漆黒7






「莫迦が…」
 敵の首領が戦斧を吊り上げる様を見て、セルディは表情を映さぬ顔つきでそう呟いた。
 初めから勝敗は見えていた。ウェルドの中に巣くうものは発動して、尚且つ殺さないようにと相手を気遣って戦って尚彼に実力を発揮されるほど生易しいものではない。 初めから勝てないことなど目に見えていたはずなのだ。
 それなのにウェルドは自分ひとりで戦うことを譲らなかった。
 理由は解っている。死なせないためだ。
 自分を殺そうと刃を向ける悪党をそれでも尚ウェルドは彼等の命を守ろうとしているのだ。自身の命を賭してでも。
「……仕様がない。」
 誰にともなくそう呟き口の中で小さく呪文を唱える。
「終わりだ。」
 男の声と同時にセルディは勢い良く地を蹴った。呪文によって加速された足は瞬く間に数歩の距離を埋め、セルディは手を伸ばした。 









「ぐあっ!」
 突如腕を引いた強い力にウェルドは受身もままならぬままに壁に叩きつけられその場にずるずると崩れ落ちた。それと同時に前方で小さな爆音が轟く。
 ぼんやりと霞む意識を繋ぎ止め視界の中に青銀の髪を捉えウェルドは呻いた。
「うっ…セルディ…」


 薄い笑を浮かべた青年の漆黒の瞳に眼を遣りウェルドは身を強張らせた。
「……あ」
 暗いくらい吸い込まれそうな闇色の瞳。
「……っめろ」
 悲痛な面持ちを浮かべウェルドは掠れる声を張り上げた。
「ころ…すな」


「セルっ…」
 セル。と呼ばれてセルディは表情を崩した。一瞬、心底驚いた表情を見せたかと思うとふっと口元を緩め優しそうな微笑みを見せ、そうしてウェルドの頭を撫でた。
「ああ、大丈夫だよ。お前に免じて今日はそうしてやる。」
 ウェルドが目に見えて安堵の表情を浮かべた。
「だから安心して――」
 セルディの顔から笑みが掻き消える。ウェルドがハッと目を見開き身動ぎするが遅かった。セルディが指先をウェルドの胸元に押し当て、


「お休みだ。」
 そうセルディが言葉を紡いだ瞬間、ぐらりとウェルドの体が傾いた。セルディはそれを受け止めると優しく壁にもたれかける。


「さて。」
 ゆっくりと立ち上がりセルディはカンダタたちに向き直った。
「待たせたな。」
 表情の無い笑みにカンダタたちに言いようの無い不安が走った。


 とって付けたような笑顔を貼り付け絶対的な威圧感をかもし出し一歩ずつ歩み寄る青年にカンダタたちは恐怖した。
 逃げなければいけない。そう本能が告げているのに彼の光のない漆黒の瞳に縫い付けられたかのように体の一部として動かすことが出来ない。
「お、頭ぁ…」
 震える声で助けを求める部下の声を聴きながらカンダタは目の前まで歩み寄った青年を見た。


「金の冠は何処だ?」
「……」
「早く答えた方が身のためだぜ。」
 青年の言葉が嘘ではないことをカンダタの盗賊としての長年の勘が告げている。下手に逆らったり嘘を教えると命はないだろう。


(…どうする)
 カンダタは自問する。盗賊としてのプライドをとるならば手にした宝を他の人間に奪われるということは屈辱以外の何物でもない。 だが、それで自分に付き従ってくれている部下の命が守れるのなら安いものである。
 カンダタは深く深く息を吐いた。


「…五階の、お前達の仲間が落ちた部屋の、隠し部屋の中だ。」
「…入り口は何処にある。」
「部屋の右側の壁に一つ、突き出した煉瓦がある。それを押せばいい。」
「そうか。」


 それだけ聞き出すとセルディはカンダタからは興味が無くなったと言わんばかりに踵を返した。 これにはカンダタたちは瞠目した。
「見逃して、くれるのか?」
 恐る恐るといった様子で訊ねるカンダタにウェルドの傍で立ち止まったセルディは振り返った。先程まで醸し出していた威圧感は綺麗さっぱり消えている。


「本当はお前も捕まえた方がいいんだろうけど、俺達は当面の旅費さえ確保できればいいわけだし、面倒だからいいや。」
 その言葉にカンダタたちはホッと息を吐いた。だが――
「ああそうだ、ついでに塔の下まで送ってやるよ。」
 なにやら嫌な予感を感じ、実を強張らせたその時、カンダタたちの耳に大きな爆音が届き、一瞬の間を置いて彼らの体は宙に舞った。





「ふぅ。」
 盗賊たちの最後の一人を倒し終えリクは額に滲む汗を拭った。その隣ではヤヨイがいそいそと自分の体に手を翳し、回復の呪文を唱えている。
 初めにリクたちのペースに飲まれたせいか、盗賊たちは数のわりにはあっけなく勝敗がついた。 とはいえ自分達の何倍もの人数を相手にしたわけだからかなりの体力を消耗している。二人ともが回復呪文を使えなければ勝つことは出来なかったかもしれない。


「…リク」
「どうしたの?ヤヨイ…?」
「この人たち、どうしましょう…」
 二人は目を合わせ床に倒れこんだ盗賊たちを見た。本来ならば再び襲ってこれないように縛っておくのが一番なのであろうがリクたちは縛り付けるための縄を持っていない。 それに何より二人とももう暫くは動きたくなかった。


「そうだ!」
 名案が浮かびリクはぽんと手を叩いた。
「ヤヨイ、眠りの呪文、覚えてない?」
「心得はありますが…成程、眠らせておけば襲われる心配もないというわけですね。」
 大きく頷くリクを見て、ヤヨイは詠唱に取り掛かる。


「リク、ヤヨイ。無事か〜?」
 階下から自分達を呼ぶ声が響いたのはヤヨイの詠唱が完成した直後のことであった。


 すぐさま駆け寄ったリクは二人の姿を捉え、驚き目を見開いた。
「ウェル!!」
 ぐったりとセルディの背に背負われているウェルドの意識はない。
「セルディ!ウェルはどうしたの怪我してるの!?」
 そんなリクを見やりセルディはフッと微笑みを浮かべる。
「大丈夫。気絶してるだけだから。情けないことにさっき飛び降りた時にコロッと…」
「…それは、セルディのせいなのでは…」
 ヤヨイがじと目でセルディを見やる。
「さあ、金の冠を探して帰るぞ。」
 セルディはヤヨイの言葉を綺麗に無視してカンダタに教えられた隠し部屋の捜索に入った。





「ふわぁ、綺麗な夕焼け」
「ええ。本当に。」
 金の冠を見つけ出し、セルディの唱えたリレミトの呪文で塔を出ると、西の海に沈もうとする太陽の紅い光が差し、リクとヤヨイは目を奪われた。


「こうしてみると、随分長い間塔の中にいたのですね。」
「うん。今日は本当に疲れたよ。早く帰って休もう。」
 リクは疲れの滲む顔で微笑を浮かべてセルディに向き直った。本当ならばリクも瞬間移動呪文を使うことが出来るのだが、 塔の中でセルディが発した「疲れているのだから帰りは任せておけ。」という言葉に今日は甘えることにした。


 そのセルディはというとリクとヤヨイの遣り取りを無視して北の方角に体を向けて、スッと細めた瞳で地平線の彼方を見つめている。
「…? セルディ?」
 不審に思ったリクが首を傾け訊ねるとセルディはハッと我に返った。
「ああ…悪い。」
 セルディはすぐさま詠唱をし、手を天に翳した。
「ルーラ。」


 呪文の構成が完成し、視界が移り変わる直前にセルディはもう一度鋭い顔つきで北の彼方を見やった。
(あれは、エルフの里の辺りだな。)
 結界に閉ざされ人の立ち入りを拒むその地に微かだが見知った神聖な魔力を感じる。
(気付かれたかな…否。)
 セルディは自身の考えを否定した。
(もし俺に気付いたのなら、あんな力使うわけないか。)
 セルディはそこで思考を終えると瞳を閉じ、次の瞬間彼等の姿はこの地から消え去った。






















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