雨気6






「お嬢!無事だったか!怪我は!?」
 件の少女に駆け寄り捲し立てるソカルに、少女はやんわりと微笑を浮かべた。
「大丈夫です。この方に、助けて頂きましたから。」
 少女がそう言って隣に立つ人物を示すや否や、ソカルはその人物の手を握り、上下にぶんぶんと振り回し、一同を驚かせた。
「そうか!すまないありがとう。おかげで大切な人をなくさずに済んだ!」
「あ、いや…どうも…」
 興奮するソカルに成すがままにされている、少女と同じ程度の身長のその人物を見、リク達はさらに驚き声を上げた。
「ウェル!」
 先程街の中を捜索していた際には一向に見つけることの出来なかったもう一人の仲間、ウェルドである。 ウェルドの側もその声に此方の存在に気付いたようで、ソカルにくしゃくしゃと頭を撫でられながら、リクに対して微笑を向けた。
「リク、ヤヨイ。此処にいたのか。」
「ん?お嬢さんたちの知り合いなのかい?」
「ああ、俺は――」


 和気あいあいと自己紹介やら双方の状況説明やらを始める一行を遠巻きに見つめながら、セルディは頭を抱え嘆息した。
 厄介事に巻き込まれ体質の人物がもう一人。これは本格的に巻き込まれる予感がする、と。









 ウェルドとリク達が一通り互いの状況を説明し終えると、ソカルは改めて彼等に対して頭を下げた。
「本当にありがとう、お嬢さんたち。お嬢が無事に帰って来たのはあんた達のお蔭だ。」
「そんなっ!あたしたちは何もしてないよ。無事だったのはウェルとセルディのお蔭であって…」
「いやいや、見ず知らずの俺に協力して一所懸命探してくれたお嬢さんたちにも本当に感謝している。」
 謙遜して胸の前で手を振るリクに真摯な眼差しを向けて、ソカルは再び頭を下げる。
「本当に、なんと礼を言えば良いのか…」


 放っておけば永遠と頭を下げ、礼を言い続けそうなソカルの様子に辟易し、セルディは気だる気に彼の言葉を遮り口を開いた。
「あー…感謝の気持ちは確かに受け取ったから。探し人も見つかったことだし帰るぞ俺たちは。」
「待ってくれ、セルディ。」
 言うや否や本当に帰ろうとするセルディをウェルドが制した。ウェルドはセルディが立ち止り此方を見やったのを確認すると、 視線をソカルと、その後ろでちょこんと腰かけているネイトに向けて口を開く。
「ネイトを襲った連中だけど、単にネイトが身なり良さそうに見えたから、身ぐるみを剥ごうとか、身代金目当てに誘拐しようとか、そんな様子には見えなかった。 あんな連中に追われることになった経緯を、出来れば聞かせてもらいたいんだけど…」
 ウェルドの言葉に、ソカルとネイトは顔を見合わせ口を噤んだ。


「悪いが、そう簡単に話せることじゃあないんだ。それに、聞いて良い気分のする話じゃあない。」
「だけど、このままじゃあネイトが心配だ。悪いけど貴方達だけで、あの連中からネイトを守りきれるとは思えない。」
 ウェルドの言いに、ソカルはむっと顔を歪めた。こんな子どもに役不足だと言われたのだから当然の反応だろう。
「確かに我々は商人。戦いを生業とするものじゃあないが、砂漠の魔物達相手に自分達の身と積荷とを守ることが出来る程度には戦える。お嬢の事も守りきって見せるさ。」
「人と魔物とじゃあ違う。それに、相手はその道のものだろう?此処の場所も割れてるだろうし、守りきるのは難しいことだと思うけど?」
 確かに、気配を消して寝込みなど襲われてはひとたまりもない。ソカルは今度は思案気に唸り声を上げた。
「いや…しかし……」
 悶々と思考するソカルにあと一押しと言わんばかりにウェルドはさらに続ける。


「俺たちなら、あれぐらいの相手からなら彼女を守り通せる。なぁセル?」
「俺かよ…まぁ、出来ないわけじゃないけど…」
 話の流れにうんざりとしつつもセルディは律義に頷いた。此処で嘘でもウェルドが軽々と伸した悪漢共からネイト一人守り抜けないなどと告げることは、彼のプライドが許さなかった。
「あ、あたしも!女の子同士の方が同じ部屋で守れて良いと思う!」
「並々ならぬ事情があるだろうことは理解している。それでも、俺たちで力になれるのならなりたいんだ。」
「協力者は、一人でも多い方がいいと思います。もちろん、私たちのことが信用出来ればの話ですけど。」


 リク、ウェルド、ヤヨイと、口々に畳み掛けられ、ソカルは諦めたように息を吐いた。
「…わかった。その代り、協力してくれるということで構わないんだね?」
「ソカル!?」
 パッと顔を明るめ頷くリク達とは裏腹に、ネイトが慌ててソカルを制した。ソカルは苦笑を浮かべてネイトへと向き直り、告げる。
「仕方がないよ、お嬢。こうまで言われちゃあ断れない。それに、彼が言っていることも確かに当たっているからね。俺たちは貴女を、 なにがあっても守りきらなきゃあいけない。」
「ですが…」
「彼が本当に貴女のことを守りきったというのなら、彼等にとってそうたいした危険はないと思う。 信用できるかどうかという点でも、俺は彼以外なら信用できる。」
「…どーも。」
 ソカルがはっきりとセルディを指してそう告げるので、セルディはじと目でそれに返した。 セルディの先程の発言を聞いていたリクとヤヨイは、そんなセルディにフォローを入れることが出来ず渇いた笑みを浮かべ、 何も知らないウェルドは、また何かやらかしたなと言わんばかりに、呆れかえった視線をセルディへと送った。
「勿論、お嬢が嫌だというのなら、俺はそれに従うが、どうする?」
 なだめるように言うソカルに、ネイトは渋々ながら頷いた。
「解り、ました。」


「……はぁ」
 ある程度この展開を予想してはいたのだが、それでも僅かな希望が終えたことにセルディは盛大に溜息を吐いた。
(本っ当に、お人好しの集まりだな、お前ら…)
 見事に厄介事を引き当てたにも関わらず、互いに顔を見合わせ微笑み合う三人の様子を見やり、セルディは微笑する。
(ま、乗りかかった船だし、仕方がないか。)
 この旅の主導権を握るのはセルディではなくリクなのだ。そのリクが関わる気満々なのだから、セルディが私情を理由にそれをとやかく言う権利はない。 それにこの場合セルディが何かを言ったところで彼女は聞く耳持たないだろう。
 それに、セルディはなんだかんだと言いながらも、彼女たちのお人好し加減は嫌いではない。尤もお人好し過ぎるのもどうかと思うが。 もとより便乗して着いて来た身、どうしても付き合いきれないと思えばその時はそこで別れればいい。だが今はその時ではない。 もう暫くは同行し、彼女の無茶を止めてやらなければと思う。
 結局自分も似たり寄ったりの世話焼きなのだろうかと考えながら、セルディはひとり虚空へと眼を向けた。
「居心地がいい、なんて、感じちゃいけないんだけどな、俺は…」
 消え入るように小さく、呟かれたその言葉は、誰の耳にも届かない。
















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