「やれやれ参ったな。」 薄らと微笑みを浮かべ全く心の篭らぬ物言いでセルディは言った。 「カザーブまでもう少しのところだったのに…」 あまり整えられていない肩ほどまである青銀の髪を掻きあげてふぅと小さく溜息を吐く。 「おまけに山の中。足場も悪いのに…」 足場が悪い。そう言っておきながら全くそのような様子を見せずヒョイッと前方から向かってくる影を難なくかわす。 「まさか魔物に襲われるとは。」 そう呟きつつも彼は敵の攻撃をかわす以外の動作を行おうとはしない。 「軍隊蟹の大群にキャタピラー、アニマルゾンビおまけにキラービーまで居やがるとは…これはなかなか大変だな。」 一人戦況を見極めるセルディに、だったらお前も戦え。と突っ込みを入れるものは残念なことに誰もいなかった。 繰り出された攻撃をかわしリクは軍隊蟹の懐へと飛び込んだ。 「はっ!」 短く息を吐き、それと同時に蟹に向かって剣を振り下ろす。しかし―― 「――っう!!」 硬い甲羅に阻まれて剣は弾き返される。 其れと同時に剣を握っていた両手に痺れが走りリクは剣を取り落とした。 「あっ!!」 咄嗟にそれを拾おうと其方に意識を傾けた瞬間、リクの頭上に影が走った。 慌てて頭上を仰ぎ見るがもう遅い。 軍隊蟹は今まさに振り上げたその硬い鋏を振り下ろさんとしていた。 あんな攻撃をまともに喰らってはひとたまりもない。避けなければ。 その思いとは裏腹に足は石のように重く動こうとしない。 「いっ――きゃあ!」 成す術もなく鋏の餌食になろうとしていたその時、リクは腕を強く引かれて仰け反り尻餅をついた。 「一体、なにが…!?」 閉じていた瞼を開けると先程まで自分がいたその場所に剣を構えた少年の姿が目に飛び込んだ。 「ウェル!!」 リクが声を上げたのとほぼ同時にウェルドはその小柄な体格に見合わぬ大きな剣を薙ぎ払うようにして軍隊蟹に叩き込んだ。 遠心力も伴ってとてつもない破壊力となったその一撃は軍隊蟹の硬い甲羅を軽く叩き割った。 ウェルドは振り向きざまに今度は剣を振り上げもう一匹、背後に迫っていたもう一匹の軍隊蟹を切り裂いた。 「リク!大丈夫か!?」 彼女が取り落とした剣を拾い上げ、ウェルドは素早くリクの方へと駆け寄った。 「うん。ありがとう、ウェル。」 「そうか。」 ウェルドは群がる軍隊蟹からリクを守るようにして剣を構えた。 「リク、こっちは俺に任せて、ヤヨイの方を頼む。」 注意は周りに向けたまま顔だけをリクに向けウェルドは告げた。 現在ヤヨイはキャタピラーやキラービーの群れと一人で対峙している。 此方に集う軍隊蟹やセルディが相手をしているアニマルゾンビの群れと比べると数は少ないが一人で戦うには些か数が多い。 今のところヤヨイは槍術を駆使して戦っているが、もとより冒険者でもなんでもない寧ろ屋敷に籠もることの多かった彼女には持久力はあまりない。 これ以上の長期戦となれば流石に一人では対処しきれないだろう。 「でもウェルは?」 リクはヤヨイとウェルドを見比べて心配そうにウェルドを見やる。 ヤヨイとは裏腹にウェルドは疲れた様子など微塵も見せていない。 しかし彼が相手を受け持つと言っている軍隊蟹は集った魔物達の中で一番厄介でかつ数が多い。 「あのくらいは平気だよ。…それに…」 言い淀んだウェルドの顔をリクは不思議そうに覗き込んだ。ウェルドは申し訳なさそうに顔を歪め声を落として呟いた。 「…リクがいると、危ない。」 短い言葉にリクはウェルドの言わんとしている事を理解した。 ウェルドの扱う剣術は基本的に多対一を専門としたものなのだ。 自身を軸としてその周囲を大きく薙ぎ払うようにして扱うその技は周囲の敵の多くに大ダメージを与えることが出来るが 代わりに傍にいる仲間を傷付けかねない。 これまでの戦闘の中で、ウェルドはリクたちの立ち位置に気を配りながら戦っていた。 集団で戦闘を行う以上それは当たり前のことなのだがウェルドは今、それを行わずに戦おうとしている。 だからウェルドは言い淀んだのだ。 それは『これから自分は仲間の動向を気にせず戦うつもりだ。』と言うことと代わりはないのだから。 「わかった。あっちが終わったらすぐに戻ってくるからねウェル。」 「ありがとう。」 それを理解したうえで微笑みを見せて頷いたリクにウェルドも綺麗な微笑みを返した。 「成程。この中では一番の強敵である蟹の相手を引き受けたわけか。たしかにあれらは今のリクには荷が思い。」 ウェルドのもとをリクが走り去るのを若干離れた場所から見てセルディは口の端を吊り上げた。 彼は彼の周りを囲み、今にも飛び掛らんとしているアニマルゾンビたちを完全に無視しウェルドとリク、ヤヨイの三人に順に目を向ける。 一人軍隊蟹の相手をするウェルドにはまだまだ余裕があるのが窺えるがリクやヤヨイはそうはいかない。 「手加減なんてしてないでさっさと終わらせて助けてやればいいのに。」 クツクツと可笑しそうに笑いながら放たれたその言葉は、完全に本気というわけでも冗談だというわけでもない。 尤もどちらにしろセルディは人のことが言える立場ではないのだが・・・ セルディは再び視線をリクとヤヨイのほうへと向ける。二人になったぶん先程までより効率よく敵を倒しているが二人とも息が上がっている。 「…よく持ったほうか。そろそろ限界だな。」 そう結論付けるとセルディは先程までとは打って変わって威圧を込めた漆黒の瞳でアニマルゾンビたちを睨み付けた。 たった其れだけの動作で今にも飛び掛らんとしていたアニマルゾンビたちは身をすくめ後ずさりを始める。 「失せろ。」 そう彼が低く声を上げたと同時にアニマルゾンビたちは我先にといった様子でその場から逃げ出した。 逃げ去っていくアニマルゾンビを見送るとセルディはスッと威圧感を掻き消した。 「さて。」 微笑を浮かべセルディは右腕を翳した。 BACK NEXT 2nd top |