奪還4






「――レムオル」
 フィレが呪文を唱えたその瞬間、彼女の姿が三人の前から忽然と消えた。
「えっと…フィレ、何処だ…?」
「此処ですよ。」
 思わず間の抜けた声で尋ねれば返事の声はすぐ目の前から響いた。それから少し遅れてフィレが元の場所に姿を現す。
「えっ…?だって、今…!?」
 驚く三人にフィレは頬に手を当て苦笑を浮かべた。
「つまり、ですね。この呪文は暫くの間自分の姿を周りから見えなくするものなんです。」
「成程ね。確かにこれなら抜け道を探さなくても正面から堂々と侵入できるってわけだ。」
 感心するアルジェにビズとルディはじと目を送る。
「つまり、最初っからこんな仮装する必要は無かったってことか。」
 着なれない豪華な衣装を摘みながらビズは恨みがましく呟いた。









「うわっ!なにするんだ馬鹿!」
「馬鹿はどっちだ。声は聞こえるって言われてるの忘れたのか!」
 屹然とした立ち姿の番兵にちょっかいを掛けようとするアルジェをビズが無理矢理に引いていく。
「…いいから、取り敢えず静かにしろよ馬鹿。」
 更に声を潜めてルディが諌める。折角姿を消していても、相手に声が届いてしまえば意味が無い。それどころか見付かってしまえばこの状況では不法侵入で捕まってしまっても言い逃れが出来ない。
「「わかってるよ!」」
 揃ってそう返すビズとアルジェにルディは嘆息しフィレは苦笑を浮かべた。


 ともあれ、無事にエジンベアの町へ侵入を果たした一行は、さっと人目につかない城壁の影に隠れると呪文を解いた。
「ふぅ。」
 フィレは腕を下ろし息を吐いた。
「やれやれ。漸く中に入れたな。」
 まさか町に入るまでにこれほど時間が掛るとは。ルディは脱力して呟いた。
「ふん!だから止めようって言ったんだ!」
「…誰のせいだよ。」


 ルディが半眼になって睨みつけるがアルジェは意にも介さない。と、
「ま、いんじゃないか。無事に入れたんだし。」
 軽い口調でビズが言った。先程までとはがらりと態度を変えた彼の様子に皆が怪訝に思う間もなく、 ビズはアルジェの手を取るとルディとフィレに対して手を上げた。


「じゃ、別行動ってことで!」
「待て待て待て!!」
 声を荒げると共にルディは颯爽と去ろうとするビズの肩を掴んで食い止めた。
「何・処・に・行・く・気・だ!?」
「何処って…買い物?」
「絶対行く気ないだろお前!!」
 あからさまに視線を逸らして告げるビズにルディは詰め寄る。


「大体お前船にいた時から様子がおかしかっただろうが!何をしでかす気だ!?」
「何もしないって!アルジェじゃあるまいし!!」
「失敬な!!」
 ビズの言葉にアルジェまでもが参入し、三人はあーだこーだと言い散らす。
 三人入り乱れて言い争う様はまるで子供の喧嘩である。


 言い争いは暫く続いたが、不意にビズが何か思いついた様子でルディの肩に手を回して耳打ちした。
「いいじゃないか。俺とアルジェがいなくなればフィレと二人きりだぜ?」
「はぁ!?」
 訳が解らないといった様子で声を上げるルディにビズは更に言い寄る。勿論小声で。
「おいおい、あんな可愛いこと二人っきりになれるってのに、何も思わないなんて言わないだろ?」
「――なっ、にをっ…!!」
「おっ、なんか想像した?」
「―――っ!!!」


 慌てふためくルディを解放するとビズは飄々と手を振りながらその場を去る。顔を赤くし反応が遅れたルディには引きとめることは出来ず、
「おいビズ!」
「じゃあな。ごゆっくり。」
 せめて引き止める為に上げた声に相手が親切に止まってくれる訳も無く。


「?」
 訳の解らぬ様子で瞬いたフィレと視線がかち合い、ルディは気まずそうに視線を逸らした。
「どうかしたのですか?ルディ…?」
「いや…何でも無い……」
 胸に手を当て深呼吸を一回。平常心平常心と自身に言い聞かせるとルディはフィレに対して微笑を向けた。
「悪い、重労働手伝ってもらう事になりそうだけど、大丈夫か?」
 そもそもルディがこんな風に狼狽していること自体がビズの策略であり、奴はまんまと買い物、荷物持ちという仕事から逃げ果せたのだ。 そう考えれば怒りはあれど照れる必要など何処にもない。
「はい!あまり役に立てないかもしれませんが、頑張ります!」
 握り拳を作って意気込むフィレにルディは微笑した末嘆息した。
(あいつらもこれくらい協力的だったらいいのに…)
 勿論、そんなルディの心の声は、この場にはいない幼馴染たちには届かない。







 ルディ達と別れた後、ビズは人の往来の少ないところを選んでエジンベア城へと近付いていく。 何やら真剣な様子のビズに言われるがままに同行したアルジェは彼が人影が無い場所を選んで静止したのを機に、息を吐き口を開いた。
「全く…何をするつもりなんだい?まさか此処まで引き摺って来ておいて何も言わない気じゃあないだろうね。」
「…何も聞かずに手伝ってって言ったら?」
「却下。」
 すっぱりと言い切ったアルジェにビズは苦笑を零した。彼女の反応は予想の範疇であり、寧ろビズの方こそそのような虫の良い話が通るとは思っていなかったので、ビズはすぐさま口を割る。


「この中から取ってきたい宝があるんだけど、付き合ってくれる?」
「……はぁ!?」
 この中とは勿論、傍にそびえ立つ城の事である。買い物に付き合えという位に軽い口調で物騒な事を言ってのけたビズにアルジェは思わず我が耳を疑い聞き返す。
「だから、この中から取ってきたい宝があるんだよ。」
「…自分が何をしようとしてるのかは解ってるんだろうね?あんた、盗みに入るって堂々と宣言してるんだよ?」
「ああ。解ってる。」
「……そうか、盗賊に転職する気になったのか。だったらエジンベアじゃなくてダーマに行くべきだと思うけどね。」
「いや、その気が無いから盗賊やってるお前を連れて来たんだって。」
 半眼で棒読みで告げるアルジェに対しビズは至って平然に答える。答えの内容は全く持って自身に対して都合の良いものであったが。
 アルジェは深々と嘆息すると頭を掻いた。
「…取り敢えず、事情だけは聞いておこうか。」
 本気で盗みに入るつもりらしいビズを説得するにも協力するにも事情を知っている方がやり易い。






















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