光輝9






『助けて』
 体と共に沈み行く意識の中でルディははっきりとその声を聞いた。
(誰だ…?)
 ルディは小さく口を開き訊ねた。もちろん、その声が実際に音となり相手に届くことはない。
『助けて』
 直接頭に響き渡るような声が繰り返し聞こえてくる。
『あなたの持つ、大地の力を宿すその剣と、彼女の持つ聖なる力ならばきっと――』
(大地の剣…?)
 ルディはうっすらと重い瞼を持ち上げた。ぼんやりとした視界の中にはっきりと髪の長い女の姿が映った。
『お願い。ルビーを砕いて。そして私たちを――』
 その先に続く言葉を聴かぬまま、ルディの意識は闇に飲まれた。











 ルディが消えた湖の中をフィレは畔にへたり込み呆然と見つめていた。
 フィレは脳裏で先程の出来事が反芻し、ルディが消える一瞬前に感じたものを思い返す。
(あれは……エルフの女王の持つ魔力と酷似した…強い悲しみの籠もった力。ルディを呼んだ…?)
 ゆっくりと、フィレは水面に掌をつけた。その時――
「うわっ!!」


 ビズの叫び声にフィレははっと前へと向き直った。見ればビズとアルジェが悪魔の化身に苦戦を強いられている。
 フィレは湖とその中央に浮かぶ小島を見比べた。
(ルディを連れて行った力に、害意はなかった。それに、今、私に出来ることは…)
 フィレは決意を固めると水面につけた掌を少しだけ上げ、水面に向かって魔力を放った。





「うわっ!!」
 影の攻撃をまともに受け、跳ね飛ばされてビズは叫んだ。なんとか受身を取って身を起こすと直ぐに槍を構えなおして影に立ち向かう。 対して、アルジェは自分からは攻撃は仕掛けず防御に専念しながら影の隙を伺っている。
 二人の考えは同じだ。何とかして影の隙を付き、ルディの救出に向かうこと。そのために視線だけで会話を交わし、素早く役割を分担した。


(くそっ、なんとかして、隙を作らないと。)
 ビズは左手をズボンのポケットの中に差し込み、それを使う一番有効な時を図っていた。その時だ。
「ヒャダルコ!」
 高い声と共に無数の氷刃が影を襲った。
『なにっ!!』
 影が驚きそちらに意識が剥いた。ビズはその瞬間を見逃さなかった。
「今だっ!」
 ビズは素早くポケットから手を出し大きく振りかぶった。


 ビズが手にした小瓶からあふれた聖水が影の頭に降り注いだ。
『ぐぁあああぁあ!!』
「へっ、本性が悪魔ならこれは相当効くだろう!?」
 苦しそうに声上げる悪魔を見下ろしビズは得意げに言った。そして直ぐに振り返りアルジェに叫ぶ。
「行け!!」
「言われなくても!」
 既に湖の畔に駆け寄っていたアルジェは上着を脱ぎ捨てるとすぐさま湖へと飛び込んだ。
 バシャン。と、音をたて水面に波紋が広がる。それを見届けるとビズは素早く前へと向き直り聖水のダメージから回復し、勢いよく仕掛けられた影の攻撃を退いて回避した。
 ビズは危なげない足取りで影との間合いを広げると片手に新しい聖水ビンを持ち、槍を構え直した。


 魔法で作り上げた氷の橋を渡りアルジェと入れ替わりに小島へと辿り着いたフィレは杖を構えなおすとビズの方へと駆け寄った。
「ビズ!」
 名を呼ぶと、彼は一瞥だけを返し、直ぐに影との睨み合いに戻った。
 そのビズの手に握られた聖水を認めフィレは小さく声を上げた。 「ビズ、その聖水を槍にかけてください。そうすれば、乾くまでの間、あの影にダメージを与えることが出来るでしょう。」


 フィレの言葉にビズははっと目を見開き、次いで冷や汗を流しつつ口元を笑みの形に変えた。
「わかった。…だけど、聖水はこれで最後だぜ。」
「構いません。少しの間、時間を稼いで貰いたいのです。その後は、わたしが。」
 ビズの表情に余裕が生まれた。一方的に攻撃を受け続けていた時のことを思い返せば、魔法を専門とするフィレが待機する今の状況はそれだけでも頼もしいものである。 それに、フィレの声音からは揺るぎない自信が感じられる。その声音に、ビズ自信にも勝てるという自信が湧き上がって来る。
「まかせろ!!」
 言うや否や、ビズは聖水瓶の蓋を開け、自身の持つ槍に向かってその中身を溢しながら影へと向かった。





 水中へと飛び込んだアルジェは暗い視界の中懸命にルディの姿を探していた。
(何処だ…?)
 注意深く目を凝らし、かなり深くまで潜り込んできたのだがルディの姿は見つからない。
 幸い、海賊として海での生活の長いアルジェは泳ぐのは得意だし人並み以上の肺活量もある。ビズがアルジェを行かせた理由がそれである。
 それでも、だいぶ息が苦しく思えてきたころ、アルジェは湖の底に淡く輝く紅い光を見た。
(あれは、なんだ?)
 目を凝らし底を注視しても此処からでは何があるのか伺えない。アルジェは身を更に深く沈ませた。


(!!)
 更に深くまで辿り着き、その光の正体を認め、アルジェは瞠目した。
 ルディだ。否、正しくは、ルディの手に握られた何かが淡く紅い光を放っている。
 ルディ自身の意識は完全に飛んでいるようだが、その体を抱え、アルジェは更に目を見開いた。
(冷たくない。)
 冷たい水の中に浸かっているのにも拘らず、ルディの身体はその水の冷たさを感じられないほどに暖かい。 それだけではない、ルディの身体に触れた瞬間、アルジェはふっと息苦しさが消えるような感覚に見舞われた。
(これはいったい…)
 そう思いながらもアルジェはルディを抱えなおし、水面を見上げて水底を蹴った。
 今、他の何を疑問に思ったとしても、自分がやるべきことは明確だった。
















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