光輝11






 力を取り込むための最も簡単な方法はその力の持ち主を喰らうこと。そして、この悪魔が取り込んだその力はエルフの女王のそれと酷似している。
 フィレの凛とした声が辺り一帯に響き渡ったその瞬間からアルジェの思考は目まぐるしいまでの回転を示した。
(駆け落ちした二人のうちエルフの側は女王の娘だと言っていた。…だとすると――)
 ビズを助け起こした姿勢のまま終わりの見えたパズルのピースを一つずつ正確に埋めていく。 長く前線に立っていたことによって疲労しきったビズや目前の敵に注意を払い後ろにいるフィレを守ろうと意識をほぼそちらに集中させているルディよりも遥かに、アルジェが答えを導き出すのは速かった。


「お前が喰ったというのは、人間の男と共にいたエルフの娘か?」
『ほお。よく知っているな。』
 凄みを利かせた視線にも臆することなく影は返した。影はフィレの科白に暫しなりを潜めていたはずの怪しい笑みを取り戻しており、それはそのままこの状況での優劣を表している。
「――っ、アルジェ、それじゃあ……」
 息も絶え絶えにビズは確信をもってアルジェに尋ねた。アルジェもそれに頷いてみせる。しかし会話を繰り広げながらも二人の視線は怪しい影から寸分たりとも外れることはない。
「ああ。間違いない。」


 恐らくは、共にいた人間の男もこの場所で同じ運命を辿ったのだろう。既に命を失っていたのであれば見つけられることなどありえない。駆け落ちをした二人に戻る意思があったのだとしても、戻ることなど出来るはずもない。 男が善人であったか悪人であったかなど最早関係ない。そう、少なくとも――
「男に懸けられた疑いは濡れ衣。少なくともエルフの姫さんを不幸にした元凶はこいつだってことだ!!」
 肺に溜め込んだ空気を全て吐き出すようにしてアルジェは叫んだ。その言葉を合図として各々が得物を握る手に力を込める様子を見、影は嘲笑った。
『だからどうしたというのだ!!どのみち貴様等に私を倒すことなど出来はせん!!!!』
 咆哮と共に先程と同質の紅い衝撃波が一向に迫り来た。











 波動は一瞬のうちに目前に迫り、次の瞬間に訪れるであろう衝撃に備えルディは反射的に身を固くして目を瞑った。――だが、いくら待っても来るべき衝撃は訪れない。 恐る恐る目を開けたルディは背後に庇っていたはずの少女が杖を構え、苦しそうに息を噛み殺すさまを見た。
「フィレ…!」
「っ――!」
 見ればフィレの目の前、人一人も入れぬほどの僅かなところで見えない壁に阻まれるように衝撃波が左右に割れている。


『ほう、結界か!だが、いつまでもつか。』
「皆さん、私の傍へ!」
 さも愉快気に影が声を上げるなか、フィレがビズとアルジェに向けて叫んだ。
 ビズが真っ直ぐと、アルジェが手近に落ちた数本のナイフを素早く拾いながら駆け寄ると、それに合わせて衝撃を防ぐ結界の範囲が最小限に縮められていく。


「サンキュ、フィレ!助かったぜ。」
「この結界、何時まで持つ?」
 冷や汗を拭いつつ礼を告げるビズに続きアルジェが問うた。フィレはそれに真っ直ぐと前を見つめたまま返した。
「暫くは。ですがその間に打開策を考えなくては…!」
「ああ。そうだな。」
 苦々しくビズが頷く。
「あんた、聖水もう残ってないのか?」
「ああ。さっきので、最後だ。」
 悔しそうな表情でビズが頷く。槍に振り掛けた聖水は先程の攻防でほぼ全て飛び散るか乾ききるかでもう殆ど効力を残していない。まだ多少のダメージは与えられるかもしれないが致命傷を与えることなど不可能だ。 となれば頼みの綱はフィレの持つ多彩な呪文だが・・・
「この攻撃を止めることが出来れば、神聖呪文で浄化させることは可能です。しかし――」
 フィレは的確に視線の意図を感じ取り、答えた。だがその答えも打開策にはなりえない。 敵がこちらの魔力切れを狙っている以上、攻撃を止めさせるには何かしらの方法でそちらへ注意を惹き付ける必要があるのだ。そんな方法はあろうはずもない。


(くそっ! どうすれば…!)
 権を握った手に視線を落とし、ルディは心中で悪態を吐いた。と、その時。
『助けて』
 ルディの脳裏に、直接響き渡るような声が響いた。
「えっ?」
 それは先程湖の中で聞いたものと同じ、高くか細い声で、懇願するように何度も同じ言葉を繰り返す。
『助けて…』
 やがて回数が大きくなるにつれ、声はどんどんと弱弱しく小さなものへと変わっていく。しかしルディはその声を最後まで聞き逃すことはなかった。
『お願いっ、ルビーを……砕いて…! 私たちを、解放、して……!』
 その言葉を最後に、脳裏に響く声は余韻を残すことなく消え去った。それと同時に剣を握る手に何か温かいものを感じルディはそちらへと意識を向けた。
(なんだ…?)
 父から受け継いだ古ぼけたその剣が、紅い光に包まれ輝いている。それは決して害意が感じられるものではなく、


 今ならなんでも切れる。


 ただなんとなく、ルディにはそんな気がした。そして彼は、その直感に逆らわなかった。
「ルディ!」
「は?」
 そのまま真っ直ぐと剣を構え直そうとした時、突如名を呼ばれルディは現実に引き戻された。
「はっじゃねえ!どうしたんだよ、いきなり間の抜けた声出しやがって!?」
 そして気付く。頭の中に響く声に意識を取りすぎて実際に響く周囲の音が全く聞こえていなかったことに。
(なんだったんだ、今の?)
「おい!」
「なんでもない。」
 尚も呆けたように見えたのか喝を入れようとするビズに軽く手を振り、ルディは真剣な表情でフィレに向き直る。


「フィレ。」
「ルディ?」
 妙に落ち着き払った様子のルディの声に疑問を感じつつ、前に向ける意識はそのままにフィレは返答を返した。そんなフィレにやはり落ち着いた様子でルディは続ける。
「一瞬、ほんの一瞬だけでいいんだ。この攻撃を打ち消して且つ奴の動きを止めることは出来ないか?」
「おいルディ!そんなこと出来るわけ――」
 それがどれほど無茶な注文か、ルディは解っているつもりでいた。背後からもそんなルディの無茶な要求に対してビズとアルジェから否定の声が上がっている。しかし、フィレの答えは違っていた。
「何か策があるのですか?」


 尋ねると同時に、フィレは結界を張って以後初めて視線をルディへと向けた。大量の魔力の消費のせいかはたまたこの緊迫した状況のせいかじんわりと汗を滲ませたその表情からは疲労の色が窺えるが、 同時にその眼に映る光からはまだ限界までは達していないことも窺える。だが、
「いや。だけど――」
 そんな彼女の期待を、ルディは大きく首を振って否定した。しかし、その次に彼が発した言葉には確信に満ちた響きがあった。
「今なら切れる。そんな気がする。」
「ルディ?」
 いつものルディとは違う。フィレはそう感じた。それは外見や性格がといったことではない。魔力が、まとう魔力が違っているのだ。ルディの持つ本来の魔力とそれとは全く違う異質な魔力が混じり合い、 否、異質な魔力が彼のそれを包み込み強い力を発しているのだ。
(これは、エルフの守護…!?)
 何故そのようなものがルディに憑いているのかフィレにはその理由は解らない。だが、その力が彼に味方し、この状況を切り開く要になることは確かであった。
「…分かりました。一瞬。ほんの一瞬、ほんの少しだけでいい。奴の注意を逸らして下さい。そうすれば、あとは要望通り奴の動きを封じて見せましょう。」
 長い闇の中に漸く光が射した。  
















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