漆黒3






 突如として目の前に広がった炎の壁に弥生は無意識に動きを止めた。
 赤々と燃えあがる炎を見、脳裏に浮かび上がったのは遠い故郷に現れた神と呼ばれる化け物の姿と、
 それと対峙する一人の少年の姿。
(…飛鳥…)
『いつか、この国を救いに戻って来い!!』
 そう声が聞こえた気がして弥生はこくんと頷いた。









「ヤヨイ大丈夫!?」
 近づいてくる足音と自身を呼ぶリクの声にヤヨイは我に返った。
「あっはい。リク、貴女は?」
「大丈夫だよ。」


 疲労の残る笑顔で答えリクは振り返り歩み寄る青年へと目を向けた。
「セルディ!ありがとう。」
「いやいや、遅くなって悪かったな。化け犬どもの相手に結構時間を食っちまって。」
 もちろん苦戦したなどということは嘘なのだがリクとヤヨイにそれを知る由はない。


「この炎はセルディが?」
「ああ、まあね。」
 赤々と燃え上がる炎は向かい来る魔物達を阻み焼き尽くしていく。
「すごい…」
「そんなことはないさ。俺はヤヨイの得意な神聖呪文は苦手だしな。」
「神聖呪文…」
 ヤヨイは口の中で小さくその言葉を繰り返した。


 ジパングの巫女であるヤヨイは神の力を借りて癒しの術や退魔の術などを使うことが出来る。
 アリアハン大陸でリクが怪我をしたことがあった。その際にその力を使ったヤヨイにリクは微笑みこう言ったのだ。
『ありがとう。ヤヨイは神聖呪文が使えるんだね。』
 その言葉にヤヨイは首を傾げた。
『神聖呪文?』


 ジパングの出身で、今までに外の世界を見たことがなかったヤヨイは『神聖呪文』という言葉に聞き覚えがなかった。 不思議そうに声を上げるヤヨイにセルディは淡々と述べた。
『この世界に住むあらゆる生き物はあらゆる気の力を持っているんだ。神々や精霊の持つ聖の気や魔族の持つ魔の気のようにな。 人間っていうのはある種不安定な存在で、皆必ずこの聖の気と魔の気を持っているんだが聖の気に傾くか魔の気に傾くかは本人次第。 その中間に力を保つのは至極難しいことらしい。それで、そのうちの聖の気を使うのが神聖呪文、魔の気を使うのが魔道呪文だ。』
『……はぁ』
 長々と訳の解らない説明を繰り広げるセルディにヤヨイは曖昧な返事を返した。セルディはそれに苦笑して話を続けた。
『要するに、回復や退魔の呪文は神聖呪文、退魔呪文以外の殆どの攻撃呪文が魔道呪文ってことだよ。』


 ヤヨイが回想の淵から戻ってきた頃、壁のように燃え広がっていた炎が掻き消えた。そこには魔物の一匹も残っていない。
「そうだ、ウェル!!」
 ハッと振り返りウェルドが戦っている場所へと駆け出そうとして、リクは直ぐに足を止めた。


 軍隊蟹の群れが居た場所に出来た巨大な氷柱にリクは唖然としてのろのろとセルディへ向き直った。
「安心しなよ。ついでだから向こうも終わらせておいたから。」
「…セルディ、ウェルは…?」
「あいつなら、そろそろ――」
 セルディの言葉をヒュンッと風を切る音が遮った。
 投擲された短剣を受け止めセルディは不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい殺す気かウェルド。」
「それはこっちの台詞だ!!」
 怒鳴るウェルドの金色の髪の毛にほんの少しだが冷たそうな水滴が滴っていたのはこの際気にしないことにしておく。





「ふわぁ 疲れたぁ!」
 やっとのことでカザーブの村に辿り着き、宿で記帳を済ませるとリクはベッドにダイブした。
「本当に。こんなに長く歩いたのは初めてです。」
 ヤヨイは深く息を吐きながらベッドに腰を下ろした。
「宿の店主が心の広い方で助かりました。」
「ほんと、さっきはどうしようかと思ったよ。」


「四名様ですね。一晩16ゴールドになります。」
 宿の店主がにこやかにそう告げた瞬間、財布を手にしたリクはピシリと音を立てて固まった。 それを見たウェルドは嘆息しセルディは乾いた笑い声を発した。ヤヨイだけはいまいち事の重大さに気付いていなかったが。
「リク、いくらある?」
「…15ゴールド。」
 一人4ゴールドなので三人はなんとか泊まれるが四人泊まるには1ゴールドだけお金が足りない。
 セルディはリクを退かせて店主の前に立つと腕を引きウェルドを引き寄せた。
「すまないけど、こいつ子供(ガキ)だから半額にまけてくれない?」
「かまわないよ。」
「「「えっ!!」」」
 駄目元で頼み込んだ頼みを店主はあっさりと許可したのだ。


「リク、ヤヨイ、俺たちはちょっとカンダタについて調べてくるから。」
 唐突に扉を開けてセルディは二人にそう告げた。
「えっ? 待って、あたしも」
「いいから休んでろよ。疲れてるんだろ。」
 要件だけを告げるとセルディはそう言い残し直ぐに部屋の扉を閉めた。
 リクが慌てて起き上がり扉を開けるがそこにはもう人の影は残っていなかった。


「行っちゃった。」
「リク、ここはお言葉に甘えましょう。今わたしたちが行っても気を使わせてしまうだけですし…」
「……うん。」
 ヤヨイの言葉にリクは項垂れながらも従った。
 リクは扉を閉め、ベッドにうつ伏せに倒れこんだ。


「…ヤヨイ。」
「はい?」
「いつか、ウェルやセルディに追いつけるように頑張ろうね。」
「ええ。」
 ヤヨイは微笑みを浮かべて頷いた。



















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