光輝8






「ここは、地底湖…?」
「みたいだね。」
 地下の湖の中央に浮かぶ小島の中心に立ち、ビズとアルジェはそう言葉を紡いだ。
 二人以外に生き物の気配がないその空間で、ただビズが手に持った松明の火だけが静寂の中パチパチと音を立てて燃えている。
 二人は暫くの間周囲の様子を念入りに探ると、どちらからともなく嘆息した。
「先へ進む道、なし。」
 もしかしたら湖の中に抜け道があるのかもしれないが流石にこんなところで水につかるのは躊躇われる。
「どうする? ここで待つか、戻るか。」
 しばしの沈黙が訪れる。
 先に口を開いたのはアルジェだった。
「…じっとしてるのは割に合わない。」
「同感。決まりだな。」
 二人が踵を返そうとしたその時、
『それは困るな。』
 突如、闇のそこから唸るような声が響いた。











 突如響いた声に、アルジェとビズははっと目を見開き、素早く背中を合わせた。
 アルジェは両の手を腰にやり其々の得物を手に取りながら、ビズは持っていた松明を地に投げ捨て両手で槍を構えながら周囲の様子を探る。
 先程まで自分達以外の何物の気配も感じられなかったこの空間から、今はもう一つ、禍々しい気配が感じられる。
「何者だ! 姿を見せな!!」
 アルジェが低い声で闇に向かって言い放つが、相手がそれに答える様子はない。
 やがて、松明によって明るく照らされた視界の中に黒い影が掠めた。
「そこかっ!」
 アルジェはそれを見逃さず、素早く手に持ったナイフを投擲した。


 アルジェの放ったナイフは、寸分の乱れなく相手の懐へと飛び込んでいく。
(もらった!)
 アルジェはそう思った。だが、ナイフは刺さることなく相手の体をすり抜け奥の闇へと消えて行った。
「なっ…!」
 驚き目を見開いたのはビズも同様だった。
 灯りに照らされた相手の姿は正真正銘の影だった。
 姿を現した影は、二人に対し怪しい笑みを浮かべた。


 鼻を差す鉄の臭いにフィレは顔を顰め鼻を覆った。
 二人の足元には血を流し命を絶った多くの魔物達の躯がある。その体についた太刀傷や刺し傷がこれが魔物同士の争いではなく人によってなされたものだと語っている。
「やはり、二人は此処を通ったのですね。」
「…ああ。」
 だが、争いの跡があるのは此処だけで、その前方にも後方にも争った痕跡はない。
「でも、どちらに…?」
「解らない。アルジェは多分、上手く身を隠して進んでるだろうから勘で探さないと。」
 ルディは小さく息を吐いた。気配を絶つ彼女の技術は便利で役に立つものだが、こういうときに痕跡がないのは困りものだ。
「とりあえず、行こう。」
「あっ、はい。」
 踵を返したルディに、フィレは十字を切って目を伏せてから続いた。


「はぁ…くそっ!」
 肩口を押さえビズは荒い息を吐いた。アルジェも同様に頬に流れる血を拭い肩を上下に揺らしている。
 勝負は一方的な展開だった。実体のない相手に此方は触れられず、それなのに何故かあちらからは此方に触れられるのだ。したがってビズとアルジェは今、攻撃を一方的に受ける立場にある。
 初めは背中合わせに戦っていた二人だが、直ぐに止めた。此方の攻撃があたらずあちらの攻撃はあたる以上、回避するより他に術がないからだ。


『くっくっくっ。どうした、もう終わりか?』
 相変わらず怪しい笑みを浮かべる影をアルジェは鋭く細めた瞳で睨み付けた。
(くそっ、ルディかフィレがいれば…)
 アルジェは心中で悪態を吐く。呪文の使える二人がいればこの影とも対等に渡り合えることが出来ただろう。だがその二人とははぐれたままで、 このまま防戦を続けていても自分達の体力が切れる前に再会できるかどうかも分からない。
 なんとか隙を突き上階に逃れることも考えたが上階の魔物と追って来た影とに囲まれればそれこそ絶体絶命のピンチである。


(…そうだ!)
 アルジェの脳裏にあるものが閃いた。思いつくや否やアルジェは影の繰り出す攻撃を回避しながらビズへと駆け寄った。
「ビズ!」
 素早く隣に付くとアルジェはビズに耳打ちした。その内容に、ビズの顔色が若干明るいものになる。
「確かに、試してみる価値はあるな。」
「だろ。」
 二人は顔を見合わせ口元を吊り上げる。だが、その一瞬の隙が仇となった。


『これで終いだ!』
 影の叫びに二人ははっと身を強張らせた。だが――
「うわっ…!」
「――っ!」
 次の瞬間、二人の体は一瞬の間宙を舞い地面に叩きつけられた。
「ビズ! アルジェ!!」
 よく見知った叫び声が二人の耳に届いたのはその時。


 さらに下へと続く不自然な窪みを見つけたのはたまたまのことだった。そこを降りてみようといったのも、只の思いつきで、だが、そのおかげではぐれていた二人との再会を果せた。
 地底に広がる大きな湖を隔てて。だが。


 前方に松明の消えかけた明かりを見つけ、ルディはそこを凝視した。
 彼の瞳に写ったのは、地に叩きつけられた二人の幼馴染の姿とそれを見下ろす黒い影。
「あれはっ――」
 その黒い影を見てフィレは表情を険しくした。
「気を付けてっ!二人とも!! それは仮の姿。本性は悪魔です!!」
 フィレの言葉にルディも、ビズもアルジェも息を呑んだ。そして、影が常に浮かべていた怪しい笑顔を消した。


『貴様、なぜ私の正体を知っている。』
「……」
 影の問いかけにフィレは無言を返した。
『まあいい。正体を見破ったところで所詮貴様らは力なき人間。まずはこの二人から、次は貴様らだ。全員、我が血肉としてくれよう。』
その台詞に、フィレは表情を変えず影を睨み返したが、ルディは目を見開き、叫んだ。
「ビズ、アルジェ! すぐに行く!」
「ルディ!?」
 フィレがはっとルディを見たその時、ルディは躊躇いなく湖に飛び込んだ。
「……っ! いけませんっ、ルディ! そこは――」
 フィレが何かに気付き慌ててルディを静止しようとしたその時、ルディは何かに凄い勢いで足を引かれた。


 ルディを吸い込んだ水面は一瞬大きな波紋を広げ、直ぐにもとの静けさを取り戻した。
「ルディ!!」
 彼を呼ぶフィレの叫び声だけがその場に響いた。
















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