光輝12






「灼熱の炎よ、」
 フィレの張る結界から出られない以上剣による攻撃で注意を惹き付けることは不可能。そもそもそれが出来るのであればフィレにこんな無茶な頼みをする必要もない。 そんな状況下の中、ルディは影の気を引くためにあまり得意ではない、使う機会もほとんどない呪文を唱えることを選択する他なかった。
「我が意思に従い具現しかのものを薙ぎ払え――」
 苦手意識があるがためにしっかりと、省くことなく詠唱をし、ルディは構成を終えた魔力を解き放った。
「――ギラ!」
 炎熱系の呪文の初歩に分類されるその呪文は、しかし反撃が来るなどとは思っていなかった怪しい影に予想以上の効果をもたらした。
『何!?』
 呪文事態が大ダメージをあたえたなどということは決してなかった。しかし、完全にそちらに意識を奪い取られた影は一瞬、攻撃の手を完全に止めてしまったのだ。
 そして、その一瞬の時間は、フィレにとっては十分なものだった。


 結界を解くとともにそのために使っていた魔力の全てを次の呪文へと廻し、一瞬のうちにその構成を展開させる。
「光よ――」
 そしてその言葉と共に魔力を解き放つと、それは狙いを違わず悪魔の化身たる影を中心として光の陣となって出現した。
『ばっ、馬鹿な!!?』
 出現した陣から真直ぐに天へ、文字通り洞窟の天井をもすり抜けて天へと向う光の柱にのまれ、影は自身の意思とは無関係に完全に動きを停止させた。
 だが影は、それでも往生際悪く呻く。
『馬鹿な!? エルフの力をも取り込んだこの私が、退魔呪文などに負けるはずが…!!』
 そしてその言葉は、完全には外れてはいなかった。


 並大抵の悪魔であればこれほど強大な退魔の呪文を唱えられれば、爪の先の一欠けらをも残さずに一瞬のうちにこの世から消え去ったことであろう。 しかしこの悪魔は、喰らったエルフから得た強大な魔力を持ってしてその強力な呪文の効果から紙一重のところで踏みとどまったのだ。
(くっ…!やはり、消し去ることは出来ない!)
 フィレは盛大なまでに顔を顰めた。その額からはだらだらと嫌な汗が流れ出ている。彼女はこの結果を予想していた。それ故にすぐさまこの手を使わずに策が成るのを待ったのだ。
 この呪文はあくまでも邪悪なるものを消し去るための昇天の呪文なのである。決して相手の動きを封じるための呪文ではない。それ故に呪文構成の維持が先程この影が使用した衝撃はなどとは比べ物にならないほどに難しい。 持久戦になれば此方が圧倒的に不利なのである。しかし、フィレは一人ではない。光の柱が出現し、影が動きを止め、場が最も安定したその瞬間を待って、フィレはありったけの力を籠めて叫んだ。


「ルディ!!!!」


 その直後、悪魔の化身である怪しい影は、自身の頭上に自然現象によって発生した影を認めまだ辛うじて自由に動く視線のみを動かして上を見上げた。その先には――
「終わりだっ!!」
 大きく跳躍し、紅い光を纏った剣を上段から振り下ろすルディの姿。逃れられぬ死が、人間と妖精の両方を喰らった凶悪な悪魔のすぐ傍まで迫っていた。
『や、やめろっ! うぎゃぁあああ―――!!!!』
 一刀の元に両断され、悪魔はそのまま光の柱の中へと消えていった。











「ふぅ…」
 船尾から揺れる海面を眺めながらルディは深々と溜息を吐いた。ノアニールの呪にまつわる事件を解決し、既に数日が経過したが、体中の気だるさが消えず、ルディはこの数日ほぼ常にこのような状態であった。
「まだ疲れはとれませんか?」
 そんなルディに後ろから声がかけられた。高い丁寧な声音。これは、
「フィレ…」
 ゆっくりと振り返り名を呼ぶと、フィレは「失礼します」と一言断わりを入れ、彼の隣りへと座り込んだ。
「フィレは、凄いなぁ。」
 微笑を浮かべ、しみじみとルディは言った。先日の戦いにおいて、一番魔力を消耗したのはフィレであることは言うまでもない。それなのに彼女は戦闘が終わった直後には既にいつもの調子に戻り、 さらには全員の傷を癒す為に治癒魔法まで使って見せたのだ。ビスやアルジェが称賛の声を上げた時にも首を傾けさも当然のことのような態度を取っていたが、やはり、ルディはそんな彼女が凄いと思った。


 そんなルディの科白に苦笑を浮かべ、フィレは口を開く。
「前にも言いましたが、貴方は半強制的に与えられた他者の魔力を無意識のうちに自分のものと同調させて使っていたのです。慣れないことをしたのですから私などより疲れていて当然ですよ。」
「だけど、修業を積みさえすればこんなに疲れることはないんだろ。だったらやっぱり俺の力不足だよ。」
「仕方ありません。ルディは剣士なのですから。……それより、」
 フィレはふっと微笑んで、それから若干表情を真剣なものにして尋ねる。
「ルディが聴いたという声について、私なりの解釈ですが聞きますか?」
「ああ。」
 ルディはふっと遥か海の彼方に映る大地を見つめて頷いた。


「これは言うまでもないことなのでしょうが、あの声の主はやはり、エルフの姫君であったのでしょう。」
「ああ。俺もそう思う。だが、」
「ええ。だとすれば何故悪魔に喰らわれ魔力をも奪われたはずの姫君が、貴方に力を貸せたのか。」
 ルディは頷いた。魔法的な知識は一般的な教養程度にしかないルディにはそれは全くの謎であった。
「私は実際にその声を聞いたわけではありません。ですからこれは憶測に過ぎないのですが、」


「姫君は、魂だけは悪魔の魔の手から逃れたのだと思います。」
「魂だけ…? そんなことが出来るのか?」
「わかりません。」
 フィレはやんわりと首を振って見せた。これはあくまで憶測にすぎないのだと。
「ですが死した者が体を離れ魂だけの存在となってこの世に留まる事がある。それと同じことだと思います。」
「成程」
 そう言われれば一気に理解が容易になる。要は幽霊となったエルフの姫が悪魔に見つかる前に身を隠し、難を逃れた。そういうことだ。
「魔力は心と体、両方に宿るものですから、強い魔力の持ち主であれば魂だけの存在となっても多少ならば魔法を使うことも可能なはずです。」
「そしてその魔力で俺に力を貸してくれた、か。」
「ええ。」  頷くフィレ。だが、疑問はそう簡単に尽きはしない。
「だけど、それならどうしてルビーを砕けと言っていたんだ?」


『お願い、ルビーを砕いて。そして私たちを解放して。』
 その言葉の意味をルディが理解したのは、悪魔の化身を打倒し、光の柱が収まった後、地面に転がる真中で二つに割れた紅の宝石を見つけたときであった。 エルフの秘宝『夢見るルビー』駆け落ちの際、姫が持ち出したというその宝石は姫と共に悪魔に喰われ、悪魔の中に取り込まれていたのだ。そしてルディが切ったことにより、ルビーは元の魔力を失ってしまっていた。だが、
『ありがとう』
 二つに割れたその宝石を手に取った時、ルディにはそんな声が聞こえたような気がした。
『これで、私たちは、あの世で、幸せに……』
 それを境にその声が聞こえることはなくなった。そして剣も、紅い輝きを失っていた。


「夢見るルビーにはエルフたちの力が籠められていると聞きます。そして、見たものを魅了しその魂を引きずり込むとも。」
「…随分と物騒な秘宝だな。」
「ええ。ですから扱いを知らぬ人間の手に渡っていれば大変なことになっていたでしょうね。…話を戻します。」
 ルディの呟きに律儀に応え、フィレは続けた。
「考えられるのは二通りあります。一つは、悪魔の体内で、姫君の魔力の一部がルビーに取り込まれ、正規の方法で無かった為に姫君の魂をも惹き付け、一定以上ルビーから離れることが出来なくなったということ。 もう一つは、姫君の恋人である男性の魂がルビーに引きずり込まれ、彼と共に在りたいと願った姫君が一人で天に昇るのを拒んだということです。どちらか、あるいはその両方かも知れませんが、 今となっては何が正しいのか知る術はありません。」


「そうか。」
 話を聞き終え、ルディは小さく息を吐いた。結局真相は解らず仕舞い。心の中に気持ちの悪い靄を残したままの終幕となった。
 そんなルディの様子を見、フィレがくすりと微笑みを掛ける。
「なんにせよ、ルディが二人を、そしてノアニールの人々を救ったのは事実です。そう素直に受け止めては如何ですか?」
「……ああ、そうだな。」
 確かに、ここで考えていても過ぎたことは仕方がない。ルディはもう一度遠ざかる大地を見つめて頷いた。
















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