夢の続き






 世界の本当の姿を知っている。
 今此処に居る自分は誰かの見ている夢で、今自分が踏みしめているこの大地は沢山の人々の想いが連なって生まれたもの。
 それが、この世界に暮らす殆どの人々が知る事のない、この世界の本当の姿。
 どうして自分だけがその事を知っているのだろうか。他の人が知らない世界の姿を知ってしまったのだろうか。
 それは多分願ったから。自分の事を、世界の事を知りたいと。
 そして独りで過ごす中で知ってしまった、気付いてしまった。


 私と、お兄ちゃんとは住む世界が違うのだと。


「せっかく世界が平和になったっていうのに、アトラスは何をしているんだろうねぇ。ターニアちゃんを放って何も言わずにいなくなるなんて。」
 最近村中で良く聞く話題。世界が平和になった後、ライフコッドに戻って来ると思っていた村の皆の予想に反して姿を消したお兄ちゃんのこと。
「お城の兵士さまってのはそんなに忙しいのかねぇ。ターニアちゃん、寂しいだろうけど頑張りなよ。アトラスのことさ、そのうちひょっこり帰って来るわよ。」
 なにせ王様の命を受けた旅の途中でも頻繁に顔を見せに戻って来ていたお兄ちゃんのことだ。村の皆は口を揃えてこう言っている。
「そうですね。」
 そうやって声を掛けられるたびに、私はこう言って頷いた。だけど、
 本当は知っているの。お兄ちゃんは自分の世界に帰ってしまったから、もう此処には戻ってこないんだって。
 だけど、最後にお兄ちゃんは約束してくれたから大丈夫。私のこと忘れないって。
 だからお兄ちゃんに心配を掛けない様に、これからは独りでも強く生きていかなきゃいけないって、そう思うのに・・・
「ただいま。」
 誰もいない家に帰ってそう呟く。お兄ちゃんが旅に出てから凄く大きくなったように感じる家。お兄ちゃんとさよならしてからはますます大きく感じるようになった。
 寂しい。隠しても隠しきれない想いが込み上げてくる。おかしいな、本当は一人ぼっちには慣れているはずなのに・・・
 こんな時に思う。
 もしも本当のことに気付いてしまわなければ、村の皆と同じようにお兄ちゃんが帰って来る日の事を待っている事が出来たのにって。


 本当の事を知っている。なんとなく、気付いてしまった。
 だから、
 また会えるよねって言ったけど、本当はもう会えないってことに気付いているの・・・









 ピチチ、チチ、ピチ・・・
 外から鳥のさえずりが響き、ターニアは机に突っ伏していた顔を上げた。
「うん…」
 どうやらうたた寝してしまっていたようだ。ターニアは覚めやらぬ頭で窓の外を見詰め、
「いけない!もうこんな時間!」
 差し込む日差しから時間を判断すると急いで起き上った。手早く部屋の中を片付けて息を吐く。
「…今日は遅いな、ランド。」
 アトラスが姿を消した後、元気のないターニアを励ます為と、ランドは毎日決まった時間になるとこの家を訪れる。 初めの頃は気を使わなくていいと遠慮気味だったターニアだが、今ではすっかり習慣化していて、日常の一部と化している。
 ランドとたわいない話をしていると気が紛れていい。だが、
「そろそろ決めないと、いけないよね…」
 幼馴染の彼に求婚されてからもう随分と長い時間が経つ。
 最近は元気の無いターニアに対し、ランドがその話題を持ち掛けることはないのだが、何時までも彼の好意に甘えているわけにはいかない。
 ランドの事を嫌っているわけではない。幼馴染で昔からよく一緒にいたからおちゃらけた遊び人のようだが根はまっすぐでいい奴である事も知っている。 何よりも自分の事をとても大切にしてくれている事を知っている。だけど、最後の踏ん切りがつかないのは何故だろうか。
「ほんとに遅いな。ランドのやつ。」
 昨日別れる時に、また明日ねと言っていたから、来ない筈はないのだが何かあったのだろうか。
 そう思うとなんだか外が騒がしいような気がしないでもない。そう思っていた矢先に、家の扉が大きく音を立てて開け放たれた。
「ターニア姉ちゃん!大変だ!!」
 駆け込んで来たのは村の子どもで、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返しながらターニアに向けて叫んだ。
「帰って来た!アトラスあんちゃんが帰って来たよ!!」
 思ってもみなかった衝撃的な言葉にターニアは愕然と立ち尽くした。
「…うそ?」
「ほんとだよ!それで、ランドが――」
 話を聞き終える前に、ターニアは弾かれたように駆け出した。
「村の入り口のところだよ!皆集まってる!!」
 背中に届く場所を知らせる言葉に礼を言う余裕すらなくしてターニアは駆けた。
 こんな風に全力で走るのはいつ以来だろうか。息が切れ呼吸が苦しくなる。だけどターニアは足を休めることなく掛け続けた。
(まさか…!アトラス兄ちゃんは自分の世界に帰った筈だもの。でもまさか、まさか――!!)
 また会えるよね。その言葉が実現するかもしれない期待に嬉しさが込み上げてくる。息苦しさに反して心はこんなにも弾んでいる。
 やがて村の入り口の傍で、村人全員が集まっているのではないかと思われるほどの人垣を前に、ターニアは足を止めた。
「お前!!ターニアちゃんがどれだけ寂しい思いをしたと思ってるんだ!!」
 人垣の中心からランドの怒鳴り声が聞こえてくる。
「みんな!ターニアちゃんが来たわ!」
 ターニアの存在に気付いたジュディが周りの人々に呼び掛け、人垣の中に一筋の道が生まれる。
「よかったな。」
「これでターニアちゃんも寂しく無くなるわね。」
 そんな風に声を掛けられながら、一歩一歩踏締めるようにして、人垣の中心へと向かっていく。
「なんとか言え!アトラス!!」
 ランドが、酷く激昂した様子で掴み掛っているのが見える。そして――
「やめて!!ランド!!」
 ランドに掴み掛られている人物を見、ターニアは叫んだ。
「ターニア…」
「…お兄、ちゃん。」
 見慣れた優しい顔つき、青い髪、聞きなれた声。見間違える筈のない兄の姿がそこにある。本当だ、本当に帰って来たのだ。ターニアは自分の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「ターニアちゃん、でもっ!」
 納得のいかぬ様子で声を上げるランドにターニアは首を振った。
「いいの。」
 そんなターニアの様子にランドはゆっくりとアトラスを解放すると身を引いた。
「お兄ちゃん…」
 ターニアは一歩一歩確実にアトラスの元まで歩み寄り、最後は勢い良くアトラスの胸の中に跳び付いた。
「お帰りなさい!」
「ただいま、ターニア。」
 ぎゅっと温かい腕がターニアの体を包む。それをきっかけにわっとあたりがざわめき始め、人垣は崩れ皆がアトラスとターニアの元へと雪崩れ込んだ。
「お帰りアトラス!!」
「いままで何してやがったこの野郎!!」
「おーい!宴だー!飲むぞー!!」
 夢じゃない。今此処にいるターニアにとって、これは全て本当の出来事であった。









 歓迎と批判の嵐に巻き込まれたその後、宴だ宴だと騒ぐ面々に一先ず落ち着く時間が欲しいと告げて、アトラスとターニアは二人仲良く家へと帰還した。
「ただいま。」
「えへへ、お帰りなさい。アトラス兄ちゃん。」
 二人は微笑み合った後、真剣な表情で向かい合って腰掛けた。嬉しさばかりが込み上げて忘れていたが、落ち着いて考えると疑問は残っている。ターニアは意を決した様子で尋ねた。
「お兄ちゃん、どうして?お兄ちゃんの世界に帰ったんだよね?」
 それとも自分が理解したと思った世界の本当の姿は、自分が造り上げた空想だったのだろうか。一瞬そんな考えが過ったがターニアはそれを自分の中で否定した。
 アトラスもその質問が来る事を予想していたのだろう。彼は一度頷くと口を開いた。
「俺にも良く解らないんだけど、目が覚めたらレイドックの兵舎の一室にいた。」
 アトラスも、ターニアが知ってしまった世界の本当の姿について否定することはなかった。
「初めは訳が解らなかった。俺にはそれまで下の世界で仲間たちと共にいた記憶があったから。」
 目が覚めた直後、アトラスは酷く困惑したものだ。旅を終え、両親の待つレイドックへと戻り、世界の平和を祝う宴の最中、夢の世界へと戻るバーバラと別れたところまでの記憶はあるのに、 そこから突如記憶が飛んで気が付いたらレイドックの城の中に、王子としてではなく兵士として自分は存在していたのだから。
 だが、そのおかげで此処が上の世界であるという事は直に理解できた。
「俺は、俺が見ている夢だ。」
「私たちと、同じ…?」
「そう。ターニアや皆と同じ。」
 此処は夢の世界。人々の見る夢と想いによって形作られた世界。ならば世界があるべき姿に戻った後この世界に存在している自分は、 魂だけが飛ばされたわけではなく間違いなくこの世界の住人なのだろう。アトラスはそう結論付けた。
 それから、直にでもライフコッドに戻り、ターニアと再会したかったのだが、城の方でも色々あって兵士としてやるべき事も多く残っていた為、会いに来るのが遅くなってしまったのだ。
 アトラスはその事について詫びたうえで、尋ねた。
「今此処にいる俺は、本当の俺じゃあないのかもしれない。本当の俺は君と血の繋がった兄妹じゃあないのかもしれない。ターニア、それでも俺は君の兄として此処に居てもいいかな?」
「勿論だよ。」
 やや不安げな様子のアトラスに対してターニアは即答した。
「私、さっき漸く解ったの。此処にいる私が誰かの見ている夢でも、私は私、本当の私だって。だったら、今目の前にいるお兄ちゃんも本当のお兄ちゃんでしょ。 夢とか本当とか、そんなことは関係ない。貴方は私の大好きなアトラス兄ちゃん。今も昔もこれからだって、それはずっとずっと変わらないの。」
 微笑んで告げるターニアにアトラスは微笑みを返し、息を吐いた。この問い掛けの為にかなり緊張していたらしい。
「ありがとう。」
 肩を撫で下ろすアトラスの様子にターニアは声を立てて笑った。
「ねぇお兄ちゃん、暫くは村に居られるんでしょ。だったら旅のお話とか、色々聞かせて欲しいなぁ。」
「うん、じゃあまた明日か明後日にでも。」
「うふふ、約束よ。」
 外から扉を叩く音が響く。
「おーい!ターニアちゃん、アトラス!」
「早く早く!皆待ってるわよ!!」
 ランドとジュディが二人を呼ぶ声に、二人は顔を見合わせ同時に立ち上がった。
「待って!今行くから!」
 返事を返すターニアの声は、世界が元の姿を取り戻し、アトラスに別れを告げた時から今までにない位弾んでいて、表情は生き生きと輝いていた。









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〜あとがき〜
我が家のED後捏造話の基盤となる夢の世界の主人公についての話です。 こんな感じの設定で、夢の世界も現実の世界もいろいろ書いていきたいと思ってます。 時間軸的にはこの後に真の夢が続きます。
下手な恋話以上に甘々な雰囲気になってしまったような気がしないでもないですがあくまで兄妹です。 今のところ趣味に走りまくったシスコン話を書きまくっているのでそろそろカプ話も書きたいところです。
今のままだとうちのアトラス君はバーバラに「私とターニアちゃんどっちが大事なの!?」と聞かれたら「ターニア」と即答してしまいそうな感じですが そんなことはありません。多分実際に訊かれたらどっちとも答えられないヘタレっぷりを発揮してくれると思います。
それでは、このような妄想話をお読み下さりありがとうございました。











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