奪還6






「いたた…いやぁ、見事な体捌き、鞭捌き、恐れ入るよ。」
「……なんで俺まで…」
 逃げる様子も見せず微笑したまま鞭で両手を後手に縛られた青年と、その隣に不満げな表情を浮かべて腰を下ろすビズ。 正反対の表情を浮かべている二人だが、二人の頬には揃ってくっきりと拳の型が浮かんでいた。
 そんな二人の目前に立つアルジェはというと、立腹しているものの先程よりは幾分かはすっきりとした様子で腰に手を当て低い声を発した。
「全く、油断も隙も無い。」
「…お前が勝手に見せたんだろうが。」
 ドゴッ。ビズがふてぶてしく呟いた瞬間、彼の顔面目掛けて二撃目の拳が飛んだ。


「ぐべっ!!なにするんだよ!!」
「記憶から末梢しろって言っただろ!!」
「うんうん、仲が良いねぇ。」
 そんな二人のやりとりにしみじみと頷く青年。そして、


「ところで、そろそろ本題に入りたいのだけれど、構わないかな?」
 突如として紡がれた場違いにも酷く真っ当な科白に、二人は一斉に青年を睨みつけ叫んだ。


「「誰のせいでこうなったと思ってるんだ!!」」









 身を守る人も物も無く、拘束され、危機的状況に立たされているにも拘らず己のペースを崩そうとしない青年。 そんな青年の様子にアルジェは額を抑え諦めたように長い息を吐くと向き直った。
「それで、あんたは何者?」
「それは私の科白だと思うけどねぇ。」
「むっ…」
 正論である。身なりからして青年はこのエジンベアに住まう貴族である。身元が解らぬ不審者はアルジェたちの方だ。 だがしかし、不法入国の上に王城に盗みに入る画策をしていた手前素直に名乗るわけにはいかない。
「いいから答えな!」
 短剣をちらつかせ、どすの利いた声を上げ、アルジェは脅しに掛かった。
「まぁ、構わないけどね。」
 対する青年は、やはり置かれた立場からは不相応な落ち着いた様子で肩を竦めて返した。


「私はバートという。この国の貴族だよ。」
「いつから――」
 いつから自分たちの話を聞いていたのか。アルジェはそう尋ねようとしていたのだが、彼女が言い終るよりも前に、 青年―バートはにっこりと形容出来るような満面の笑みを浮かべて告げた。
「うん。君たちが城壁の傍で四人で言い争っていた時からかな。」
「「は?」」
 ビズとアルジェは揃って呆けた声を上げた。次いでアルジェはさぁっと血の気の引いた表情を浮かべた。


 城壁の傍で言い争っていた時からということはつまりこのバートという青年は自分たちがエジンベアに密入国したその直後から此方の様子を窺っていたことになる。 それからこれまで彼の尾行に気付けなかったことに悔しさが込み上げると共に、大きな危機感がアルジェを襲う。
 密入国してからこれまで。それだけの時間があれば彼が衛兵を呼ぶ時間は十分にあったということだ。最早彼だけを口止めしたところでどうにもならないのかもしれない。


 最悪の事態を思い浮かべるアルジェ。そんなアルジェを余所にバートは話を続ける。
「我が家は王都を守る武官の家系でね。立場上城壁の傍に屋敷を構えているんだ。暇を持て余して外を眺めていたら突然君たちが姿を現したものだから驚いたよ。 あ、安心しても良い。私の他に君たちの姿を見た者はいないようだったし、私も他の者に吹聴して回ったりはしていないからね。」
「…衛兵には?」
「言っていないよ。」
 警戒心を剥き出しにして尋ねたアルジェにバートは平然と答えた。その答えに驚きつつ、アルジェは尋問を続ける。
「何故兵を呼ばなかった?自分で言うのもなんだけど、あたしたちはかなり不審な動きをしてたと思うけど。」
「確かに。人の少ない道を進みつつ的確に王城を目指していたしね。兵を呼んでもよかったんだけど……」
 バートは一拍の間思案した様子を見せた後、再びアルジェを見上げて満面の笑みを浮かべた。


「興味があったんだよ。見たところ外から来た人達のようだったからね。あの門番をどうやって突破したのか。」
「…?どういうことだ?」
「今の王は他国との交流に関してもとても積極的な考えの持ち主なんだよ。旅人の来訪も歓迎している。だから本来ならば君たちのような旅人が町に入ることを咎められることは無い筈なんだ。」
 二人は耳を疑った。余所物は帰れと門前払いを受けたのはつい先ほどの話である。バートの話が本当であれば辻褄が合わない。
「だけど王の御考えが末端まで行き届いていないこともまた事実。特に軍の上層部には旧体制主義の人間が多いらしくてね。 番兵たちはそんな上官から、許可の無いものは何人たりとも中に入れるな。といった具合の教育を受けている筈だから、 実際に城下町に入ることが出来た旅人の話は聞いたことが無い。」


「だから君たちがどういった手段を使ってあの門番を突破したのか興味があったんだけどね。さっきの話を聞いてますます興味が湧いて来たよ。」
 そう告げるとバートは視線をビズへと移した。
「な、何だよ?!」
 突然視点を一点に絞られたことにうろたえるビズ。そんなビズを見据えてバートは尋ねた。
「君はスーの一族と血縁関係にあるんだってね。」
「あぁ。そうだよ。」
「…渇きの壺の在処、教えてあげても構わないよ。」
 何食わぬ表情で告げられた言葉にビズとアルジェは胡乱気にバートを見た。
「何?」
「ついでに、そこに辿り着くまでにある仕掛けの解き方も教えてあげても良い。」
「どういうつもりだ…!」
 やはりどこまでもマイペースに話を進めるバートであったが、今度は此処で話を区切ると不信感を募らせる二人を顧みて微笑した。
「慌てない慌てない。勿論、条件はある。」


「私を、スーまで連れて行ってくれないかい?事情は…おいおい話すよ。」





「――で?」
 一通りの話を聴いたルディは半眼になってビズを睨みつけた。
「悪い。連れてきちまった!」
「お世話になります。」
 渇きの壺を大事そうに抱え込み開き直って答えるビズと当然のように頭を下げるバートを見遣り、ルディは頭を抱えて嘆息した。
「何考えてるんだよ……」
 不法入国、は結局大した罪に捕らわれることは無いらしいのでそれはよかったとして、元々が略奪品であったとはいえ国の所有物を盗み出した揚句にその国の貴族を連れて来るとは。
「おいアルジェ!」
 何故止めなかったと恨みがましい視線を送れば、アルジェは諦めたように告げる。
「仕方が無いだろ。そこの馬鹿が条件を飲んじまったんだから。借りを作ったからには返さないと…」


 ルディは再度盛大に嘆息した。
「…最悪だ。……追手が着たらどうするつもりだよ。」
 そんなことになれば最早オルテガの娘を探すどころではなくなってしまう。それどころか最悪犯罪者として牢屋行きとなる運命である。
「その点については心配ないよ。渇きの壺を守っていた仕掛けは元通り作動させてきたから暫くは誰にも気付かれないと思うし、私は放蕩者の三男坊だからね。 居なくなったところで誰も心配して捜索したりはしないから。」
 半ば元凶ともいえるバートに平然とそう返されて、ルディは最早諦めの境地に入って肩を落とした。
「………スーに行くのはついでだからな。いつ向かうかもわからない。」
「うん。私はそれで構わない。宜しく頼むよ。」
 こうして、予定外に旅の仲間を一人増やしつつ、一行は無事食料調達を終えてエジンベアを後にした。





 因みに。
「アルジェ。どうかしましたか?」
「…親父のことを考えてた。」
「お父様のことを、ですか?」
「あぁ。バートの言うことが確かなら、余所から来た人間は誰もあの城門から中に入れる筈が無いんだ。だけど親父はそれをやってのけた。どういった方法を使ったのかなって。」
「……あの、その事なんですけど。」
「うん?」
「アルジェのお父様はランシールに行った事があるのではないですか?」
「どうだろう…世界を股に掛け七つの海を航海した。とか言ってたから、あるのかもしれないけど…それがどうかしたのかい?」
「ランシールには、『消え去り草』というレムオルの呪文と同じ効力を持つ草が群生しているのです。」
「………」
「…つまり、おじさんは備えもった気品でもって奴等を突破したのでも何でも無く、ただ単に俺たちと同じように忍び込んだという事か。」
「てーことは、やっぱりあの無駄に立派な正装は完全に無駄でしかなかったっていう事か。」
「あんの門番共、何時か絶対ぎゃふんと言わせてやる!!」
 ポルトガへ向かう船の中、このような会話が行われた。


「ふふ。楽しい旅になりそうだね。」
「えぇ。本当に。」
 幼馴染三人が相変わらずのいい争いを繰り広げる中、それをほのぼのと見守る視線が一つ増えたのだということを本人たちは知る由も無い。






















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