漆黒8






「よくぞ金の冠を取り戻した。そなたたちに約束通り3000Gを与えよう。」
「ありがとうございます。」
「ところで、誰か儂に代わって王様をやってはみんか?」
 にこやかに発せられた王の言葉にリクたちだけでなくその場に居合わせた全員が固まった。そんななか、
「ああ、やりますやります。ウェルドが。」
「なっ――!!」
「そうかやってくれるか!」
 セルディの言葉に絶句するウェルドに王はういういとして近付いた。
「俺は――」
「では、任せたぞ。」
 反論しようとするウェルドをよそに王は自身のかぶっていた冠をウェルドに渡すと一目散に駆け出した。
「ふざけるな!!」
 最早敬語を使うことさえ忘れて怒鳴りつけるウェルドをロマリアの家臣たちは憐れみの表情で見つめていた。









 シャンパーニの塔で気を失った後、目が覚めるとロマリアの宿のベッドの上で、説明もままならぬままに城へと連れ出された。 そして金の冠を返し終え、漸く金欠を脱したと安堵したところ突然王へと指名され、侍女達に着せ替え人形にさせられ、三時間の末、 選び抜かれた豪華な服を着せられ、漸く開放されたかと思うと豪華な装飾のなされた部屋に通された。 一週間の期限付きで王を引き受けさせられたウェルドはその間此処で生活しなければならないらしい。


 宿のものとは比べものにならないほどにクッションの効いた真新しいソファーに腰掛けウェルドは深々と溜息を吐いた。
 着せ替え人形にされている間に侍女達に聴いた話によると旅人を王として招くのは当代の王になってからは年に一度ほどある恒例化した行事のようで、 今度はどんな人物が選ばれるのかと城下の民たちは楽しみにしていて、明日からは謁見の間で玉座に座りその民たちの相手をしなければならないらしい。
 そのことを考えただけでウェルドの体にどっと疲れが走る。


 再び嘆息するウェルドの耳に見知った声が届いた。
「流石、似合ってるじゃないか。」
 バルコニーから発せられた声にウェルドは半眼になって相手を見据えた。
「…今俺が曲者だと叫んだら、お前はどうなるんだろうな。」
 何処から入ったなどと野暮なことは訊ねない。どうせ魔法で姿を消すなりして堂々侵入して来たのだろう。
「さあ、俺に勝てるほどのつわものの兵がいるならお縄に掛かって牢の中じゃね?」
 悪びれもせず答えるセルディにウェルドは顔を顰めつつ近付いた。


「聴きたいことがあるんだけど。」
 その言葉を予想していたのだろう。セルディは口元を吊り上げ方目を瞑って見せた。
「カンダタのことだろう?」
 ウェルドが頷くとセルディは不敵な微笑みを浮かべウェルドを見下ろした。
「答えたやるけど、その代わり、あの時助けたことを貸し一個として頼まれてほしいことがあるんだけど。」
 ウェルドは無言でセルディを睨み返した。


「ノアニールに兵をやって何か起きてないか調べさせてほしい。」
「…仮初の王にそんな権限があると思っているのか?」
「ああ。」
 ウェルドの問いかけにセルディは自身あり気に頷いた。
「仮になかったとしても、お前ならできると思っている。」
 それに、国民からも要請が出ているようだしな。と続けるとウェルドはあからさまに舌打した。
 予想通りのことの運びにセルディは内心でガッツを決めた。ウェルドの性格を考えれば民からの要請を断ることはできないだろうことは目に見えていた。


 セルディの頼みに対する答えは告げずにウェルドは探るような眼でセルディを見た。
「…カンダタは、無事なんだろうな。」
「ああ、あいつなら星に――」
 即答し、セルディは口をつぐんだ。
「…星?」
 怪しい言葉に怒気の籠もった形相で睨み付けるウェルドにセルディは気まずそうに目を逸らし頭を掻いた。


「…イオナズンで吹き飛ばした。どっかで生きてるはずだよ。」
 もちろん、そんな言葉で納得するウェルドではない。地上四階から爆発系の最上位呪文で吹き飛ばされれば普通の人間はまず命はない。
「生きているという根拠は?」
(そりゃあ、あの手の人間は一度や二度星になったくらいで死なないって。)
 喉元まででかかった本音を押さえ込みセルディは微笑を浮かべた。
「魔法発動させる直前に、奴さんがキメラの翼取り出すのを見た。」


「そうか。」
 やけにあっさりとしたその返答にセルディは思わずぽかんと口を開けた。
「信じるのか?」
「……嘘なのか?」
「いや、本当だけど…」
 逆に問われセルディは呆気にとられて答えた。


「ならいい。信じるよ。」
 そう言うとウェルドは踵を返し扉の方へ向かった。
「おい、何処に行く?」
「ノアニールを調べてほしいんだろう?」
 ウェルドは呆れたように振り返った。
 それにセルディが頷くとウェルドは直ぐに前へと向き直る。
「明後日までに調べさせる。これで貸し借りなしだからな。それと――」


 ウェルドは扉に手を掛けた状態で動きを止めた。
「アリアハンで言ったな。リクには何もしないって。」
「? ああ。」
 脈絡のない問いかけに首を傾けつつセルディは頷いた。
 振り返ったウェルドの真剣な眼差しがセルディの漆黒の瞳を捕らえる。
「その言葉も、とりあえずは信じることにするよ。セル…」
 そう告げると直ぐにウェルドは扉を開け部屋を出た。


 一人残されたセルディは暫くウェルドの出て行った扉を見て固まっていたが、やがて二、三歩後ずさると目元を覆い苦笑を浮かべた。
「ははっ……」
 そのまま後退し、手すりにもたれかかり空を見上げる。





『ありがとう。連れ出してくれて。』
『礼を言われるほどのことじゃないよ。只の気まぐれだ。』
 純粋な笑顔を見せる幼い少年にセルディはとってつけたような微笑で答えた。
『どうして町の外に出たかったんだ?』
 訊ねると少年は草原に座り込み空を見上げた。
『一度でいいから見てみたかったんだ。狭い窓からじゃなく、家々の合間からでもなく、この空を。』
 ふうんと適当に相槌を打ちセルディも空を眺めた。だが見上げたところで彼には何の感情も湧いては来ない。
『変わってるな。こんな暗闇の空、誰も見たがらないのに。』
『うん。それでも、いいんだ。』
 少年は年不相応な愁いのある笑顔でそう言った。


 暫くの間、二人で空を見上げていた少年とセルディだが、やがて少年を探す声を聴きセルディは少年に向き直った。
『じゃあ、俺はこれで。』
『ああ。我侭を聞いてくれてありがとう。…あっ』
 少年が何か言いたそうに見上げる様子にセルディは首を傾けた。
『なに?』
『名前、聞いても構わないかな?』
『ああ。俺はセル――』
 セルディ。と自身の名を名乗ろうとして彼は途中で止めた。ここで名を名乗るのは些か不味いかもしれないと思ったのだ。 だが、ここまで名乗った以上少年の期待に答えない訳にはいかない。


『セル。だよ。』
 偽名というほどのものでもない。ただ途中で切っただけの名を告げ微笑を送ると少年はそれを疑いもせずに受け取った。
『セル、か。俺は――』
『知ってるよ。』
 名乗り返そうとする少年を遮りセルディは片目を瞑って見せた。
『ウェルドだろ。』
 どうしてっ。と驚き訊ねるウェルドに背を向けセルディは呪文を唱えその場を後にした。





「甘いよ、お前。相変わらず。」
 青々とした空を見上げそう呟いた直後、セルディの姿はその場から忽然と消えていた。
















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