海へ1






 深夜―闇が力を増し魔物達が活発に活動するこの時間、人々は好き好んで城壁のある町の中から出ようとはしない。
 そんな時間にルディは草原の中で立ち止まり、抜き身の剣を地面に刺しその隣に荷物を置いて、サマンオサの町を振り返った。
(ぜったいにまた戻ってくる。その時には必ずこの国に平和を取り戻す。)
 決意を固め今度は空を仰いだ。
(行ってくるよ。父さん、母さん。)
 ルディは荷物を担ぎなおし、父の形見である剣を抜き右手に、自らが生まれ育った町に背を向けて歩き始めた。




  サマンオサ ―海へ―






 ルディが旅立ちを決意した理由は二つある。
 一つはアリアハンの勇者オルテガの娘が旅立つと聞いてその手助けをしたいと思ったから。
 そしてもう一つはこのサマンオサの国を救いたいと考えたからだ。


 サマンオサは数十年前、この地に魔王が現れてからも比較的平和な土地であった。
 十年前、心優しかった国王が突然心変わりするまでは。
 即位してから十数年、どんな身分の人間にも分け隔てなく優しく接してきた国王が、 突然自分が気に入らないことをした者やほんの少し悪口を言ったりした者を処刑しだしたのだ。


 突然の国王の豹変にサマンオサは一時、国中パニック状態に陥ったが現在は国王の反感を買わない様に出来るだけ目立たぬようにひっそりと生活することで落ち着いている。 一部王に反発するためにこっそりと国を抜け出し外でいろいろな活動を始めた者達もいるが。
 ルディはこの豹変が魔物たちの活動と関係するのではないかとふんで、まずは国の外の世界から探りを入れていこうと考えたのだ。





 南東の大陸にある唯一の国であるサマンオサは大陸の殆どが高い山脈に囲まれている。
 南部は岩山に囲まれず海と面しているのだが、南部に行くにはやはり大陸中央にある山脈を超えるか両側をその山脈に囲まれた湖 (ある程度の大きさはあるのだが中央にその湖の半分ほどの浮島がある上に、船を停められるような場所が少ない)を越えなければならないため南部への移動も困難である。


 その上南部には海賊たちの拠点があるのだ。
 義賊を主張する彼等は無闇に人を襲ったりはしないしサマンオサの国民に忌み嫌われているわけではないのだが、 国王を敵に回した海賊達と――闇市など裏向きに関わりを持つものは多いが――表向きに関わりを持とうとする者は殆どいない。


 それ故に、中央の山脈地帯に一箇所だけ大人一人がぎりぎり通れる程度の抜け道があることも、 その海賊達が頼まれれば目的地まで船を出してくれるということも、海賊達や彼らと関わりを持つ一部の人間以外には全くといっていいほど知られていない。


 ルディはその抜け道を使って山脈地帯を越え、一人黙々と歩き続けた。
 やがて地平線の彼方から小さな明かりが見え始めた頃には宵の口にサマンオサの町を抜け出した時から十時間近くが過ぎ、既に夜明けが近づいてきていた。
 小休憩しながら東の空が明るくなっていくのを見て、ルディは思った。
(予定より早く来れたな。これなら朝には着ける。)
 海賊の家まで何事も無ければあと数時間といった所だろう。その距離を考えながらルディは再び歩を進めた。


 ルディが夜通し歩き詰めるのにはわけがある。
 サマンオサの国から出るには国王の許可を取る必要がある。本来は誰でも申請すれば取ることが出来るのだが、 王が豹変してからは旅に出るからというのが理由として認められなくなってしまったのだ。
 それにルディの一族――といってももはや彼一人しか残っていないが――は豹変した国王に何かと目の敵にされている。 もし旅に出るという理由が認められたとしても、彼がそう申請したとしても許可が下りることはないだろうと容易に想像できた。


 それ故、ルディは夜にこっそりと町を抜け出す方法をとったのだ。
 見つからず抜け出した自信はあるし、このことは信用できる人間にしか話していないので、しばらくばれる事はないと思うが用心に越した事はない。
 追っ手の掛かる前に早々にこの大陸を抜け出す必要があるのだ。
 彼の幼馴染たちに言わせれば気にしすぎなのだろうが。


「…さて。」
 目の前に迫った海賊の家をみてルディは声を漏らした。
「行くか。」
 ルディは慣れた様子で表に回り明かりの漏れる入り口へと進んでいった。
















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