出発2






「それじゃあ行ってくるね。お母さん、お爺ちゃん。」
「お世話になりました。」
 彼女たちの旅立ちを祝うかのように良く晴れた朝、リクとウェルドはリクの母と祖父と向かい合った。
「リク…ウェル君も、無茶だけは絶対にしないでちょうだい。必ずまた戻ってくるのよ。」
「わかってるよお母さん。」
 リクの母は二人に不安そうな表情を向けていたがリクの笑顔につられて微笑んだ。
「そうね。気をつけて行ってらっしゃい。」
「うん!いってきます!!」
 リクは満面の笑みを浮かべて母と祖父に別れを告げた。









 自分達の姿を見てざわざわと騒ぎだす人々を横目に見ながら、ウェルドはリクから一歩分遅れたところ歩いていた。
 中央通りを歩く二人の姿はここ一ヶ月で街の者たちには見慣れたものとなっているのだが、 リクが今日旅立つという噂でも聞いているのか道の脇から声援や彼女たちを心配する声等が数多く聞こえる。


 ウェルドはそんな人々を見回して溜息をついた。
 街道の脇を埋め尽くすほどに多くの人々がいるというのにその中にリクと同年代の者の姿は殆どないのだ。


 ウェルドはまだリクの家に世話になり始めたばかりの頃、リクの母に言われた言葉を思い出した。
『あの子は学校に仲の良い子がいないの…ウェル君、あの子と仲良くしてあげてね。』
 その時ウェルドは、この明るいリクにかぎってそんな事はないだろう。と思ったがこの様子を見るかぎりどうやら本当の事のようだ。


「ん?」
 突然、リクが通りから延びた一本の脇道にそれたのを見てウェルドは声を上げた。 今まで城壁の外に出るのにこの通りからそれたことなどなかったはずだ。
「リク?どこに行くんだ?」
 リクは歩を進めたまま、顔だけウェルドの方に振り返って言った。
「この先にルイーダーの酒場って言うお店があるの。そこで冒険者登録をしとくと身分証明をしてくれるんだよ。」
「ふうん。」
「うん。ウェルの登録をして貰わないとね。」
 ウェルドは怪訝そうな顔つきで訊ねた。
「…俺の?」
「うん。あたしは学校でやったもん。」
(…別にそんなのいらないんだけどな。)
 ウェルは身分証明持ってないでしょ?と笑顔を見せるリクにウェルドは、そうだな…。と適当に相槌を打った。







 カランカラン。  扉に付いた鐘の音に、この店の店主であるルイーダーは扉の方に目を向けた。
「こんにちは〜。」
 扉を開け放ち元気良く挨拶をする少女の顔に、ルイーダーには見覚えがあった。
 確か彼女の顔を見たのは特別講師として中級学校に行った時のことだった。
「あんたは、確か…」
「リク=マディリアです。ルイーダーさん。」
「そう。それで、今日はどうしたんだい?」
「この子の冒険者登録をしたいんです。」
 そう言うと同時にリクはズィッと連れてきた少年の腕を引いた。その少年を見てルイーダーは目を瞠った。
「…リク…どう見てもこの子、成人してるようには見えないけど…」
 リクは不思議そうに首を傾けた。
「もともとの旅人なら成人を認められてなくても登録できるんでしょ?」
「なんだい?あんた他所から来たのかい?」
 少々驚いたようなルイーダーの問いにウェルドは頷いて肯定した。
「そうかい…なら――」
 そう言ってルイーダーは店の端にある階段を指した。
「――二階に行ってそっちのカウンターで登録してきてくれるかい。」
「…分かりました。」
「いってらっしゃ〜い。」
 ひらひらと手を振るリクにウェルドは軽く手を振り返して二階へと上がっていった。





 ウェルドが二階へ上がり、ルイーダーが店員に呼ばれカウンターの奥へと姿を消して行った後、店の扉が開けられた。
「なんだ…リクじゃないか。」
「なんだよ…もう旅立ったんじゃぁなかったのかよ。」
「怖くなって逃げてきたんじゃないのか?」
 扉の開く音とほぼ同時に聞こえた声に、リクは僅かに表情を翳らせた。
 ウェルがここに居なくてよかった。と思いながら振り返り声の主を睨むようにして見据える。
「……なに?」
「おいおい。世界を救う勇者様が庶民相手にそんな態度でいいのかよ。」
 声の主――リクと学校で同じ学級で学んでいた少年達は、リクの表情など気にする様子も見せずに逆に挑発してみせる。


 オルテガの――勇者の娘というだけで世間に注目されている彼女のことを彼等は良く思っていないのだ。
 それは同年齢の子供たちの殆どにみられる兆候で、リクもそのことを解っているので学校でも誰とも仲良くしようとしなかったのだ。
 普段、彼等はリクに突っ掛かってこようとはしなかった。
 今朝の彼女の旅立ちを祝うかのように集まっていた群衆を見て彼等の頭に血が上ったのだろう。
 リクの方も、陰口を言われることはよくあったが、直に暴言を言われることには慣れていなかった。


「――本当は剣の腕だって立たないんじゃないのか!!」
「一緒にいたガキも弱そうだったしな。」
 彼等の暴言に暫くは耐えていたリクだったが、自分以外のことを悪く言われて無視していられるほどに気は長くない。 その言葉にとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「……だったら――」
 リクの手が背に背負った剣の柄に伸びる。
 少年達の表情が強張った。口ではどうこう言っていても彼等はリクの実力を知っている。
「――試してみる?」
 リクの目がスッと細められる。チャキリと音を立て鞘から白人の刃が顔を見せる。
 一人の少年が一歩前へと出た。
「いっ…いいだろう。やってやろうじゃないか。」
「おっ…おい……」
「大丈夫。相手は一人だ。」
 小声で姑息な話しをしながら自らも腰に下げた剣に手を掛ける。
「表に出な。リク。ここじゃお互い剣を振るえないだろ。」


「やめときな。」
 リクと少年達が扉を出ようとすると、突如背後から声がかかった。
 振り返ると青銀の髪の青年が椅子に座ってこちらを見据えている。 青い外套の下にローブのようなものを着込んでいるのが伺える。魔法使いかなにかであろう。
 青年は少年達にもう一度繰り返した。
「やめときな。お前らじゃその子には敵わないよ。」
 少年達は憤慨した様子でその青年に向かって叫んだ。
「なんだと!!やってみないと解らないだろ!!!」
「やってみなくちゃ、解らないのか?」
 青年は嘲笑を浮かべて言い返した。
「なっなんだと!!!」
「この野郎!なめやがって!!」
 少年達がリクから標的を変えて、青年に向かい一斉に飛び掛った。


 ふわっ
「なっ!!」
 突然の浮遊感に少年は思わず声を上げた。
 どさぁ!!
 次いで床に叩き付けられた少年は青い顔をして青年を見上げた。
 見れば他の少年達も自分と同じように次々に床に叩きつけられていく。
「こっ…こいつ強ぇ!!」
「…うっ…うわぁ!!逃げろぉ!!!」
 言うが否や我先にと逃げ出す少年達を、リクはポカンとして見送っていた。
 



















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