人通りの多い明るい道を選択し、周囲に気を配り進みながら、ウェルドは溜息を吐いた。 暫く歩いてもう一度、やがて先程までより些か人通りの少ない通りに出ると立ち止り、三度目の息を吐き振り返った。 「……」 きっちり3メートルの距離を開けて立ち止った少女―ネイトを見詰めると、彼女は気まずそうに視線を逸らす。 「…もう少し近くに来てほしいんだけど。守りづらい。」 襲撃者が先程の者たちだけとは限らない。にもかかわらず守る対象が視線の外にいるのではそちらの気配にも気を配っておかなければならず骨が折れるし、 いざという時に守りきれない恐れがある。それに何よりウェルドはこの町の地理に詳しくない。彼女の案内なしに彼女を送り届けることは不可能なので、 出来る事なら後ろから遅れがちに指示を飛ばすのではなく前か隣を歩いて誘導してもらいたいのだが。 「ごめんなさい。年の近い男の方と接する事があまりないものだから…」 ネイトはというと、助けた直後、ウェルドが男だと解った直後こそウェルドに対して普通に接していたのだが、 やがて時間が経ち、落ち着きを取り戻してからはこの様な調子でウェルドの後を歩き続けている。 「その、どう接すればいいのか……」 何故か顔を赤らめて告げるネイトにウェルドは首を傾けた。身なりの良さや立ち振る舞いからして高い身分の人間であることは確実だが、 異性に慣れていないということは、異性との交流を避ける文化の中で育ったのだろうか。 ウェルドは四度目の息を吐き、下ろした髪を掻きながら、僅かに顔を歪めた。 「普通で構わないから。無理なら、俺のことは男と思わなくていいからさ。」 そう言って微笑を浮かべ手を差し出すと、ネイトはますます顔を赤らめて硬直した。 「?…どうかしたのか?」 「いっ、いえ……よろしくお願いします。」 硬直を解き緊張した面持ちで距離を縮め、隣に並んだネイトに、ウェルドは再び微笑を向けた。 「セルディ」 「駄目だ!」 少女を見つけた際の連絡場所としてあげられていた商人ギルドに辿り着き、来客用の一室に辿り着いた後も、リクとセルディの争いは続いていた。 始めのうち時折話に交じってはリクに味方していたヤヨイは既にそれが無駄なことと悟って大人しく椅子に腰かけ待ち人が現れるのを待っている。 ヤヨイは一見薄情にも取れるセルディの物言いが自分たちを心配してのことだということを理解していた。 もちろんリクも解っているのだろうがそれでも納得することは出来ないのであろう。ヤヨイもその気持ちはよく解る。どちらの考えも解るが故に手は出せない。 不毛な言い争いが続く中、ヤヨイは廊下から慌しく駆ける足音を聞き、視線を扉へと移した。 廊下を駆けるそのままの勢いで大きく音を立てて扉を開いた男は、そのまま息も絶え絶えにリク達に微笑を向けた。 「すまないお嬢さんたち。待たせたね。」 男は町中でリクとヤヨイに声を掛けてきた張本人で、良い争いをやめ男に向き直ったリクが言葉を発する前に、 瞬くほどの間で男に詰め寄ったセルディが掴みかからんばかりの勢いで低い声を発した。 「お前か。うちのじゃじゃ馬娘どもをたぶらかしたのは。」 突然の、初対面の人間に対するにはあまりにも無礼な物言いに慌てるリクとヤヨイを裏腹に、男は若干不快そうな表情を浮かべながらも平然として返した。 「誰だい、あんたは?」 「俺はセルディ。こいつらの保護者だ。」 「ちょっ!!」 「それは失礼。俺はソカル。彼女たちを巻き込んでしまったことはすまないと思っている。」 笑みを張り付け表情だけは取り繕って名乗るセルディに、ソカルの側もあたかも営業スマイルといった笑みを浮かべて名乗りを返す。 保護者だと名乗ったセルディに反論を返そうとしたリクは、その一瞬完全に蚊帳の外へと追いやられ、ヤヨイは何やら寒々しいものを感じて震えそうになる身体を抱えたという。 二人が不穏な空気で見詰め合っていたのはほんの一瞬のことで、ソカルはすぐにリクへと視線を移した。 「それでお嬢さん、その様子だとそっちも見つからなかったのかな?」 「えっ!あ、うん…ごめんなさい…」 突然話を振られて戸惑いながらも素直に頭を下げるリクにソカルは苦笑を返す。 「気にすることはない。元々此方が無理に付き合わせたんだからね。それにしても一体何処に行ったんだ、無事だと良いんだが……」 (どうだかねぇ、俺が見たのがそうならかなりやばい状態だったぜ。) セルディはそう考えたがあえて言葉には出さなかった。 仮に無事では済まなかったとすれば、リクやヤヨイは心を痛めるのだろうが、セルディはそのような神経は持ち合わせていない。セルディは今この場で少女の訃報を聞いたとしても全く心を揺らさない自信があった。 街で追われているのを見たときに一瞬だが時間稼ぎをしてやったのはほんの気まぐれで、その後少女が逃げ切れたのかどうかには点で興味がない。 少女や、此処にいるソカルの事情などどうでもいい。寧ろそれを目撃したことを告げて、これ以上巻き込まれることの方が、セルディにとっては面倒なことであった。 とはいえ、追われていた少女をセルディが目撃しているという情報はリク達も知るところであるから、直にソカルにも伝わると解った上での悪足掻きだが。 「あの、その事ですが、悪い知らせがひとつ…」 そら来た。とセルディは思った。これでソカルに詰め寄られるのは確定だ。 「セルディが、悪漢に追われる女子を見たそうです。その女子の特徴が貴方の探している女子と一致しているようなのです。」 「なんだって!!」 セルディの予測通り、ソカルは飛び掛からんばかりの勢いでその情報に喰い付いた。驚愕と焦りを帯びたその表情が詳しく話せと告げている。 「お前がリク達をたぶらかしてる最中にな。殺気立った連中に追われてたから一瞬だけ時間を稼いでやった。逃げ切れたかどうか、後は本人の運次第だな。」 「それがうちの嬢さまかどうかはこの際別として、助けろよ人間として!!」 表情は明らかに必死であるのに意外と冷静な突っ込みだな。などとどうでもいい事を考えながら、セルディは平然と返した。 「悪いが俺は道徳なんて言うものは露程も持ち合わせていないんだ。」 堂々と言い切ったセルディに、不審やら呆れやらそういった類の意味合いが込められた視線が集まる。 ソカルはセルディを指差すと顔だけをリクに向け、引きつった表情で口を開く。 「…お嬢さん、こんな奴を連れてると碌なことがないよ。」 「あ、はは……」 セルディは、良い人だよ。と、普段のリクならばそう言ったであろう。しかし、この発言の後では流石のリクもそのような言葉を口にすることは出来なかった。 「ソカルさん!帰って来た!お嬢が帰って来たぞ!!」 そう言って一人の男が部屋に掛け込んでくるのは、それから暫く後のことである。 BACK NEXT 2nd top |