フィレは目の前にある森に向かって手を突き出した。ゆっくりと瞳を閉じて目の前の事象だけに深く集中する。 森全体を包む気の流れを読んでフィレは内心溜息をついた。 (これは…かなり強力な結界ですね。常人には到底破れそうもない…) 突き出した手の先に (…あまり、使いたくなかったのですが。) 気付かれれば逃げられてしまう。 フィレはルディに追っている者が何処にいるのか解る時があるといったが、同様にあちら側も此方の居所を掴むことができる。 其れは即ちこのような強い力を行使した時なのだ。 自身の力と森を包む結界のそれとを同調させる。森の吐息と呼吸を合わせ少しずつその力を解き放つ。 無理矢理に抉じ開けるのではなく風が流れるように自然に・・・ ふっと森を包む気の流れが変わった。フィレはそれを感じとると瞳を開け振り返り仲間たちに微笑みを見せた。 「これで大丈夫です。さあ、行きましょう。」 森の中は存外に明るかった。木々の合間を縫って降り注ぐ太陽の光は気持ちを落ち着かせ、時折そよぐ風や小鳥のさえずりはルディたちの心を和ませた。 エルフたちのちからだ。とフィレは言った。 「こんな所に住んでるんだ、エルフってのはきっとおとなしくて優しい種族なんだろうなぁ。誰かさんと違って。」 「なんだって?」 ビズの言葉に詰め寄るアルジェに苦笑しながらルディは昔読んだ本の一文を思い出した。 『エルフとは争い事を嫌う心優しい種族である。』 「…誰かさん云々は置いておくとして、ビズの言う通りかもしれないな。」 「だろ〜。楽しみだなぁルディ!」 そうだとしたら話し合いやすい。そう考えると自然に足取りが軽くなる。しかし、 「……あまり期待しないほうが良いと思いますけど。」 彼らから一歩下がった位置からフィレが難しい顔をしながら言った。三人の目がフィレに向けられる。 「確かに、エルフというのは心優しい種族ですが人間に関しては例外です。」 「何だよそれ!」 「種族によって態度を変えるってのかい!?」 実際に見たわけでもないのに期待を裏切られたと言わんばかりに詰め寄るビズと 人間だけが例外という言葉が気に触ったらしいアルジェの剣幕にフィレは怯み助けを求めるような目でルディを見た。しかし―― 「わるいけど、俺も詳しく聞かせてもらいたいな。」 フィレの視線の意味を理解しつつもそれには答えずルディは不機嫌そうにそう言った。 「元はといえば原因は人間の側にあるのです。」 一拍の間を置き、悲しそうに目を伏せてフィレはそう語り始めた。 「元々、エルフは人間に対しても友好的に接していました。人里に下りて人との交流を行うことも少なからずあったようです。 とはいえ、種族が違えば住む場所も違うもの。たとえ交流があったとしても人間達にとってエルフという種族が珍しいものだということは変わりません。それで――」 「一部の人の中に、エルフを捕まえ見世物にしよう。という考えが浮かんだのです。」 三人は息を呑んだ。『エルフ狩り』 ルディもビズもアルジェも、その言葉自体を聞いたことが無いわけではない。 ただ三人にとって全く縁の無いことであり、彼等はそれをすっかり忘れてしまっていた。 「もちろん、それを止めようとする良心的な人間もいました。…しかし、」 「殆どの人間が『金がほしい』とか『エルフを見たい』っていう欲望に負けちまったんだね。」 フィレの後に続き、アルジェが話を締めた。 フィレはそれにこくんと頷きこれから自分達が行こうといているエルフの里があるであろう方角を見た。 「それ以来、エルフたちの人間嫌いは続いています。 だから、里に入るときには、視線や言動に耐えれる程度には覚悟しておいた方がいいと思います。」 自分達がやったことではないとは言え、先祖達のしたことでエルフたちが受けた心の傷を直に見ることになる。 先程までの期待に満ちた明るい空気はいまやすっかり重苦しいものに変わっていた。 BACK NEXT 2nd top |