海へ4






「よおルディ。おそようさん。」
 見張りを終えてマストから降りる途中、下に見える甲板に幼馴染の姿を見つけアルジェは声を上げた。
 慣れた様子でさっと甲板に降り立ったアルジェの前に寝起き顔のルディが立ち止まる。
「おはよ。まだ結構朝早いと思うんだけど。」
「あたしは夜明け前からずっと起きてたんだ。だからおそよう。」
「お前が見張りしてたのか?」
「まあね。誰かだけやらないってのは不公平だからね。あんた達にもやってもらうよ。…ところでルディ。」
 アルジェは眼を鋭く細めて海を見やった。
「…時間が惜しいのは分かってるけど、ちょっと寄り道しても構わないか?」








 海が荒れそうだからそれを避けるために航路を逸れたい。それがアルジェの要望だった。
 現在の天気は快晴で、素人目に見ればこのまま穏やかな天気が続きそうな気がするが、専門家が言うのだから間違いないのだろう。
 荒れた天気の中を突っ切って命を落としてしまっては意味がない。ルディはその要望をすんなりと聞き入れた。


 アルジェの指示を受け進路を南へと変更して数時間。波が高くうねり始めたのと遠方に島の形が見え始めたのとはほぼ同時のことだった。
 地図に載っていないその島を見てルディとビズはアルジェを見やった。


「アルジェ。あの島はいったい…」
「あの島はね、忘れられた島さ。」
 アルジェは遠方に見えるその島から目を離すことなく答えた。
「忘れられた島?」
「そう。…数十年前までどこかの国の流刑やらに使われていたらしいんだけど今じゃあ島の存在を知っているもの自体が殆どいないらしい。」


「それで、海賊業をしていて偶然見つけたわけか。」
 頭に巻いたターバンを風で飛ばされないように押さえつけながらビズは身を乗り出してその島を見つめた。
「そうだよ。それでたまに訊ねて外の話を聞かせてやってるんだ。…あの島はね、」
 アルジェは名残惜しそうにゆっくりと島からルディとビズに視線を移した。
「ムオルっていうんだ。覚えておいてやってよ。」





 船を下り、ムオルの島に足を着け、人のいる集落へと向かおうとしていた足をフィレはぴたりと止めた。
「どうかしたのか?」
「アルジェ。」
 心配そうに訊ねるルディに気付いていないのかフィレは仰ぐようにして集落の方向を見ながら前を歩くアルジェを呼んだ。
「この島には神官か預言者か、そういった人物がいるのですか?」
「神官か預言者?………あぁ、村の北の外れに住んでる爺さんが確か預言者だとか聞いたけど…。」
「そうですか。ありがとうございます。」


「…フィレはこの島に来た事があるのか?」
「ありませんけど…?」
 ルディの声は今度はフィレに届いたようで、フィレはすぐにルディに返答を返した。
「ならどうして預言者がいるって分かったんだ?」
「気です。」
「気??」
 再度質問を受け、フィレは立ち止まりルディに向き直り胸の前で手を組んだ。


「はい。この世の中には目には見えない力のようなものが存在しています。神々や精霊の放つ聖の力や魔族の者たちの放つ魔の力のように。」
「聖と魔…呪文の種類も確かその二つだったな。」
 確かそのような内容の本を読んだことがある気がする。とルディは口元に手を当て自身の記憶を思い返す。


「神聖呪文と魔道呪文のことですね。人の持つ気の力の内の聖の気を引き出し唱えるものが神聖呪文、魔の気を引き出すものが魔道呪文です。 人は必ずこの聖と魔の二つの気を持っています。 といってもこの二つの力をバランスよく保つことはとても難しいので殆どの人がどちらかの属性に傾いてしまうのですけれど。
 私はその気を読むことが得意なのです。それで強い聖の気を感じたので…強い聖の気を放つのは神官や預言者などが多いですから。」


「へぇ。」
 フィレの持つ知識と技術にルディは感嘆の声を上げた。
「詳しいんだな。」
「そんなことはありません。」
 フィレは首を横に振った。
「私たちのように魔法を極めようとするものたちにとっては当たり前の知識なんです。…ああ、そういえば…」


 ふとあることに気づいたようにルディの瞳をじっと見つめるフィレにルディはうろたえた。
「なっ、なに?」
 ふわっとした笑みを浮かべてフィレは答えた。
「ルディは珍しい気をしていますね。」
「そうなのか?」
 フィレの言っていることが分からずにルディが首を傾けた。
「はい。先程言ったようにこの二つの力のバランスをとるのはとても難しいのですが……
 ルディの気はどちらにも傾いていません。」


「まだどちらにも傾いていない気。いつかは聖か魔か、どちらに傾き強い力を持つことになるでしょう。
 ただ気を付けてください。聖の気も魔の気も、どちらに傾いても悪いわけではありませんが……強い力は他のものを呼び寄せます。
 もしも魔の気に傾いたときには特に注意しなければなりません。魔族のものは魔の気を好みますから。
 そうなった時、募った魔族の呼び声に絶対に答えないで下さい。答えてしまっては、貴方はひとでは無くなってしまいますから。 ……わたしはそうなってしまった人を知っています。」


 フィレの予言じみた発言を、ルディはただ呆然と聞いていた。
















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