奪還2






 幸いにも船は、南に向かえば直にエジンベアの国がある島が見えてくる位置を航海していた為、一行は翌朝にはエジンベアの港のすぐ傍まで辿り着くことが出来た。
 飢えることなく港へと辿り着けそうなことにほっと安堵の息を吐く海賊たちやルディ達を余所に、憂鬱な調子で船べりにもたれかかり、 恨めしげに海の向こうに見える港を睨みつける者がひとり。
「あぁ…悪夢だ。またあの土地の土を踏まなくてはいけないなんて…」
「いい加減腹括れよ…」
 大げさに嘆くアルジェに呆れかえった様子でビズは呟く。
「黙れ!元凶2号!!」
「…いい加減機嫌直せよ。」
 きつい視線で睨みつけてくるアルジェにビズは大げさに嘆息する。 無理矢理にエジンベア行きを押し切ったビズは元凶2号とされ、怒りの矛先となっている。 因みに1号はそもそもエジンベア行きを提唱したルディで、ビズと同等の扱いを受けている。
「まあいいじゃないか。他の船員たちも、飢えずに済んで喜んでるんだし。」
「………そう上手く、いくと良いけどね。」
 アルジェは不吉な言葉を呟きながら、再び恨めし気にエジンベアの港を睨み付けた。









「それで、どうしてこうなる…」
 ルディは自身の恰好を見下ろし唸るようにして呟いた。装飾品の類は殆どなく、至ってシンプルな作りだが、一目で超高級品だと解る衣装にうんざりする。
「貴族さまってのは分からないな。こんな服一着に一体どんな大枚叩いてるんだ…売れば一万ゴールド近く稼げるんじゃないか。」
「裾を、踏んでしまいそうです……」
 ビズ、フィレも同様に礼服に身を包んでおり、ビズは生地や装飾に目を光らせ、算出された金額に関心とも呆れともとれる声を漏らし、 フィレは足首近くまである長いスカートに慣れないのか、両手でスカートの端を軽く持ち上げ落ち着きなさそうにしている。


「お三方とも、よくお似合いですぞ。」
 執事風の男が、笑みを湛えて彼等にそう語り掛けると、ルディは恨みがましい視線で彼を見上げた。
「バトラさん…なんで態々こんな恰好しなくちゃいけないんだよ……」
 この男、名をバトラといい、かつてからアルジェの家に仕える執事であった。 彼女の家がサマンオサから離反し海賊に身をやつした際に、主に同行し海賊となった部下の一人である。
「エジンベアの国は根強い貴族社会が染みついた国家です。外から訪れる者に対しても、身なりの良くない者に対しては、その扉を開いてはくれません。」
「…悪かったな、身なりが良くなくて。」
 野次るビズにバトラは首を振った。
「そういうことを言っているのではないのです。エジンベアの城下に入るには、最低限でもこれぐらいはしておかなければ。」
「…これで最低限って、」
 ルディはもう一度自分の恰好を眺める。シンプルだが、王家や大貴族の主催のパーティに訪れたとしてもなんら引けを取らない逸品である。


「そもそも突っ込みたいところは色々とあるんだが、こんな恰好をしてまでわざわざ城下町に入らなくても、食料調達だけなんだからそこの港で良いんじゃないのか?」
 大分近付いてきた港を指して尋ねるルディに、バトラはやはり首を振り否定する。
「ルディ殿、エジンベアは現在鎖国状態にあります。あそこに見える港は貿易のためのものでなくかつての軍港です。」
「…海賊船で軍港に密入港するのか?それはいくらなんでも無理がありすぎるだろ。」
「ですからかつての、でございます。現在は放置され使われていないことは二年前に立ち寄った際に確認済みです。」
「捕まらないんなら、まぁ良いんだけどな…」
 諦めたように呟くルディの隣から、今度はビズが声を上げる。
「なぁ、その二年前ってのが、アルジェがエジンベアに入るのを嫌がる原因?」
 バトラは神妙に頷く。
「はい。あれはアルジェ様だけでなく我々にとっても、屈辱的な出来事でありました。」


「あれは我々がアルジェ様と、当時まだ健常であられたアルジェ様の父君、つまり我らが主人と共に、 サマンオサからの亡命者を連れポルトガへと渡ろうとしていた時の話でございます。
サマンオサにある拠点から、長い船旅の末漸くポルトガへと辿り着こうかという頃、我々はたぐい稀なる大嵐に遭遇したのです。
嵐は三日三晩にもわたり我らを苦しめました。幸い、旦那様とアルジェ様の見事な采配により、一人の犠牲者も無く嵐を切り抜けることは出来ましたが、 三日三晩もの間続いた嵐によって、我々は進路から大きくかけ離れたエジンベアの沿岸にまで、流されてきてしまっていたのです。
船の損傷も酷いものでした。そこで我々はエジンベアに停泊し、食料と船の修復に必要な物資を補給していくことにいたしました。 夜の闇の乗じ無人の港の端に船を付け、物資補給のために数人の乗船員を町へと送りこみましたが、彼等はなぜか手ぶらで船に帰還しました。その理由が――」



 バトラは胸の前で拳を作り、怒り嘆きを含んだような表情で続けた。
「あろうことかエジンベアの兵どもは、我らの仲間を門前払いにしたのです。」
「……」
「そりゃあ、鎖国中の国だろ。なんの許可も無く立ち寄ってるんだから、門前払いにされても仕方がないと思うが…というか海賊だろ。なんでそんな真正面から入ろうとしたんだよ…」
 ルディとビズは呆れかえった様子でバトラを見た。当然のことだろう。エジンベアの兵士たちは職務を全うしただけで、非難されるいわれはない。
「確かに!突然訪問した我々にも非はあります。しかし彼等に門前払いにされた理由を聞いて、我らは瞠目しました。」
「…一応聞いとくけど、なんて?」
「はい。身なりの悪い田舎者は帰れ。と!奴ら、サマンオサで随一の由緒あるオーシャウ家の人間に対して身なりの悪い田舎者などと…!!」
「……いや、海賊だろ」
 突き返す方の理由も理由だが、突き返された側の怒る理由も目茶苦茶だ。ルディはひとり真剣に聞き入っているフィレの肩を叩いた。
「フィレ、そんな真面目に聞かなくていい話だから。」
「えっ?でも…」
「貴族のお家自慢だ。聞き入ってると長くなる。」
 国から離反し、海賊として生活している時点で、貴族もへったくれもない筈なのだが、 次期党首であるアルジェを筆頭に、彼等はこんなところで無駄にプライドが高い。 全てをまともに聞いていてはきりが無いと、付き合いの長いルディとビズは聞き流す構えで嘆息した。


「勿論、そのような侮蔑を受けて引き返す我々ではありません。此処で引き返してはサマンオサ貴族の名がすたると、 アルジェ様を筆頭に乗船していた貴族の方々が、出来得る限り身なりを整え再び城下へと向かったところ、奴等あろうことかアルジェ様方に対しても田舎者は帰れなどと暴言を吐く始末!」
「成程、それであの怒りようか。」
「相手側も面倒な奴に喧嘩を売ったもんだ。」
 熱弁するバトラは二人の声など届いていない様子で続ける。
「憤慨するアルジェ様。見兼ねた旦那様が今度は単身赴き、そこで漸く兵たちは重い腰を上げたのです。旦那様はひとりで大量の物資を補給し、船まで戻ってまいりました。
世間知らずな無礼な兵たちも、旦那様の兼ね揃えた気品の前には屈したということなのです。」
「ご苦労さん。」
 いつの間にか主人の自慢話へと変化しているが、取り敢えず話に区切りがついたところで、ビズが適当に合いの手を打つ。


「しかし、アルジェ様の持って生まれたあの気品に気付かぬとは、奴等の目は節穴以外の何物でもない!!」
 再び拳を入れて熱の入った声音で語るバトラにビズとルディはじと目を送る。
「へぇ…あいつに気品ねぇ。なら俺の眼も節穴かな、目利きには自信があったんだが。」
「いや、普段のあの立ち振る舞いからは、誰も貴族の御令嬢だなんて思わねぇよ。」
「だよなぁ…気品なんてドレス着たくらいじゃ取り繕えないしなぁ。」


「だったらあんたらは、あたし以上の気品を兼ね揃えてるって言うのかい?寝言は寝て言え。」
 渦中の人物の、怒気を孕んだ声音に、ルディとビズは一瞬動きを止めた。
「ア、アルジェ。着替えは終わったのか?…!!?」
「全く、待ちくたびれたぜ……って!!」
 傍によるアルジェに目を向け、ルディとビズは目を瞬かせた。


 腰に掛かるほどの亜麻色の髪を風にそよがせた、如何にも貴族然とした、確かな気品と人を寄せ付ける存在感を持った美少女がそこにいた。


「わぁ…アルジェ、素敵です!」
 手を合わせ感慨深く言うフィレに、アルジェは落ち着いた微笑みを向ける。
「ありがとう、フィレ。」
「良くお似合いですぞ、アルジェ様。」
「ありがとう。こんな風に着飾るのは久しぶりだったから、どれを着ようか迷ってしまったわ。」
 恰好と共に立ち振る舞いも、普段の男勝りな豪快なものから打って変わって丁寧なものへと変化させたアルジェに、ルディとビズは信じられないものを見たかのように固まっている。
「なにを驚いているのかしら?初めてじゃあないでしょう?」
 片手で口元を覆って愉快気に話しかけるアルジェは明らかに確信犯である。 態と丁寧な口調で話し、動揺する此方の様子を窺って楽しんでいる。


「…初めてじゃあないが十年ぶりだろ。そりゃ驚くって。まだそんな振舞い方出来たんだ。」
 彼女が貴族として大きな屋敷で暮らしていたのは、サマンオサ王が豹変する以前。つまり今から十年も前の話である。 それ以来海賊として暮らしてきた彼女のドレス姿を、こんなところで拝むことになるとは思ってもみなかったルディは驚きを隠せないでいる。
 しかも彼女は十年前に持っていた貴族としての立ち振る舞い方を忘れてはいない。 現在の彼女からは考えられない丁寧な言葉遣いも動作も、余所で使っても全く違和感がない。今すぐ社交界に出たとしても、他の貴族の令嬢たちに全く引けを取らないだろう。
「あら、貴族として、これくらい当然のことだわ。」
 使われる側が使われる側なら使う側も変な所でプライドが高い。


「つーかそれ、ヅラか!?ドレスやらヅラやら、なんでそんなもんが海賊船に乗ってるんだよ!!?」
「如何なる時も身だしなみに気を使うのは貴族として当然の配慮でございます。」
 さも当然のことのように言うバトラに、ビズは完全に突っ込むことを放棄した。 この分だと今これより船上で社交パーティを開くといっても簡単に準備が出来てしまいそうで恐ろしいものだ。


「さあ行くよ!打倒エジンベア!積年の恨みを果たす時だ!!」
 そしてアルジェは、このような格好をしていても、やはり根本は普段となんら変わりなかった。






















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