漆黒6






 ドクン。
 身構えたその時、胸の奥底に激しい痛みが脈打つようにして広がった。
(――っ来た!)
 間の悪過ぎる出来事に内心で舌打ちしつつも目の前の敵にも後ろに立つ相手にも気付かれぬよう表情に表さないように注意を払う。
 前触れはあった。だが大丈夫だろうと高を括っていたのだ。
 そんな思考をよそに敵が動き出した。
 敵の動きの先を読み、順手に構えた短剣を振るった。
 大丈夫だ。自分にそう言い聞かせ……だが――









 リクとヤヨイは背中を合わせ十数にも上る盗賊たちを見据えた。
 各々に短剣や鞭を構える盗賊たちに二人もそれぞれ剣と槍に手を掛ける。
「さっきまで誰も居なかったのに。どうしてっ…」
「おそらく、何処かに隠し部屋があってそこに潜んでいたのでしょう。先程の落とし穴といい…カンダタという男、用心深い者なのでしょう。」
「カンダタ…」


 リクの脳裏に先程の覆面パンツの男の姿が過ぎり、リクは顔を引きつらせた。その時、この十数人の盗賊たちの中でリーダー格と思われる男が叫んだ。
「行くぞ!!」
 リクの脳裏でその男が動く姿と覆面パンツ姿の男の動く姿が重なった。
「いやーっ 来ないでーっ!!」
 恐怖に錯乱したまま、リクは目茶苦茶に剣を振り回した。


「がはぁっ!!」
 ゴッと鈍い音と共に吹き飛んだその男の姿に敵味方問わず足を止め目を丸くしてリクと男の姿を交互に見やる。
 リクが目茶苦茶に振り回した剣が運悪く男に直撃したのだ。 この事態に一番混乱しているのは加害者被害者双方のようで、信じられないものを見るような眼で互いを見つめている。


「………あっ」
 暫くの沈黙の末一番に声を発したのはリクで相変わらずぽかんとした様子で自身が吹き飛ばした男を見つめ、 全員が注目する中呟くような声で言った。
「…リーダーを倒した………?」
 自信なさ気なその声が再び辺りに沈黙を落とした。


「ふ、ざけるなぁぁああ!!!」
 一拍の間を置き我に返った男が激昂して立ち上がる。
「その程度の攻撃で倒れる俺ではないぞ! 俺はまだ戦える!!」
「でも――」
 堂々と自身を指す男にリクはキョトンとして言った。
「さっき、倒れてたよね。」
「…それに、足がふらふらしていますよ。」
 加害者であるにも係わらず揚げ足をとるリク、次いで哀れみの表情を向けながらヤヨイは追撃をかける。


「ぐっ…きっ、貴様らぁ……!」
 完全に頭に血が上った男は短剣を構えなおし襲い掛かるがやはり足元はおぼつかない。 それに続いて他の盗賊たちも足を踏み出すが皆その表情はやや引きつっている。 数の上で圧倒的に有利なはずの盗賊たちは完全にリクたちのペースに飲まれていた。





 ウェルドは肩に掛けたベルトごと剣を外すと丁寧にその場に置き、懐から短剣を取り出しセルディよりも一歩前に立ち身構えた。
「ふっ、ガキが。怪我したくなければ家に帰りな。」
「見た目で判断するような人間に負ける謂れはない。」
 そう切り替えしたウェルドの額にうっすらと汗が滲む。それに目敏く気づいたセルディが眉を寄せた。


「ウェルド…」
「うるさい。」
「下がれ。俺がやる。」
「…俺が行く。大丈夫だ。」


――ドクン――


 大丈夫。自身が発したその言葉を否定するかのごとく心臓が跳ねた。同時に胸の奥が焼かれるような激しい痛みがウェルドを襲う。
「……っ」
 目前の盗賊たちにも後ろにいるセルディにも気付かれぬよう必死で表情を殺して腰を落とす。 尤もセルディにはとっくに気付かれているのだがそれでも隠さずにはいられなかった。


「今のお前じゃ無理だ。下がれ。」
「うるさい!」
 ウェルドは一瞬だけセルディを顧み鋭い瞳で睨み付け声を荒げて先程と同じ言葉を返した。
 彼に言われるまでもなく行ってはいけないと頭の中に警鐘が鳴り響く。 だがそれ以上にこの男に戦わせてはいけないのだと今までの経験が告げている。 安心して構わないなどと言われているがウェルドはまだセルディのことを信用してはいないのだ。


 その様子にセルディは舌打する。
「死んでも知らんぞ。」
 鋭い声音でウェルドにだけ聞こえるように言い放つ。
 それを肯定の意ととってウェルドはもう一歩前へと踏み出した。


 ――ドクン――
 奔る激痛をぐっと胸を押さえて耐え凌ぎ、ウェルドは口元を吊り上げ不敵な笑みを作った。
「来いよ。相手をしてやる。」
 ウェルドの挑発にカンダタは腕を振り上げた。
「やれ!」
 カンダタの指示に彼に付き従っていた三人の子分達が動いた。


 正面から来た一人目の男の攻撃をかわし、かわした先に剣を振り下ろした二人目の攻撃も難なく避ける。 そして最後に三人目の斬撃を器用に短剣で受け流し再度攻撃を繰り出そうとしていた一人目の男に当身して突き飛ばす。
 連携攻撃を破られ、更に仲間が一人倒されたことに驚く盗賊たち。ウェルドはその隙を見逃すことなく傍にいた男の後ろに回りこみ短剣の柄で首筋を突く。


「がっ――!!」
 男が気絶したことを一瞥し確認するとウェルドは苛烈な殺気を感じ、咄嗟に転がるようにしてその場を退いた。 次の瞬間先程までウェルドが居た場所に破壊力のある巨大な戦斧が振り下ろされた。戦斧はゴッと音を立て丈夫な石畳に深く食い込み静止する。



 素早く体勢を立て直しウェルドはその戦斧を繰り出した男を見た。覆面パンツ姿の巨漢の男。この盗賊たちを取り仕切る頭。カンダタ。
 カンダタはウェルドの一撃で気絶した部下の一人を一瞥すると微笑を浮かべた表情をウェルドに向けた。


「お前、ガキのくせになかなかやるな。」
「どうも。」
 言いながらウェルドはカンダタの後ろで初めに突き飛ばした男が立ち上がり構えなおすさまを見、舌打した。


 人数的には先程と全く変化はないがカンダタの実力が彼の部下達から比べると抜きんでて高いことは先程の一撃を見ただけで一目瞭然である。 そしてウェルドの頭上に振り下ろされた戦斧の軌道とその時に感じた殺気から相手が殺しすらも厭わないことも十分に理解できた。 おまけに剣による攻撃はかろうじて短剣で受け止めることが出来るがカンダタの持つ戦斧を受け止めるというのは無理な話だ。 戦いの前に外した剣を使えば対等以上に戦える自信はあるが万全の体調であればともかく今の状態では判断を誤り彼等の命を奪いかねない。 勝つことだけを考えればセルディに協力を仰ぐのが一番確実ではあるがウェルドはその考えを頭に過ぎった瞬間に一蹴した。
 せめて首領が出てくる前に一人でも数を減らせておけば。そう考えずにはいられなかった。


 隙なく構え、思考を巡らせている間にも、内から襲い来る激痛がじわじわと体力を削っていく。 早く決着をつけなければと焦りが生まれる一方で決定的な一打を与えられるような策は浮かばない。 そんなウェルドの考えを読むかのようにカンダタは次の言葉を発した。
「だが、随分と苦しそうだ。」
「っ…!」
 気付かれた。その思考が一瞬意識が戦闘から遠ざけウェルドに隙が生まれた。その隙をカンダタは見逃さなかった。


 すぐさま戦闘に意識を引き戻したウェルドは真正面からのカンダタの攻撃をかわし、次いで迫り来る男の剣を受け流した。 それと時間差で反対から繰り出されたもう一人の男の鋭い突きを身を捻るようにして受け止め、だがそれが限界だった。


 無理な体勢で受け止めたことから手に痺れが奔り、なんとか短剣を手放さないことには成功したが、そのせいで同時に振り上げられた戦斧への対応が遅れた。
「終わりだ。」
 カンダタに言われるまでもなく避けられないことを瞬時に悟ったウェルドはそれでも出来る限り傷を最小限に止めるために地を蹴った。 だが、到底戦斧の直撃する軌跡からは逃れられない。


(まだ、死ぬわけには、いかないのにっ)
 そう思った瞬間、腕にウェルドを戦斧の軌跡から突き放す強い力が加わった。






















BACK   NEXT





2nd top
  








inserted by FC2 system