白昼夢






 水清き町アモール。村の中央を流れる川の水は、万病に効くと有名である。
 川の水は町の北にある洞窟の奥から湧き出して来ているのだが、その洞窟は20年ほど前の地震で塞がってしまっていて、その水源を見ることは不可能となってしまっている。
 また、その洞窟にはとある宝が眠っているという噂もあり、時折冒険者などが洞窟攻略に訪れるのだが奥への道が完全に塞がってしまった洞窟を見、落胆して帰っていくのが常である。



 が、近頃この洞窟に、奇妙な噂が立っている。
 曰く、洞窟に入った者たちが気が付けば何故か塞がっている筈の洞窟の奥へと移動していて、そこでやたら凶暴な魔物に襲われた。 そして何処をどう進んだのか解らないが気が付いたらまた、元の洞窟の入口に戻って来ていて、もう二度と洞窟の奥へは進めなかった。と・・・
 初め、町の者たちはその旅人の単なる見間違いだろうと高を括っていたのだが、それが二件三件と続くうちに状況は変わってきた。
 町中がその噂でもちきりになり、それを聞いた旅人が興味本位で洞窟を覘く。そしてその旅人が洞窟の奥へと迷い込み、またそれが噂となる。
 そうやって、噂は徐々に蔓延していき、今日も怖いもの見たさの旅人が一人、この洞窟を訪れた。
 青い閃光の異名を持ち、世界を救った勇者一行の一人でもあるさすらいの剣士、テリーである。


 大魔王討伐を果たした後、テリーは仲間たちや姉のミレーユと別れ、ひとり旅の身の上へと戻っていた。
 風の向くまま気の向くままに気ままに各地を転々としながら、未だ残る強い魔物と戦い修行を重ねていく。
 そんな生活を送っていたテリーがこの洞窟を訪れたのは、勿論件の噂を耳にしたからに他ならない。
 準備と情報集めの為に立ち寄ったアモールの町で、テリーがこの洞窟に向かおうとしていると知った町の人々は口々に彼に制止の声を掛けた。 余程強い魔物が現れるらしく、これまでに果敢に向かって行った旅人たちは皆ぼろぼろになって帰って来ているのだという。
 だがしかし、テリーは勇者一行として大魔王と戦った身のうえである。今更強い魔物が出ると言われても臆する事は無い。寧ろ彼にとっては丁度いい腕試しだと言ったところだ。それで魔物を討伐し、 人々の不安が拭い去れるというのであれば一石二鳥である。
 町の人々の制止の声を振り切って洞窟を訪れたテリーは、中に踏み込み辺りを見渡した。


 入口の付近に特におかしなことは無い。暗がりの中僅かな光を頼りに奥を見遣るが、やはり先へと続く道は完全に防がれてしまっている様子である。
(これはハズレかな。)
 そう思いながらも念のため見れる範囲は見て回ろうと足を踏み出したテリーは、ふと奥への道を塞ぐ岩壁の前に誰かが立っていることに気が付いた。向こうはじっと岩壁の方を見詰めていて、此方に気付く様子は無い。
(先客か?)
 テリーは歩を進めながらその人物の後ろ姿をまじまじと見遣る。視界が悪いこととマントで体をすっぽりと覆っているため体格は解らないが背恰好から男である事が解る。 更に近付いていくと、やがて目が慣れてきた事もあり、テリーは男が自分よりやや背が高く、逆立った青髪である事に気が付いた。
(まさか――!)
 そんな馬鹿なと思いながら、そういった特徴を持つ人物に思い当たる節があり、テリーは思わず声を上げた。
「アトラスか…?」
「え?」
 振り返った男の顔を見遣り、テリーはここぞとばかりに驚いた表情を見せた。
 テリーの想像の通りその人物は、かつての旅の仲間、世界を救った勇者張本人であり、レイドックの王子であるアトラスであった。
「あれ?テリー。久しぶりだね。」
 なんでお前が此処にいるんだというテリーの疑問など意にも介さず、アトラスはあっけらかんと微笑を浮かべて再会の挨拶を交わした。


「それで、なんでお前がこんなところに…?」
 連れたって周囲を観察しながらテリーが尋ねた。 テリー自身、旅の終わりの別れ際にまた洞窟の中ででも会おうと言い残したが、まさか本当にこのような場所で再会を果たすとは思ってもみなかった。 相手は一国の王子であるのだから、そう考えるのは当然のことである。
「なんでって、多分テリーと同じだと思うけど。」
 アトラスはさらりと答えた。
「俺と同じってことは、あの噂か。レイドックまで伝わっているのか?」
「うん。一応この辺りはレイドックの統治圏内だからね。」
 そう告げるアトラスは毛皮のマントを羽織り腰に何の変哲もない鋼の剣といった、何処にでもいる旅人然とした装備を身に纏っている。 恐らくはお忍びで出てきた為に目立たない様に気を使っていると言ったところであろう。
「少し気になって来てみたんだ。まあ、この通り何もないみたいだけど。」
「みたいだな。」
 肩を竦めるアトラスの言葉にテリーも同意を示す。
 洞窟の奥に行けるとか、凶暴な魔物が襲いかかって来るとか、噂で聞いたような事実は全く見られない。
「強い魔物と戦えるかと思ったんだが、これは無駄足だったかな。」
「何かきっかけが必要なのかな…とはいえ、どの道今は何も出来ない。」
 一通り見渡して何処もおかしなところは無いと判断した二人は、洞窟を出ようと踵を返した。その直後。
「「――!!」」
 言い様のない感覚に捕らわれ、二人は同時に歩を止め緊張を走らせた。咄嗟に剣に手を掛けそして――


 空間がぶれた。


 そう感じた直後、二人は先ほどとは全く違う場所に佇んでいた。









 途端に変わった洞窟の景色を見渡しながらテリーは呟いた。
「何だったんだ、今のは…」
 そう言いながらも、今の感覚には覚えがあって、テリーはそれを思い返す。
 そう、その感覚は前回の旅で経験した、上と下の世界を移動した時の感覚に酷似している。
 だが、夢の世界を実体化させようとしていた大魔王が倒れた今、夢と現実の二つの世界が交わることは無い筈である。
(何が起こったんだ…?)
「テリー…」
 思考するテリーにアトラスの呆然とした声が掛かった。
「僕は夢でも見ているんだろうか……」
 アトラスは辺りを見渡し呆然と、それでいてやや興奮気味に呟いた。
「そんなはずない…わかってるんだけど、だけど……」
「アトラス?」
 名を呼ばれそこで漸くアトラスはテリーを見遣った。そして何処か夢見心地な様子で呟く。
「俺はこの洞窟を知っている。」
 先程の崩れかかった洞窟とは全く違う、それでいて何処か面影のある景色を眺めアトラスは若干興奮気味に告げる。
「同じなんだ…ハッサンとミレーユと一緒に来た、『夢の世界』のアモールの洞窟に…」
「まさか――!!」
 テリーは目を見開いた。
 そんな筈ないだろと続けようとして、テリーは途中で言葉を区切り剣を構えた。同時にアトラスも身構える。
 何時の間にか辺りには魔物の気配が充満していた。


「どうやらもう片方の噂も本当だったらしいな。」
「…みたいだね。」
 二人を囲うようにして現れた魔物の群れにテリーは微笑を浮かべ、アトラスは冷や汗を流した。
「それにしても、夢の世界のこの洞窟はこんな奴等ばっかりだったのか?」
「もしそうだとしたら俺もハッサンもミレーユもムドー討伐の前に死んでたよ。」
 半ば以上本気でアトラスは答えた。それほどに二人の目の前に現れた魔物たちのレベルは高い。
 狭間の世界で現れた魔物たちと同等か、もしかするとそれ以上かもしれないと思えるほどに。
「はっ!面白くなってきたじゃないか!」
「…勘弁してよ……ていうか、」
 強敵との戦いに熱を上げるテリーとは裏腹にアトラスは心底危機的な様子で肩を落とす。
「俺、殆ど防具持って来てないんだけど…」
「………。何考えてるんだよお前…」
 戦士としてあるまじき失態にテリーは呆れかえった様子でアトラスを見遣った。
「抜け出してきたんだ。目立つわけにはいかないだろ!まさかこんな所にこんな強い奴等がいるとは思わなかったし…!」
 その油断から装備を充実させる事より目立たない恰好を選んだ事が裏目に出た。
 せめてある程度防御力のある鎧を着込んで来るべきであったと悔みつつ、アトラスは腰の鋼の剣ではなく背中へと手を回した。
 体の背面をすっぽりと隠した毛皮のマント中から、一振りの剣が姿を見せる。彼だけが使いこなす事が出来る伝説の剣―ラミアスの剣である。
 アトラスが武器だけはしっかりと用意していたことに安堵しつつテリーはアトラスを庇うように前に立ち改めて魔物の群れを見据えた。
「全く、足を引っ張るなよ!」
「努力はするよ!テリーこそ、怪我には気を付けて。俺はミレーユやチャモロほど回復呪文の技術はないから。」
「ふん!もともとは一人で来るつもりだったんだ。お前の助けなんかいらないぜ!」
 言うや否やテリーは魔物の群れへと飛び出した。言うだけあってテリーは早いペースで次々と魔物たちを薙ぎ倒して行く。
「…相変わらずだなぁ」
 そう言いつつアトラスも動いた。いくらなんでも二人を囲むほどの量の魔物たちをテリー一人で倒せる筈も無い。 アトラスはテリーが倒し損ねた魔物や後ろから襲い来る魔物に狙いを定めて普段より慎重に立ち回りながらそれでいて的確に剣を振るう。


 そうして魔物と戦い続けながらアトラスは叫んだ。
「おーい、テリー。入口に戻るか奥に進むかどっちがいい?!」
 普通の状況ならば洞窟を出る為には勿論入口に向かうべきなのだが、生憎訳も分からぬままに空間を超えて来たのだからどちらに向かえば正解なのか分からない。もしかしたらどちらもハズレという事も考えられなくもないがその時はその時である。
「道が解るのか!?」
「此処が本当に夢の世界のアモールの洞窟ならね。多分今丁度真ん中あたりだと思うんだ!」
「根拠は?!」
 テリーとしては勿論、洞窟のどの辺りからそうだと判断したかという事を確認したかったわけだが、アトラスの返事はというと。
「俺の勘!」
 その一言だけでこれまでの彼の発言全ての信憑性を損ねるようなものであった。
「……ふざけるなよ」
「信じるかどうかはテリー次第だけどね。職業盗賊をマスターしたものの勘って言えばちょっとは信用できる要素もあると思うけど?」
「……」
 つまり、勘といいながらもその根拠は探索呪文の結果らしい。紛らわしい言い回しはわざとなのだろうか。だとすれば相当腹が立つ。テリーは魔物の群れを捌きつつアトラスにじと目を送った。
「お前はどっちに行くべきだと思う?」
 それでも至極真面目に尋ねたテリーにアトラスも真剣身を帯びた表情で返した。
「断言は出来ないけど…元の場所に戻るなら入口の側に行くべきだと思うよ。」
 夢の世界と現実の世界を行き来する際には二つの世界の地図上のほぼ同一地点上に繋がっている事が多かった。ならば洞窟の奥に進むより元居た入口に戻る方が確率は高い。
「成程。」
 テリーはそう頷いて、
「なら、奥へ行こうぜ!」
 それとは真逆の選択をした。予想に反する答えにアトラスは一瞬体勢を崩す。
「…訳を聞いても?」
「どうせなら戻る前にもっと探索していこうぜ!この洞窟が何なのか解るかもしれないし、良い宝が手に入るかもしれないだろ!」
 一理ある。アトラスはそう思った。
 危険性を考慮すれば、最優先事項はこの洞窟からの脱出となるが、確かにもう一度来る事が出来るかどうかわからないこの洞窟で宝を探して行かないというのは勿体ない。
 一度そう考えれば旅人精神が疼き、アトラスは頷いた。強敵ばかりのこの状況はかなり厳しいものがあるがなんとかなるだろう。
「わかった。ならあっちだ!!」
「おう!」
 相変わらず魔物と応戦しながらアトラスは道を示し、テリーもそれに答え、そちらへと進路を向けた。


「アトラス!もっと戦いを楽しめよ!」
 常人にはあるまじき力で傍にあった大岩を投げ飛ばしながらテリーが叫ぶ。
「無茶言うなよ!この状況で楽しめるのなんて君くらいなもんだよ!!」
 そう言いながらアトラスも雷撃を纏った剣戟で魔物の群れを一掃する。
 そうやって言い合いながら、二人の快進撃は続く。


 その後、二人は洞窟の最深部まで到達した後入口まで引き返した。アトラスの予想通り入口付近に辿り着いた直後二人は元の崩れかかった洞窟の中にいた。
 洞窟を出ると辺りは既に夕暮れの時間帯を迎えていて、二人は会話もそこそこに別れると、アトラスは慌てて城に帰還し、テリーはアモールの町へと向かった。
 因みに、それぞれ町に帰還した二人は殆ど怪我も無くぴんぴんしていたのだが、 二人が隅々まで歩き通した洞窟の中は魔物たちにとって地獄絵図な光景が広がっており、洞窟に探索に来た旅人たちは二度とやたら凶暴な魔物たちに襲われる事はなかったという。









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〜あとがき〜
この時点での二人の職歴は、
アトラス:盗賊+商人+魔物使い→レンジャー→勇者
テリー:戦士+武闘家→バトルマスター
です。私の6の記録の通りで行っています。
あとキャラの性格はds版の会話機能を参考にしてますからテリー君のテンションは高めです。 sfc版ではクールな一匹狼な印象強かったけどds版は結構テンション高いですよね。大分印象変わりましたけどどっちも好きです。
戦闘面では明らかにds版の方が優秀ですけどね(笑) 私の記録ではsfc版では毎回スタメンに入れようとしてもあまりにパーティとのレベルに格差がありすぎて毎回二軍生活送っていたのが 初期レベル上がって武闘家もマスターしてくれてるおかげでds版で初めてスタメン入りしたテリー君です。
因みにこの洞窟にでた敵のレベルがどれくらいかというと、ラスボス討伐後ってことは勿論・・・ ということで本来のゲームでいえば確実に教会に担ぎ込まれるルートです。
テリーとアトラスは戦友。でもってテリーが弟属性でアトラスが兄属性なので上手い具合にバランスが取れてるという設定。
余談ですがウィキペディアでバーバラと合わせてこの三人が公式同い年だと知って若干びっくりしました。 テリーとバーバラ6主より下だと思ってましたので・・・あとハッサンはds版の会話聞いてるとぴったり年相応って感じですよね(笑)
しかしうちの6主のアトラス君、随分と飄々とした性格になってしまったんですけどどうしてでしょうね? 基本として頭に置いていたのがゲーム情報からの「シスコン」で「優しい人」で「兄貴肌」で「少し頼りなく」て「村の青年」で「王子様」。あと「本来の一人称が僕」 っていうくらいだったんですけどね・・・気が付いたらこんな性格に・・・あのマイペース王・王妃の息子だからでしょうか?












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