの勢いの紙の山を見渡して尋ねた。
「まぁ、我が国にもいろいろとありまして…その、中身の方は……」
「…悪いけど。」
 苦い表情で尋ねる大臣に、ウェルドは申し訳なさそうに頷いた。
 決して故意ではないが紙束を整理する最中に若干ではあるが紙に書かれた内容を見てしまったのは紛れもない事実である。 誤魔化すよりは今この場で正直に答えた方が良いという判断の元ウェルドは答えた。
「そう、ですか…」
 ますます苦い表情を浮かべる大臣にウェルドはどうしたものかと息を吐いた。


 ここは大臣の執務室。
 つまるところ、この部屋中を埋め尽くさんばかりに積まれた紙の山々は全て、国の政に関わる重要な書類ばかりである。
 一週間はこの国の王とはいえ、部外者のウェルドがそれを見るということはかなりの大事である。


「その…安心してくれ。…他言はしないから。」
「私としてもその言葉を信じたい。心から。」


「ところで――」
 なにか用があったのでは?大臣はそう続けようとした。上手くウェルドの気を逸らし、この出来事を有耶無耶にしてしまいたかったのである。ところが――
「とはいえ、この状況は見過ごせない。」
 何と目の前の子どもは本来の目的もそっちのけでそんなことを言い出したのだ。
「この書類全てを貴方が片付けているのか?…見たところ王の印が必要な物も数多くあったようだが。」
 大臣は目を剥いた。まさかウェルドのような子どもがほんの少し覗き見た程度でそこまで理解することが出来るとは思いもよらなかったのである。
「明らかに期限を超えているであろう物もあったようだし…貴方一人でどうこう出来る量とは思えないが、これでは国の政は滞るのではないのか?」
 呆然とする大臣の前で、ウェルドは中を少し超えた程度の子どもの口から紡がれる言葉とは思えないような科白をすらすらと重ねる。
「そんな時に国の最大責任者である王が居なくなるなんて…国民は恒例行事として楽しんでいるようだけど、大丈夫なのか? この国も、貴方も…。」
 最後には自国のみならず自身の身を案じる言葉まで紡がれて、大臣は人知れず涙したとかしないとか・・・
 そして――


「俺が手伝おうか?」


「今なんと?」
「俺が手伝おうかと言ったんだ。」
 思わず尋ね返した大臣に、ウェルドは律義に言葉を反芻した。
「こう見えて政ごとに関してはある程度心得はある。流石に予算の取り決めとか大がかりな事までは手伝えないが、下から上がって来た報告書の確認とか、直に裁可が必要な事柄を纏めるくらいは出来る筈だ。…仮初とはいえ王の座に着いている訳だから、王印を押すことも出来るし。」


「それに俺も、王座で見世物になってるよりも、貴方の手伝いをしていた方が、国の役に立てると思ったら嬉しいし。」
 最後に悪戯っぽく微笑したウェルドは、交換条件としてノアニールの探索を頼むと書類の整理に取り掛かった。


 そうして大臣の補助を行うことになったウェルドであったが、手慣れた手技で丁寧かつ素早く作業を進めていくうちに、任される仕事の量は増え、中身の重要度も増して行き、今に至るという状態である。


「……何やってるんだよ。馬鹿だろ、お前。」
 事情を聞き終えたセルディは、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「………うるさい。」
 ウェルドが不貞腐れて返す。それでもその手は止まらない。次々と消化されていく書類の山を見遣りながら、セルディは堪え切れず爆笑した。





 そして一週間の時が過ぎ、王の座から解放されたウェルドはリク達と共に次の町へと旅立った。


「そういえばウェル。」
「ん?」
「ロマリアの大臣さんから伝言頼まれたんだけど。
 『またいつでも、貴方様が訪れるのをお待ちしております。』
 だって。ウェル、何したの?」
「……ノーコメントで。」


 一週間前、部屋を埋め尽くさんばかりに溜まっていた書類の山は、ひとつ残らず綺麗に片付けられていたのだとか・・・








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