光輝7






 逃げ込んだ先の道はほど狭く、地面に転がるごつごつとした岩に足をとられないように進むにはかなりの労力が必要だったが、 狭すぎるためか幸い魔物の気配はない。
 抜き身の剣を手に持ちもう一方の手を壁に着きながらルディは一歩ずつ慎重に前へと進んでいた。その顔に疲労の色が濃く写っている。
 大きな岩を乗り越えルディは後ろを振り返った。
「フィレ、大丈夫か?」
 岩の上にフィレが姿を現す。フィレは手に持った杖の先端に魔法の火を灯し松明の代わりにしている。ルディが足をとられず進むことが出来るのはこの灯りのおかげである。
「ええ。大丈夫です。」
 頷くフィレにルディは手を差し伸べた。直ぐにそこに小さな手が重ねられ、トンッとフィレが岩から足を離した。 地に着き崩れかけた体をつながれた手で支えてやるとありがとうございます。と丁寧に礼を述べる声が届く。
「いいよ。それより、先を急ごう。」
 なんとしても先を行った二人に追いつかなければならない。咄嗟のことだったので考える暇はなかったがあちらには怪我の治療を出来るものがいないのだ。
 ルディとフィレは頷きあって、また先へと進み始めた。











 泉の周辺では極端に少なく、積極的に襲っても来なかった魔物達はアルジェとビズが泉からある程度の距離を取った辺りから再び凶暴化し二人に襲い掛かってきた。


「何なんだよこの洞窟は!さっきまでこっちが武器構えただけで逃げ出してたくせに!」
「原因があるとしたらあの泉だろうね。だがずっとあそこにいても意味がない。」
「だからって極端すぎるだろうが!」
「いいから黙って教えたとおりに気配を消して歩け!」
「無茶言うな。俺はお前と違って全うな人生を送ってきたんだ!」


 出来る限り魔物に見つからないように二人は忍び足で進みながら、互いに聞こえる程度の小さな声で会話を続ける。
 ビズはふっと壁に目を遣り、そこに備え付けられた古い燭台を見た。
「また在ったな。これで何個目だ?」
「さあね。」
 実は燭台を見たのはこれが初めてではない。規則的に燭台が備え付けられていることに気付いたのは泉での休憩を終え進みだした直後のことである。 さらにこの燭台の続く方へと進んでいるとその地面も平らに整備されている。これは明らかにこの洞窟の奥へと何者かが何度も何者かが向かっていた証拠で、 二人はそれに沿って奥へと進んでいた。


 アルジェは横目に燭台を見たが、直ぐに視線を前へと戻した。この燭台を取り付けたのがエルフなのか人間なのか、 この洞窟がどういった用途で使われていたのか興味はあるがそれを調べるよりも前にやらなくてはならないことがある。
「構えなビズ。お客さんだ。」
 言うや否や、アルジェは飛び出し鞭を振るった。





 ルディは後ろを振り返り、もう何度目かになる質問を繰り返した。
「大丈夫か?フィレ。」
「ええ。」
 フィレは微笑を浮かべ答えるがその顔に疲労の色は濃く、荒い呼吸を繰り返している。


「無理はするなよ。少し休もうか?」
「いえ、大丈夫です。先に進みましょう。」
「でもお前――」
 ふらふらじゃないか。そう続けようとしてルディは言葉を切った。フィレと自分との間の壁に人一人がぎりぎり通り抜けられそうな広さの亀裂を見つけたのだ。 フィレも直ぐにそれ気付きそちらの様子を確認する。


 どうやら開けたところに繋がっているようで、そちら側に顔を覗かせようとするフィレをルディは制した。
「待て、暫く様子を見よう。」
 ルディの言葉にフィレは今度は素直に従い、杖に灯した火を消し去り、気配を殺し壁の向こう側の様子を探った。





 最後の一体を倒し終え、槍を払いながらビズはぼやいた。
「やっと片付いた。…つか、何処だよ此処。」
「…階で言うなら一個下って地下三階だね。一応は燭台のある方へ進んできたから道は外してないはずだよ。」
 頬を流れる汗を拭い息を整えながらアルジェが答える。尤も、彼女自身正確な場所は解っていない。 職業柄、こういったところに来ることもあり、探索に慣れているアルジェだが度重なる魔物の襲撃で頭の中に描いた地図は途切れ途切れになってしまっている。 幸いなのはこの燭台とそれに連なる整備された道筋で、少なくともこれを見失わない限り迷うということはなさそうだ。


「とりあえず、道に沿って行けるところまで行くよ。言うまでもないとは思うが気配は殺しとけよ。」
「…はいはい、分かったよ。」
 嘆息したビズにアルジェはニッと疲れを感じさせない笑みを浮かべた。
「お前は隠密行動が下手すぎる。船に戻ったら特訓してやる。」
「…勘弁してくれ」
 ビズはぐたりと肩を落とした。


 そんな二人の姿を見て怪しい笑みを浮かべる一つの影があった。
『騒がしいと思ったら、久しぶりに美味そうな獲物が来たようだ。』
 影は二人が消えた闇の奥に暗く輝く目を向けた。





「魔物の気配がしますね。」
「ああ。だが、道は続いているようだ。」
 フィレの言葉に頷きルディは慎重に身を乗り出し、亀裂の向こう側の様子を探った。闇に慣らした目を細め凝視するとうっすらと道が続いているのが伺える。 その時、ルディがふと鼻につく匂いを捕らえた。


「これは!」
 やや驚いて目を見開くとフィレが心配して覗き込む。
「どうかしたのですか?」
「…血の匂いだ」
 親指を立て鼻にあて、真顔で告げたルディの言葉にフィレは息を呑んだ。
「それは――」
「…人のものか魔物のものかは分からないけど、二人が此処を通ったのかもしれない。」


「…! 急ぎましょう!」
 慌てて飛び出そうとするフィレの腕をルディが掴む。
「待て、フィレ!」
 ルディは強い力でフィレを引き戻すと元の位置に戻りもう一度注意深く様子を探り始める。
「ルディ?」
「…落ち着け。ここで飛び出して魔物に見つかりでもしたら本末転倒だ。それに、さっきも言ったが人のものか魔物のものかは分からない。」


 一見、顔色一つ変えずに酷く冷静に見えるルディであるが、剣を握るその手に震えるほどに力が込められていることにフィレは気付いた。 誰よりも、二人のことを心配しているのはルディなのだ。本当ならば今すぐ飛び出して行きたいのに疲労したフィレのことを慮って飛び出すことを耐えているのだ。 それを理解したフィレは大きく息をつくとルディに微笑みを見せた。
「そうですね。ごめんなさい、ルディ。二人はきっと大丈夫です。焦らずにいきましょう。」
「ああ。」


 ルディはフィレの腕を開放し、その手で剣を持つ手を押さえ小さく深呼吸した。
「行こうか。」
「ええ。」
 ルディの言葉にフィレはふわりと微笑んだ。
















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