奪還3






「ここは由緒正しきエジンベアの城下町だ。田舎者は帰れ帰れ!」
 プツン
 此方の姿を見るなり容赦なくそう吐き捨てたエジンベア兵。その瞬間ルディとビズは何やら糸が切れるような不吉な音を聞いたような気がして視線をアルジェの方へと向けた。
 当のアルジェはやんわりと上品な笑みを浮かべて件のエジンベア兵を見据え、
「今なんとおっしゃりました?このわたくしが田舎者だなんて、貴方の目は節穴かしら?」
 何事も無かったかのような穏やかな表情のまま爆弾を投下した。










 その瞬間、ルディとビズはがくんと項垂れて息を吐いた。終わったな。と、二人は同時に思う。
 せっかくこのような仮装をしてまで赴いたというのに、此処で門番の兵を怒らせてしまってはエジンベアの城下町に立ち入れる可能性は皆無である。 しかし、今のアルジェは他の者には訳の解らぬ貴族のプライドとやらに燃えていて、既に当初の目的を覚えているのかどうかすらあやしい。
 それでもまだ最後の線は突破していないのだろう、見掛けだけはにこやかな態度のアルジェ。そんな彼女をエジンベア兵は高慢な態度で見下し鼻を鳴らす。
((頼む…!これ以上挑発してくれるな…!!))
 心中で懇願するルディとビズの思いなどエジンベア兵は知る由も無い。


「何処をどう見ても田舎者ではないか。少し着飾った程度でこの私を欺けると思ったら大間違いだ。貴様らなど我が国の民の高貴さの足元にも及ばん!さあ帰れこの田舎者め!!」
「何だとっ!あたしはサマ――むがっ!!」
「うわゎわわゎ!!!」
 激怒して叫ぶアルジェをビズが強引に抑え込み口を塞いだ。
 祖国サマンオサは現在他国との交流を行っていない。国民が国外に出るのにも許可が必要な状態である。そんな国の名をこの場で上げるのは相手に不信感を抱かれる恐れがある。
「すまない!は少々気性が荒いのだ!!」
 もがくアルジェを抑え込みながらビズは人当たりの良い笑みを浮かべた。
「ふん、流石は田舎者。この程度のことで短気を起こすとは。」
「むがっ!!んんっ――!!」
 アルジェは再び反論しようとするがビズに口を塞がれている為まともな声が発せられる事はない。 対してビズはというと、エジンベア兵の侮蔑の言葉にも不快の色を示す事も無い。


「申し訳ない…田舎者ゆえ至らぬところがあるが御容赦願いたい。」
 苦笑を浮かべ頭を下ながらビズは続ける。ルディとフィレはそんなビズの様子を呆気に取られ言葉も無く見詰めている。
 流石は商人。様々な人々と交渉をしてきた経験があるだけに、相手を怒らせず此方の話を聞いてもらうためのコツを良く理解している。
「我々はポルトガから遊学の旅の途中なのだ。貴国の噂は我が国にも届いている。 この度は高貴なる貴国の文化を学び我が国の発展に役立てたいという兼ねてからの考えから立ち寄らせて貰ったのだが…」


 成程。ルディは納得した様子で相槌を打った。造船業が盛んで他国と広く交流を持つポルトガの国の者であれば態々大海原に隔てられたこの国を訪れたとしても不自然ではない。 それにこの手のプライドの高い人間に好感を持たれるような上手い具合の話の展開である。これならば僅かばかり希望も見えるというものだ。
「此方の都合で事前の予告も無く訪問する形となってしまったのだが、なんとか城下町への立ち入りを認めて頂けないでしょうか…?」
 ビズの話を補足するように続けて頭を下げる。因みに、全て即興である。


「ふむ、田舎者にしては殊勝な心がけだな。」
 エジンベア兵は何やら感心した様子で顎に手を当て頷いた。だがやはり高慢な態度は変わらない。
 さてどうなるか。ルディとビズが真剣な面持ちで見詰める先でエジンベア兵は口を開いた。
「だが、駄目なものは駄目だ。やはり田舎者を由緒正しき我が町に入れるわけにはいかん!」
 此方の要望をすっぱりと切り捨てるその言葉に、ビズの腕の中で大人しくなりかけていたアルジェが再び四肢を振り回し猛反発し、フィレが肩を落とす。 そんな中ルディとビズは素早く目配せし頷き合った。


「そうですか…手間を取らせて申し訳ありませんでした。」
「うむ。道中気を付けることだな。」
 ルディはエジンベア兵に敬意を示すように深々と頭を下げながら、隣にたたずむフィレの腕をがっちりと掴んだ。同時にビズはアルジェを拘束する腕に力を籠める。
「はい。激励の言葉、感謝します。」
「それでは、我々はこれで…!」
 云い終えるや否や、ルディとビズは踵を返すとそそくさと早足にその場を去った。
 片やフィレの手を引き、片や半ば担ぐようにしてまだ何やら文句を言おうとしているアルジェを強引に従わせながら。





 ルディとビズは城壁の影、城下町の入り口を守る兵から死角になるような位置に回り込むと漸く歩を止め息を吐いた。それと同時にフィレとアルジェも解放される。
「ふぅ…一時はどうなる事かと思った……」
「全くだ。」
「…おい、」
 胸を撫で下ろした二人は、未だ怒りを露わにした様子のアルジェの唸り声に向き直った。
「…誰が誰の妹だって?」
 見ず知らずの人間が目の当たりにすれば思わず身を竦ませてしまいそうなほどの凄みのあるアルジェの視線をビズは慣れた様子で受け止めながら答える。
「おー、悪い悪い。その方が割り込むのに不自然じゃなさそうだったから。」
 謝罪の意を述べながらも、それは殆ど棒読みで、誠意も何もあったものではない。
「大体、何がなんとかなっただ!肝心の目的忘れて逃げ出しただけじゃないか!!」
「何処かの誰かさんがキレたからな。考えてもみろよ。あんな話の通じない連中だ。下手したら我々を侮辱した罪とかって投獄されてもおかしくないだろ。」
「むぅ…」
 ルディに言いくるめられアルジェは頬を膨らませる。彼女にも一応自覚はあるのかそれ以上の反論は返ってこない。
「でも、どうしますか?このまま船に戻ればポルトガまでの間に食料は完全に尽きてしまうのでしょう?」
 フィレの言葉に三人は押し黙った。確かに、此処で目的を果たさなければ大海原を飢えた状態で漂わなければならない事は必至である。


 それぞれ腕を組み考え込むことしばしば、ふと何か思いついた様子でアルジェがぽつりと呟いた。
「…うちの親父の話だと、審査が厳しいのは入り口だけで、中に入ればなんとかなるらしい。」
「おいおい…」
「だけど、それ以外に手は無いぞ…」
 訳が分からず目を瞬かせたフィレとは裏腹に、ルディとビズはその意味に気付いて難しい様子で唸る。
「となると方法だが、どうするよ?」
「城壁を超えるっていうのはなかなか難しそうだからね。となれば抜け道を探すか――」


 一瞬で団結したらしい、ビズとアルジェが辺りを見回す様子にルディは苦笑を浮かべ息を吐いた。
「…たく、仕方がないか。」
 だが、具体的な言葉が無いままに話が進んで行く幼馴染たちの会話についていけない者が約一名。
「…あの、」
「あ、悪い…」
 申し訳なさそうに声を掛けるフィレにルディははっとして向き直った。
「一体何を…?」
 ビズとアルジェの様子と見比べながらルディを見上げるフィレ。そんな彼女にルディは言い辛そうに声を潜めて告げた。
「…どうにも入れてくれそうにないからな。忍び込む事になった。」


「えっ…それは――」
 躊躇いがちに語尾を弱くするフィレにルディは苦笑し肩を竦める。
「フィレ、はっきり言ってやって構わないぞ。俺だって乗り気じゃない。」
 それでもしきりに侵入方法を言い合う二人を止めようとしないのは、それほど船の食料が危機的状況であるという事であろうか。 だとすれば、いくら悪い事であるとはいえど人の命には変えられない。
「あの、ルディ……」
 フィレはルディを見上げ小さく声を上げた。そして首を傾けるルディに意を決した様子で告げる。
「中に忍び込む方法、一つ心当たりがあるのですが…」
 その言葉にルディだけでなくビズやアルジェも大きく反応したのは言うまでも無い。






















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