奪還5






 超高級思想で常識の範疇をやたらと上回った額の食材屋を数軒回り、漸く他と比べれば多少はましな額かと思われる店に入ると、 ルディは手早く必要な食物を選別し、買い漁る。船に乗る全員の数日分の食事というだけあって二人では一度で運びきれないであろう量の買い物になったわけだが、 会計が終わるまで、ルディはあえてそれを気にしないことにした。
 そんなルディの買い物量に驚いてか、ルディが買い漁った食物を指差しながら店の者が尋ねた。
「お客様、貴方がたのような田舎の人は皆あのような面妖な術を使うのですか?」


「は?」
 訳の解らないといった調子で声を上げたルディは店の者の指す方向に視線を移し、愕然として瞬いた。
 そこには共に旅する青銀の髪の少女が一人。たった今購入した筈の食物は、一切無い。


「あのさ…フィレ?」
 短い間であるが、今までの旅の経緯を思い出し、彼女の仕業であろうと悟ったルディは若干引きつった笑みを浮かべて尋ねた。 対するフィレはキョトンと瞬き、
「二人で運ぶには多すぎると思いましたので。…いけませんでしたか?」
 何故周りの者たちがこれ程驚いているのかという事すらも気付かぬ様子で言ってのけたフィレに、ルディは最早返す言葉も見つからなかった。


 常人離れした魔力を有したこの少女、どうやら常識的にも常人離れしているらしい。今更ながらにそんなことを思いながら、ルディは眉間を抑えた。


「それで、あれだけあった食べ物、一体どうしたんだ?」
「はい、好きな時に取り出せるよう異空間に送っておきました。」
 とにかく、重い荷物を何往復もしながら持ち帰る必要だけは無さそうだ。









 一方此方はビズとアルジェ。相変わらず城の傍の物陰に隠れて睨み合いを続けている。
 無言でビズが口を開くのを待つアルジェの様子に、ビスは漸く観念したのか息を吐き切り出した。


「俺のお袋が移民なのは知ってるだろ?」
「ああ。」
 徐に問いかけたビズにアルジェは淡々と頷いた。
 ビズの母親はサマンオサ北大陸の原住民の一族の出身で、行商に出ていたビズの父と出会いサマンオサに越してきた。という事は、 幼馴染のアルジェやルディにとって周知の事実である。
「そのお袋の一族なんだけどな、昔エジンベアの軍事侵略の被害にあっているんだと。」
「へぇ…」
 先王の時代、つまり軍国主義時代のエジンベアの侵略の被害は世界中様々な国々に及んでいる。 それがサマンオサ北にまで及んでいたことはアルジェには初耳であったが、大陸に住む原住民の一族との交流は皆無に等しく情報が流れて来ることなど滅多にないので さして驚きはしなかった。
「で、その時に、一族の宝である『渇きの壺』っていう魔道具を持っていかれたらしい。」
 ビズが城に侵入し何がしたいのか、そこまで聞けば大凡の見当はついてくる。
 一応の確認のため、アルジェが口を開こうとしたその時、


「成程、それで君は一族の宝を奪い返す為にこの国に来た訳か。」
 聞き慣れぬ低い声が二人の耳に届いた。


(聞かれた!?)
(くそっ!!)
 二人は素早く臨戦態勢で構え、辺りを見渡した。
「そこか…!」
 傍にある物陰から顔を覗かせる一人の青年の姿を見つけると、アルジェは隠し持っていた短剣を構えて飛び掛かった。
 青年はアルジェの剣幕に後ずさったものの逃げるような素振りは無い。にも拘らず、アルジェは容赦なく襲いかかった。


 ドレスを閃かせて高々と跳躍すると青年を押し倒し、馬乗りにまたがり、首元に短剣を吐きつけ、低く唸る。
「動くな。静かにしろ。」
「解ったよ。」
 アルジェの見事な手際によって一瞬にして危機的状態に追い込まれた青年はあっさりと白旗を上げた。


 が、しかし、


「ただ、一つだけ進言させてもらうと、その恰好で今みたいな動きをするのはどうかと思うよ。見えてしまうからね。」
 何が、とは言わない。言うまでも無い。アルジェはカッと顔を赤らめ思わずビズを見遣った。 ビズは頬を染めあからさまに視線を逸らしている。
「まぁ、私たちとしては良いものを見せて貰ったと思うけど、ねぇ?」
「…ノーコメントで。」
 首元に刃を突き付けられているとは思えない良い笑顔で尋ねる青年に、ビズは視線を彷徨わせ、声を抑えて答えた。


 一連の流れに、アルジェは黒いオーラを放ちながらどすの利いた声を発した。
「……ビズ。」
 ビズは逃げ腰になりながら返した。
「落ち着け!!事故だ!!今すぐ記憶の底に埋めるから!!!」
「消去しろ。」
「はいっ!!」


 ビズは必死に弁解し、なんとかアルジェの機嫌を戻そうと図るが、
「うんうん。白は良いよねぇ、清潔で。」
 空気を読まない青年の一言に、全ては水泡と化した。


「殺ス!!」
「うわー!落ち着け!!」
 鬼のような形相で短剣を構えるアルジェを引き止める為、ビズは慌てて飛び出したが、 次の瞬間、ドゴォッという凄まじい音と共に繰り出されたアルジェの拳により、顔面を強打し撃沈した。
「お前も同罪だ。馬鹿。」


「不可抗力だっつってるだろ……」
 地に伏し力なく紡がれたビズの科白に、アルジェはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「いやぁ、良いねぇ。仲が宜しくて。」


 場違いにしみじみと呟く男に鉄拳が飛ぶまであと三秒。






















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