真の夢






「お兄ちゃん!」
 突然背後から掛けられた慣れ親しんだ声にアトラスは振り返った。
「ターニア。」
 微笑を浮かべて彼女の名を呼ぶアトラスに対して、彼女は不機嫌な様子を露わにした表情を見せる。
「どこにいたの?今日は旅の話を聞かせてくれるっていってたのに、朝からずっといないんだもん…」
「ごめん…みんなのところに回ってたら、思ったより時間が掛っちゃって…」
 苦笑するアトラスにターニアはぷぅっと頬を膨らませて見せた。
「もう!せっかく久しぶりに帰って来たのに、アトラス兄ちゃんったらちっとも相手してくれないんだもん…!」
 そう、ここはライフコッド。山の精霊の加護を受けたのどかな山村である。
 大魔王を倒したといっても、急に世界が平穏を取り戻すというわけではない。 まだ人間を襲う凶暴な魔物は存在するし、平和に向かううえで発生する問題もある。 大魔王を倒し旅を終えたアトラスたちはその後も忙しく事後処理に回っていたのだが、最近になって漸く休みをとる余裕も出来たため アトラスはこうして最愛の妹の待つライフコッドへと戻ってきた。
 だが、来たら来たでターニアとの時間を作ることはなかなか難しかった。村の周りの魔物の様子を見て回ったり、 久しぶりに会う村の皆と話し込んでしまったりでかなりの時間が経過している。 アトラスが帰って来ると聞き心待ちにしていたターニアが立腹するのも無理はない。
「ごめん!明日はゆっくりできるから、その時に色々話してやるからさ!」
 アトラス自身もそれを自覚しているので申し訳ないと思い頭を下げると、ターニアは苦笑し息を吐いた。
「もぅ…しょうがないなぁ。明日は絶対だよ!」
「ああ。約束するよ。」
 あっさりと許しを出すターニア。それでも念を押すように付け足された言葉に、間を置かず承諾すると、 アトラスは村の外へと続く道へと向かおうとした。
「お兄ちゃん!今からまだ出かけるの!?」
 既に時間は遅く、夕暮れ時も間近に迫っている。
「うん、ちょっとランドと話があるんだ。」
「ランドと?」
 突然上がった幼馴染の名前にターニアは首を傾けた。 こんな日暮れの時間に訪れると言う事は、何か急ぎの用でもあるのだろうか。 それに、アトラスが向かおうとしている方向は明らかにランドの家とは違っている。
 アトラスはそんなターニアの疑問を読み取ったように微笑して告げる。
「場所と時間はランドの指名なんだ。ちょっと行ってくるよ。」
 アトラスはそう言って数歩進んだが、突如あっと声を上げ振り返った。
「ターニア!夕食までには絶対戻るから!!」
 その言葉を受け、ターニアは数度瞬くと満面の笑みを浮かべて手を振った。
「うん!行ってらっしゃい、アトラス兄ちゃん!!」
 兄は自分のほしいと思っていたものをちゃんとわかってくれているのだ。 そう思うとターニアの心は弾んで行く。
(うふふ。アトラス兄ちゃんの好きなもの、いっぱい作ってあげなくちゃ!)
 普段となんら変わらぬ食事でも、兄と二人で食べる時にはひとりで食べる時の味気なさとは無縁のごちそうとなる。
 ターニアは夕焼け空の村の中、上機嫌に帰路に着いた。


 彼女がほしいと思っていたもの。それは離ればなれになってしまった兄と、共に過ごす時間。







 その日の宣言通り、アトラスは次の日は一日、ターニアに旅中での色々な話を聞かせてくれた。訪れた町のこと、 世界中の変わった場所や珍しいもの、そして一緒に旅した仲間たちのこと。
 ターニアもお返しにと村であった出来事を話し、二人は楽しい時間を送っていった。
 次の日も、そのまた次の日も。
 アトラスは村に戻ったばかりの数日とは打って変わってのんびりとした生活を送っている。 そう、まるで旅立つ前のようなのどかな、そして二人にとって幸せな。
 しかし、ターニアには一つ気になることがあった。 ランドと話があると言っていたあの日以来、どうも兄の様子がおかしいと思う時がある。それに行動も。
 毎日日暮れ前の同じ時間に家を出て行っては、夕食のぎりぎりまで帰って来ないのだ。
 気になって尋ねてみても、毎回上手い具合にはぐらかされて、ターニアはアトラスがどこに行っているのかも知らされていない。
「お兄ちゃん、忙しいなら、私のことはいいからお城に帰っても…」
「いや、そんなんじゃないんだ。大したことじゃないから気にしないで。」
 この日も不安げに告げるターニアに対してアトラスは申し訳なさそうに苦笑を浮かべてそう言った。
 何かあるのかと尋ねれば、秘密。と答えられ、結局ターニアはアトラスの行動の理由を知ることすらも出来なかった。







 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、アトラスがレイドックに戻る日はいよいよ明日へと迫っていた。
 時間を惜しみながら二人で一日共に過ごしていたが、就寝前になってアトラスは改まった様子でターニアの名を呼んだ。
「ごめんね…またひとりにしてしまうけど…」
「私のことは気にしないで!お兄ちゃんにはやらなきゃいけない事が沢山あるんだから!」
 またターニアをひとり残していく事になるのを申し訳なく思い気落ちしているアトラスに対して、ターニアは笑って声援を送る。 そんな彼女に釣られてアトラスの顔にも笑みが浮かぶ。
「ありがとう。ターニア、いつもごめんね。」
 そう、彼女はいつもこうしてアトラスを笑顔で見送ってくれた。 ひとりで居ることを寂しく感じ、誰よりもアトラスに傍にいてほしいと思っているはずなのに、気丈にも笑顔を浮かべて・・・
「私はいいの。お兄ちゃんがこうやって私のことを気に掛けてくれて、それだけで十分だから。」
 ターニアは胸の前で手を組んでアトラスを見上げた。
「頑張ってね!アトラス兄ちゃん!」
「うん。ターニアも、体には気を付けてな!」
「お兄ちゃんこそ!」
 二人は顔を見合わせ、示し合わせたように二人同時に噴き出して笑った。


「あぁ、でも、今度帰ってくるのには、そんなに時間はかからないかな…?」
 突然、ふと何かを思い立った様子で意味深に言うアトラスに、ターニアは首を傾けた。
「まだ忙しいんでしょ。無理言って皆を困らせちゃダメよ。」
「分かってるよ。…でも、その日はなにがあっても帰ってくる。」
「?」
 訳が分からないと言った様子で困惑するターニアに、アトラスは懐からあるものを取り出し差し出した。
「お兄ちゃん?」
「いいから、受け取って。」
 アトラスが手渡すとターニアはそれをおずおずと見詰めてそれからアトラスへと視線を移す。
「木彫り細工のペンダント。これ、お兄ちゃんが?!」
 ターニアの掌の上にあるのは村の民芸品として有名な木彫り細工のペンダント。 些か不格好なそれは、アトラスが丹精込めて作ったものだ。
 そう、アトラスは毎日夕方になると、これを作成する為に民芸品の工房を訪れ、木彫り細工の職人を務める老人に教えを乞うていたのだ。
「うん、なかなか上手くいかなくて、結局不細工なままになってしまったけど…」
「そんなことない!ありがとうアトラス兄ちゃん。でも、どうして…?」
 これまで、アトラスから旅中での土産を貰う事はあっても、村の民芸品を手渡されたことなどあっただろうか。 それに村祭りや誕生日でもないのに、アトラスがこのようなものをわざわざ作ってまで贈る理由が解らない。
 首を傾けるターニアに、アトラスは優しい笑みを浮かべて告げる。
「ランドから、聞いたんだ。」
「!!」
 幼馴染の彼の名前が出たことで、ターニアは目を見開き驚いた様子でアトラスを見上げた。 その一言で、彼が何を聞いたのか解ってしまったのだ。
「ターニア、結婚するんだって?」
 確信の籠ったその一言に、ターニアは顔を真っ赤にして慌てた。
「けっ…結婚っていっても、まだ、決まったわけじゃ……!!」
 わたわたと慌てふためくターニアは、兄の笑みを携えた表情を見やると、そっぽを向いて呟いた。
「もぅ…ランドったら、どうして喋っちゃうのよ……」
「ランドは意外とそういうところはしっかりしておきたい人間だから。」
 小さく紡ぎ出した言葉はしっかりとアトラスの耳にまで届いたようで、ターニアは不貞腐れたようにして俯いた。
「決まったわけじゃないって、でも承諾したんだろ?ランドの奴、『ターニアは絶対に俺が守る』って、俺に宣言したけど。」
「う、うん。…でも、まだ正式に決まったわけじゃないから、決まってから、お兄ちゃんには話そうと思ってたのに……」
 アトラスは真っ赤になって恥ずかしそうにもじもじと話すターニアに微笑みを浮かべ頭を撫でた。
「ランドが、あれでお前のことには真剣なのは、俺も知ってる。何かあった時には命を掛けて守ろうっていう意気込みがあることも。」
 普段はおちゃらけて見える彼だが、ターニアを思う気持ちは真剣だ。 始めのうちは信用できないと思う事もあったが、今ではアトラスはそれを認めている。
「でも、もし何かあったら、いつでも俺のところにおいで。もしあいつに泣かされたら、その時は俺ががつんと言ってやるから。」
「うふふ、それじゃあランドも大変ね。もし私を泣かせたら、世界を救った勇者様にお仕置きされちゃうんだから。」
 漸く落ち着きを取り戻したターニアは、アトラスと顔を見合わせ微笑んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「うん。式の日にちが決まったら、すぐに教えて。何があっても絶対に、戻って来るから。」


 ターニアが泣き笑いにも似た様子で微笑んで、アトラスも笑みを浮かべて返して、それから――





 ■





「……じ、………お…じ!アトラス王子!」
 力強く、しかし優しい声音にアトラスははっと目を見開いた。 目の前いは幼いころから慣れ親しんだ男の顔と、その後方に垣間見える石壁に囲まれた青空。
「目が覚めましたか?王子、このような所で寝入ってしまっては風邪を引いてしまいますよ。」
「…フランコ。」
 目の前にいるのはレイドックの兵を率いるフランコ兵士長である。ということは此処はレイドック城か。
 アトラスはまだぼんやりとした思考の中で辺りを見渡し、此処が城の中庭であることを理解した。そしてこれまでの行動を思い起こす。
 今日は朝から父王に任された公務の一部を行っていたはずである。大魔王を討伐し、 城に帰った暫く後から父はこういった仕事の一部を王子であるアトラスに任せるようになっていた。 それほど難しいものは任されはしないが、これまでこういった事に携わる機会は殆どなかったため、予想以上に体力を消費する。
 幸い急ぎのものはなかったので、ある程度仕事を終わらせた後アトラスは従者に言付けて、休息のために此処へ来たのだが、 どうやら草の絨毯と降り注ぐ日差しの気持ちよさに負けてそのまま寝入ってしまったらしい。
「僕はどれくらい眠ってたんだ?」
 状態を起こして尋ねれば、フランコは苦笑し首を振った。
「さあ、私もつい今しがた此方に来たばかりですので。…それほど長い間ではないと思いますので、もう暫く休まれては?」
「そうだね、そうさせてもらおうかな。」
 アトラスは、疲れているのだろうと気遣うフランコの好意に甘えてもう暫く休みを取る事を決めると、大きく伸びをして眠気を振り払った。
「ありがとう、フランコ。危うく寝過ごすところだった。」
「いえ…申し訳ありません。随分と気持ち良さそうに眠られていたので、起こさない方がいいかと迷ったのですが…」
 そこは先程彼が言った通りなのだろう。こんなところで眠っているのを見過ごして、王子に風邪でも引かせたらどうなることか。 アトラス自身はそんなことは全く気にしないが、周りは――フランコ自身も含め――大いに気にするだろう。 尤も、大魔王討伐の旅中で鍛え抜かれたアトラスの体は、このような所で少し眠っていたくらいではそうそう風邪など引かないだろうが。
「随分と幸せそうな表情をしておられましたが、なにかいい夢でも見ていたのですか?」
「…そうだね。とても懐かしい夢だったよ。」
 夢の記憶は覚醒してしまった今ではもう断片的にしか思い出せないが、彼女の笑う姿を見るのは本当に懐かしく、幸せなものだった。 夢でも現でも、ああして笑顔で暮らせるのなら、彼女に寂しい思いをさせてまで、世界を救った戒もあるというものだ。
「そうだ、フランコ。明日は町に行きたいんだけど時間はあるかな?」
「明日ですか?ええ、大丈夫だと思いますが…何かあったのですか?」
 突然の問い掛けに律義に答えつつ、フランコは尋ねた。アトラスが町に出て行く事は良くあるが、 普段は町に出る直前に誰かに言付けて出て行く事が殆どである。それが前日から承諾をるとはどういうことだろうか。
 アトラスはそんなフランコに満面の笑みを浮かべて答えた。
「うん。妹が、結婚するんだ。」
「は――?」
 フランコは訳が解らぬと言った様子でアトラスを凝視し、きっちり三拍の間を置いて言葉の意味を察したように頷いた。
「あ、ああ。ライフコッドの少女のことですか?」
「今、まだ寝ぼけてるのかと思ったでしょ。」
「そっ、そんなことは!…いえ、確かにクラリス様のことを思い浮かべたのは確かですが。」
 フランコの反応は正しい。例えばアトラスが城のものに同じ発言をしたとしすれば、皆フランコと同じような反応を見せるだろう。 アトラスの実妹クラリスは数年前に病死しているのだから。だが、アトラスにはもう一人妹がいる。
 ライフコッドの少女ターニア。 魔王ムドーのまやかしに敗れ心と体を引き裂かれ、大怪我を負い、記憶すらも失った状態のアトラスを見つけ、介抱してくれた少女。 彼女はアトラスにとって命の恩人であると同時に大切な妹だ。 一時はレイドックに戻ることも世界を救うことすらも放棄して傍に居てやりたいと思ったほどに。
「今朝手紙が届いたんだ。幼馴染と結婚することになったから式の日には来てほしいって。僕も彼になら彼女を任せられると思う。」
 魔族の猛攻を受け燃え盛る村の中で、彼女の傍に魔物を寄せ付けまいと必死に戦っていた彼である。なんら心配はいらない。
「それはめでたいですな。」
「うん。だから、贈り物を持っていこうと思って。」
「ほぉ…ですが王子、女性の好む物をご存知ですか?誰かそういったものに詳しい者を供に付けられてはいかがでしょうか。」
 フランコの言葉にアトラスはやんわりと首を振った。
「いや、実はもう贈るものは決めてあるんだ。明日はその材料を買いにね。」
 心優しい人だから、どんなものを贈っても、きっと彼女は喜んでくれるだろう。
 だけど夢で見た笑顔をもう一度見たいから、精いっぱいの心を籠めて、彼女のために作ろう。 この世に一つしかない彼女のためのものを。
 上手くは出来ないかもしれないけれど、もしかしたら夢の中で見たものよりももっと不格好な出来になるかもしれないけれど、 彼女のことだけを想って・・・





 夢でも現でも、どんな世界でも君がいつでも幸せに笑っている事を願う。









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〜あとがき〜
DS版をプレイしていて突発的に書きたくなったので書いてみました。6初書きです。
ターニアの健気さは本当にすごいと思います。
ひとりで居ることが寂しくて、本当の兄が欲しいと願い、その願いが夢の中で叶えられたにも拘らず 結局夢の中でもお兄ちゃんは彼女のもとを離れて行ってしまう。
それでも6主が帰ってくるたびにいつも笑顔で出迎え見送ってくれている彼女が大好きです。
この小説中のターニアはゲームより少し我が侭甘えっ子な感じで書きましたが、彼女はこれくらい我が侭になってもいいと思います。 本当に、健気過ぎる。


という事で、執筆現在DS版はまだクリアしていませんがED後設定で書いてます。(管理人はSFC版でクリア済みです。)
もうお解りでしょうが前半は夢の世界、後半は現実の世界での話となっておいます。
前半で夢の世界であるということが解り難くするために夢の世界特有の町や事項(6主がレイドックの兵士であることや精霊の祭りのこと等) を出さない仕様にするのになかなか苦労しました。



大魔王が滅び夢と現実が分かたれたとしても、夢の中では6主とターニアは兄妹であり続けると信じてます。
ということで、当サイトでは6主はED後も夢の世界ではハッサンと共にレイドックの兵士として活躍しているという設定です。
勿論夢の中での話なので、現実の世界の6主はそこで起こったことを覚えていません。 私たちがたまに夢の中の記憶を覚えていて「あぁ、こんな夢を見たな。」と思うレベルで時折覚えていたりはしますが。夢の方もしかり。
ただ冒険の間のことは覚えてます。あれは夢でも現実でも、そのどちらでもない狭間の世界でも起こった出来事ですから、 覚えていないと色々と不具合が・・・


あと6主(というか当サイトのアトラス君)ですが、一人称は統一してません。状況に応じて僕、俺、私と使い分けます。
元々は僕、私のみだったけど、ハッサンと旅に出てから「身なり良し」「立ち振る舞い良し」「言葉づかい良し」 じゃあどこかの貴族さまにしか見えないからという事で何とか誤魔化す為に俺とも言いだした設定。 夢の世界では基本俺ですけどね。どうでもいい設定ばかり膨らみます;








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