ざあざあざあ・・・・・・天から降る水音が、ガラスの膜を通して響く。
 ざあざあざあ・・・・・・黒く閉ざされた空から落ちる滝の音だけが、人々の消えた町の中に、ただ永遠と響いている。


 頬杖をついて窓の外を眺め、セルディは重い息を吐いた。
 外は本降りの雨、空は一分の隙もなく黒い雲に覆われていて、日の光は完全に遮断されてしまっている。
「…これは暫く止みそうにないな。本降りになる前に町に入れて良かった。」
「…そうだな。」
 誰にともなくそう呟けば、同室のウェルドからどこかぼんやりとした相槌が返る。見やれば、彼はセルディとはまた違う窓辺に寄りかかり、どんよりとした空を見上げている。
「…物好きだねぇ」
 セルディは視線を戻すと再び息を吐いた。静寂の中、ただ土砂降りの雨の音だけがガラスという膜を通して響いている。
(鬱陶しい。)
 止まない雨にどうしようもない苛々を募らせセルディは荒々しく髪を掻き上げた。いっそのこと膜越しの音よりも直接耳に入れた方がましなのではないかというどうしようもない思考の末に、セルディは荒い動作で立ち上がった。
「セル?」
「ちょっと出てくる。」
 こんな雨の中どこに行くつもりなんだとか、そんな声が聞こえてきた気がしたが、セルディはそれを無視して部屋を出た。


 雨が降る。暗い空から雨が降り、普段は活気ある町の中から人々の姿を消して行く。
 ひとり広場に立つセルディは、漆黒の瞳で暗くなった町をただぼんやりと眺めていく。雨に打たれて髪が、肌が、服が、どんどんと水気を帯びて重くなっていくことに、その場に縫い付けられていくかのような感覚を覚え、そして視線が、無意識のうちに明るい光が漏れる家々へと向いていることに気が付いて、セルディは自嘲の笑みを浮かべた。
 ただひとり、暗く重い闇の中に囚われて、光を望んで見つめているのに動けない、動かない。
(…馬鹿馬鹿しい)
 セルディは一度ゆるりと首を振り、濡れて肌に貼り付いた前髪を掻き上げた。その時――
「セルディ〜!風邪ひいちゃうよ〜!」
 最近では聞き慣れた、明るい声を聞き、セルディは慌てて振り返った。見やればそこには部屋にいるはずの仲間たちの姿。
「お前ら…」
「タオル、借りてきたよ!」
「お風呂の準備もお願いしてきました。」
「いい大人が、こんなことで人に迷惑かけるなよ。」
 宿の入り口の、軒下の辛うじて雨に濡れない位置に立つ仲間たちの姿。そのうちの一人が今にもこちらへと飛び出して来そうなのを見、セルディは声を上げた。
「お前らは、こっちには来るなよ。」


 雨が降る。ざあざあと音を立てて。暗く閉ざされた空から滝のように大粒の。
 ざあざあざあ・・・ひとり水に打たれていた青年は、仲間達と共に光の中に消えていった。




 ■




 雨が降る。浅く空を覆った雲から小粒の雨が。
 振り続ける。光を滲ませた空から、静かに音を立てながら。


「はぁ…」
 同室のアルジェが窓の外に向かって嘆息を繰り返すので、フィレは本に落としていた顔を上げ、そちらを向いた。
「アルジェ…」
「船に戻りたい。」
 声を掛けると彼女はがくりと項垂れてそう告げ、再び嘆息を一つ。
 物資の補給のためにいつのも四人と荷物持ちという名誉ある役職を任された数人の船員と共に町を訪れた折に雨に降られ、買い物もままならぬまま宿に駆け込んでからすでに三日が過ぎている。
 その間雨は絶えることなく降り続いていて、外に出ることも憚られる。そんな状態で三日間宿に籠り切っているのだから、気が滅入ってしまっても無理はない。
「船の皆さんのことが心配なのですか?」
「まさか。あいつらのことは全く心配なんてしてないさ。ただ本当に帰りたいだけだ。」
 そう言って遠くを見るアルジェに、フィレは微笑を浮かべた。
 心配していないのは心の底から信頼しているから。アルジェにとってあの場所は自分の居場所、戻るべき場所なのだ。そして、
「アルジェ、フィレ。ちょっといいか?」
 ノックの音と同時に扉が開かれ、そこからビズが顔をのぞかせた。
「いいけど、ドアを開けるときは中からの返事を待ってから開けなよ。常識だ。」
「おう、悪いな。学がないもんで。」
「全く…で、なに?」
 反省する様子のないビズに呆れつつアルジェは尋ねた。
「ああ、雨が上がりそうだからさ、買い出しにいかないか?」
「行く! フィレ、あんたはどうする?」
「私は…もう少しで読み終わりますので、ここで。」
「そっか。じゃあ、留守番よろしくな。」


 ぱたん。と静かに本を閉じ、フィレは窓辺に歩み寄り、視線を落とした。宿の入り口付近に目をやれば、ちょうど買い出しに向かうところであったのだろう三人の姿を見つけ、フィレは窓に手を当てて彼らを見やった。
 彼ら三人にとって、互いはそれぞれ互いにとっての居場所なのだろう。自然と連れ合うその姿をみると、どこかほっとした心持になると同時に羨ましくも思う。
 ちょうど見上げてきた彼と目が合って、フィレは微笑を浮かべて手を振った。彼もそれに応えて手を振り返し、先を行く二人を追って背を向けた。
 遠ざかる彼らの姿を見詰め、窓という一膜を挟んで、フィレは彼等に対して呟いた。
「少しの間だけ、私もそこに入れてもらってもいいですか?」


 ぽつんぽつん。しずくの滴る音を残して、雨が止む。
 日の光が差し始め、町に人々が顔を出すのを見やりながら、少女は部屋にひとり。
 




    2nd top















inserted by FC2 system