両隣の壁に、海賊の象徴ともいえる髑髏のマークを取り付けた両開きの扉を、ルディは遠慮することなく開け放った。 非常時には戦闘用として使えるような武器や防具が飾られている長い廊下を一瞥するが人がいる様子はない。 「……これは無用心すぎるんじゃないのか…」 誰にともなくそう呟いてルディは奥へと歩を進める。 幼馴染でありここの海賊達を仕切る若頭である少女の部屋までの中ほどまで来たところで、一人の海賊に出くわし足を止める。 「あっ、ルディさん。お久しぶりです。」 ルディは思う。 ここの海賊達には少々愛想が良すぎる者が混ざっている気がすると・・・ 「アルジェ様なら部屋で貴方のことをお待ちですよ。」 と、海賊には似つかわしくない物言いで主の部屋の方を指す海賊に礼を言い、ルディはそちらに向かって歩くのを再会する。 ふと途中、あまりにも周りが静かに感じられ周囲を確かめてみて海賊たちの数が普段より少ないことに気が付いた。 (何かあったんだろうか…) そう思うものの周囲に人がいないので訊ねることも出来ず、その理由を考えているうちに気付くと目的のアルジェの部屋まで辿り着いていた。 「――だから船がないからしばらく待ってくれと言っているじゃないか!!」 扉を開けようと取っ手に手をかけた瞬間に聞こえた幼馴染の怒鳴り声にルディは一瞬、行動を停止した。 「お願いします。どうしてもアリアハンに行かなければいけないんです。」 ルディは音を立てぬようゆっくりと扉を開け中の様子をうかがった。 中では幼馴染のアルジェともう一人、ルディからは後姿しか見ることは出来ないが腰までの長い青銀の髪の女性が口論しているのが見て取れる。 「さっきから言ってるだろう!!今は船がみんな出ちまってるんだ。2、3週間まてば乗せてやれるって!!」 「一刻も早く行かなければならないんです!それに、一隻残っていたじゃありませんか!!」 「あれには先客がいるんだよ。交渉はそいつに――ああ。」 アルジェはようやく扉の前に立つルディに気付いた様子で彼の顔面に向けてビシッと指をさした。 「こいつだよ。頼むならこいつに頼んでくれ。」 「この人が…」 「そ。ルディっていうんだ。」 アルジェにつられて振り向いた青銀の髪の女性がルディを見上げた。 彼女はまだ幼さを残したような顔立ちの少女で、見たところルディと同じかもう少し下かというくらいの年齢だろう。 少女は真剣な眼差しでルディを見つめ、言い放った。 「お願いします。私をアリアハンまで連れて行ってください!」 「ええっと…」 ルディは戸惑いを隠せない表情で、少女とアルジェを交互に見回した。 アルジェはルディと目が合うとわざとらしく肩をすくめて見せた。その様子が自分はどちらでも構わないので勝手に決めろと物語っている。 ルディは仕方がなしに嘆息しながら少女と向き直った。 「…別に構わないけど――」 「本当ですか!!」 ルディの言葉を少女の声が遮った。 「…話は最後まで聞いてくれ。」 「……すいません。」 「それで、なんでアリアハンに行きたいんだ?えっと…」 「あっ…フィレといいます。…アリアハンには、探している人が、いるんです。早く行かなければいなくなってしまうかもしれないので…」 「あ〜…話は済んだね。」 「あっ、はい。」 フィレがアルジェに向き直って答える。 「じゃぁ悪いけど少し出ていっててくれないか?ルディにと話がいるんだ。」 「分かりました。」 フィレが部屋を出るとアルジェはルディに意味有り気な笑みを見せた。 「あらためて、ようこそルディ。これでブレイル家も反逆者の仲間入りだね。」 ルディは自嘲的な笑みを浮かべてそれに答えた。 「ブレイル家って言ってももう一族は俺一人しか残ってないけどな。一族全員で国を裏切ったオーシャウ家には到底及ばないさ。」 「そりゃそうだ。」 ルディの返事を聞きながらアルジェはおかしそうに微笑した。 実はサマンオサ大陸南部に拠点を置く海賊団の大半は、元はサマンオサの貴族だったものなのである。 王が豹変した際、王に従わず国を出た貴族達が集まり、王が豹変した理由を探ったり、 国を出ようとする者たちの助けとなるためにここに拠点を構え義賊として活動しているのだ。 アルジェたちオーシャウ家はその貴族たちのまとめ役である。 もともと有力貴族であったオーシャウ家は王が豹変した後真っ先に当主であったアルジェの父を筆頭に一族全員がその身分を捨ててこの場で海賊を始めたのである。 「おじさんは?」 アルジェの父は数ヶ月前、重い病臥せってしまったと聞いた。今もおそらくはこのアジトのどこかで安静にしているはずだ。 「ぴんぴんしてるよ。医者には動くなと言われているのに…海に出るなと言われたら今度は陸の上走り回ってるさ。」 呆れ顔で肩をすくめるアルジェだが、その表情には陰りがある。父のことが心配なのだろう。 「話を戻そう。」 アルジェは真剣な表情でルディを見据えた。 「あんたに貸す船はもう準備できてる。いつでも出航できるよ。」 ルディはそれを聞き数瞬考え込んだ。 「すぐに出るよ。」 「わかった。」 アルジェは窓から外を指した。 「外に着けてある。一隻しかないからすぐに分かるさ。あたしは忙しくていけない。」 「わかった。アルジェ。いろいろありがとうな。」 「礼を言われるほどのことは何もしてないさ。」 ルディが部屋を出るのを窺った後、アルジェは自分以外誰もいない筈の部屋で囁いた。 「さて。あいつは行ったけど本当に行くのかい?」 誰もいない筈の部屋の片隅から返答が返る。 「もちろん。お前はどうするんだよ?」 「もちろん付き合うさ。あんたたち二人が行ってあたしだけ残るなんてつまらないからね。」 BACK NEXT 2nd top |