出発5






「巫女王はアレを『神』だと言った。」
 黒髪の少年は少女の腕を引き林を駆け抜けながらそう言った。
「だけどお前はアレを『化け物』だと言った。」
「けど、あの方の占が当たらぬはずがありません。」
 少女の必死の訴えに、しかし少年は首を横に振った。
「俺は生贄を捧げさせ民を脅かすものを神だとは思わない。だから俺はお前の占を信じる。」


 少年は林を抜け、岸に隠しておいた船に少女を乗せる。
「この国にいればお前もいつか生贄に捧げられてしまうだろう。だから俺はお前を逃がす。」
「でもっ!そんな事をすれば貴方が――!!」
「行け!お前だけでも逃げるんだ!!そしていつか、この国を救いに戻って来い!!」
 少年はそう言って船を岸に繋いでおいた縄を外し船の側面を蹴り船を岸から離した。
「あっ――」
 少女は身を乗り出して少年を見つめた。
「飛鳥っ!!!!」
 少女の叫び声を聞き、少年はふっと微笑んで見せた。
「たのんだぜ。弥生。」
 少年の声は少女には届かず、しかしその微笑みから少年が言わんとしている事を感じ取り、少女は神妙に頷いて見せた。









 ぼんやりと霞んだ視界の中に黒い髪を見つけヤヨイは無意識のうちに声を漏らした。
「あ…すか…?」
「あっ!気が付いた!」
 聞き慣れぬ高い声色に驚きヤヨイは寝かされていた寝台から跳ね起きた。
「うっ…」
 くらりと歪んだ視界にヤヨイは小さく呻き声をあげた。


 突然激しく体を動かしたせいで立ち眩みをおこし額に手を押し当て膝を突くヤヨイにリクは駆け寄り助け起こした。
「大丈夫?」
 心配そうに自分を見つめる瞳をヤヨイは見つめ返した。
「あの…ここは?あなたはいったい……」
「ここはレーベの村。あたしはリク。」
 不安げなヤヨイに微笑みを向けてリクは質問に答えた。


「リク…?」
「そう。あなたは?」
「弥生といいます。」
「ヤヨイ?」
「はい。ジパングの巫女の弥生です。」
「ジパング!!」
 ヤヨイの答えにリクは驚きに目を見開いて大声を上げた。


バアンッと勢い良く扉の開く音がした。
「リク!どうかしたのか!?」
 リクの上げた大声にウェルドとセルディが駆けつけて来たのだ。
「気が付いたのか。よかった。」
遅れて入ってきたセルディが困惑気味なヤヨイの姿を見て微笑を浮かべた。


「えっと…あなた方は?」
「俺はセルディ。こっちがウェルドだ。そっちは?」
「ヤヨイだって。」
 ヤヨイの代わりにリクが答え、リクはさらに続ける。
「ジパングから来たって言ってるの。それでびっくりして…」
「…それで大声を上げたわけか。」
 セルディの物言いにリクはごめん。と一言呟いて黙りこくった。


「ジパング…?どこにある国なんだ??」
 一人話しに着いていけずにウェルドが疑問符を浮かべて訊ねた。
「ウェル…知らないの??」
 リクが驚いた様子で訊ね、ウェルドがそれに素直に頷く。
「ダーマの近くにある島国だ。他の国とは違う独特の文化を持っているという。」
 セルディは自身の荷物の中から世界地図を取り出しダーマ神殿の位置を示した。
「ここがダーマ。そして――」
 指を右に動かし弧を描いたような形の島の位置で止める。
「ここがジパングだ。」


「へえ。」
「あのう…」
 ウェルドが言い終わるのと同時にヤヨイが控えめに口を開いた。
「このレーベの村というのは何処なのでしょうか??」
 その言葉を聞きセルディがジパングの位置においていた指を下へと動かす。大海を越えた先、楕円を描いたような大陸を示す。
「ジパングから真南に大海を越えた先、ここがアリアハン大陸だ。レーベの村はこの大陸の北側に位置している。」
「そうですか。」
「…それで、ヤヨイはどうしてアリアハンに来たの?あんな小さな船じゃあいつ沈んでしまってもおかしくないような距離だよ?」
「それは……」
 ヤヨイは胸の前で手を組み俯き「飛鳥…」と消え入りそうな小さな声で呟いた。


「ジパングの国に『ヤマタノオロチ』と呼ばれる大蛇が現れ村々を荒らし始めたのです。」
 ヤヨイは神妙な面持ちで話し始めた。
「私は巫女で、その大蛇が良きものか悪しきものかを占いました。
 私の占ではそれは悪しきもの…異形のものだという結果が出ました。…しかし――」
 ぐっとヤヨイが拳を握り締める。
「卑弥呼さまの…巫女王の占ではそれが神だと出たのです。」


 ヤヨイは話を続けた。
 生贄を捧げればヤマタノオロチは村を荒らすことは無くなると巫女王が言い、 そしてその通り生贄を捧げ始めてから村が荒らされることがぴたりと止んだのだと。
 人々は初め生贄にはあまり賛同しなかったがその成果を見てしぶしぶながらもそれに納得し生贄を続けたのだと。
 生贄には巫女のように神へと通じる力を持つものが選ばれヤヨイが生贄に捧げられる日も近づいてきていたのだと。
 ヤマタノオロチが神だと信じなかった彼女の友が、闇夜にこっそりとヤヨイを連れ出し船に乗せて国を出させたのだと。


「……それで私は国を出て、この国へと流れ着いたのです。」
 ヤヨイは話し終え大きく息を吐いた。その体が小刻みに震えているのを見て取ってリクが心配そうに彼女の手の上に自分の手を添えた。
「ヤヨイ…大変だったんだね。」
 ヤヨイはフルフルと首を振る。
「私はいいです。国を抜け出し生贄にならずにすんだのですから。…でも…」
 沈黙するヤヨイにリクはそっと訪ねる。
「…ヤヨイはこれからどうするの?」
「私は――」
 ヤヨイは決意を秘めた漆黒の瞳をリクへと向けた。


「私はいろいろな国を周ってヤマタノオロチに勝るような人物を探します。それが飛鳥との…大切な人との約束ですから。」
「だったら…」
「えっ?」
 リクがふっと自信に満ちた笑みを浮かべた。
「だったらあたしが行ってあげる。」
「なっ!!」


 驚き絶句するヤヨイを他所にリクは続ける。
「今すぐってわけにはいかないけどこのまま放っておくことなんて出来ないもん。ねえウェル、セルディ。」
「そうだな。」
「ああ。」


 何の迷いもなく同意するウェルドとセルディを見て、ヤヨイが慌てて三人に向き直る。
「でもっ!危険すぎます!卑弥呼さまが占じる前に我が国の兵達が何度も討伐に向かいましたが帰ってくる人はいませんでした!!」
「そんなこと関係ない!困っている人を放っておくことなんて出来ないよ。」
「ですがっ!」
「諦めなよヤヨイ。」
 さらに反論しようとするヤヨイをウェルドが制した。
「言い出したら梃子でも動かないからさ。なあリク」
「もちろん。」
 リクが思いっきり頷いた。  



















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