トンテンカン・・・トンテンカン・・・ サンマリーノの町中に槌の軽快な音が響く。 トンテンカン・・・トンテンカン・・・ 海を隔てたレイドックの城にも名を轟かせるほどの腕の良い大工の住むこの町では、その音は良く耳に馴染んだものであったが、その音源を見遣った人々は「ほぅ」と感心の声を上げた。 その音を発していたのが件の大工ではなく家の仕事を継ぐのが嫌だと出て行ったきり長いこと行方が解らないでいた大工の息子であったからだ。 トンテンカン・・・トンテンカン・・・ 懸命に槌を振るう青年とその傍らで喚き飛ばす大工とそんな二人を見守る大工の妻の姿を見遣り、人々は微笑みを浮かべた。 息子が出て行ったきり大工が随分と荒れていたのは町中の皆が知るところであったから、皆密かに心配していたのだがこの調子なら大丈夫そうだ。 心中で「よかったな」と告げながら、人々はその様子を眺めた。頑固な大工本人に言おうものなら全力で否定される事は目に見えているが。 トンテンカン・・・トンテンカン・・・ そんな中、大工一家に近付く者がいた。その人物はすれ違えば誰もが振り返るような絶世の美女であった。 美女は一家のすぐ傍まで近付くと、大工の息子を見上げて声を上げた。 「久しぶりね、ハッサン。」 トンテンカン・・・トン―― 規則的に繰り返されていた木を打つ音が止んだ。 大工の息子は振り返り美女を見遣ると驚いたようなそれでいて嬉しそうな表情を浮かべた。 「ミレーユじゃないか!!」 ハッサンとミレーユ。大魔王を倒した後、それぞれの道を歩み始めた二人が久しぶりの再会を果たした。 ■ ハッサンは父に断って仕事を切り上げるとミレーユの元へと駆け寄った。 「珍しいじゃないか!どうしたんだよ、こんなところに?」 ミレーユの住むグランマーズの占いの館はサンマリーノのすぐ南東に位置するが、よく当たると評判のグランマーズの占いを求め日夜多くの人々が訪れていると聞く。 正式に弟子入りしたミレーユも多忙な日々を送っていると聞いていたので声を掛けられた時は大層驚いたものだ。 また、ハッサンも父の後を継ぐための大工修行に明け暮れていて、それなりに忙しい日々を送っている。その為、二人は仲間内の中では一番近い場所に住みながらこれまで再会する機会は皆無であった。 「ちょっとおばあちゃんからのお使いで来たんだけど、木を打つ音が聞こえたからもしかしたらと思って。頑張ってるのね。」 「まあ、親父もいい加減年だからな。早く一人前になって楽させてやらねえといけないからな。…お袋も安心させてやりてぇし。」 ハッサンは照れ臭そうに頬を掻きながら言った。 「ミレーユこそ、噂は良く聞いてるぜ!良く当たるって評判なんだってな!」 「私なんてまだまだよ。でも、早く一人前にならなくちゃね。約束したもの。」 「俺もだ。お互い頑張ろうぜ!」 会話を弾ませながら二人は船着き場の待合所へと向かい、とある一つの席を選ぶと向かい合って腰を下ろした。 「懐かしいわね。」 「ああ。俺とアトラスがミレーユと再会した場所だな。」 過去を振り返るミレーユにハッサンが同意する。そう、この席はまさに夢の世界の住人としてこの世界に迷い込んだハッサンとアトラスがミレーユに声を掛けられた場所である。 あれから随分と長い時間が過ぎいろいろなことがあったが、まさかあの時には自分たちが世界を救うなどとは考えてもいなかった。 精々城の兵士になって実力を付け名を上げよう。とその程度にしか考えていなかったのに、気が付けば世界中を回り大魔王を倒してしまっていたというのだから不思議なものである。 そうハッサンが告げるとミレーユは微笑した。 「そうね。ハッサン、貴方随分と変わったもの。」 「そうか?自分じゃあ全然分からないけど…」 「変わったわ。だって初めて会った頃や此処で再会した頃には自分たちの周りのことしか見えてなくて、今みたいにお父さまやお母さまの事を気遣ったりしなかったでしょう?」 「……」 家業を継ぐのが嫌で飛び出して、旅の武闘家として名を上げようとして、ミレーユとアトラスと共に魔王ムドーに挑み、敗れた。 心と体を切り離された後もそれは同じで、記憶の無い自分を息子だと思い呼び掛ける母の心情など気に掛けることは出来なかった。それが変化したのはいつからだろうか・・・ 「切り離された心と体が元に戻ったことで何か得たものがあったのかしら。そういう意味じゃあ魔王に敗れたことで得たものは大きかったのかしらね。貴方も、アトラスも。」 「ははっ、そういえばアトラスも初めはもっと頼りない奴だったっけ。」 ミレーユの言う事はハッサンには難しく、自分のことは良く解らないがアトラスのことなら良く解る。 何せ旅の始まりから終わりまで、彼と一番長い時間接していたのはハッサンなのだから。 レイドックの王子として初めて会った時のアトラスは優しくて確固とした信念を持っているが何処か頼りにならない人物で共に旅した時には随分と心配したものだが、 夢の世界のレイドックで共に兵士志願者として再会した時には随分と勇敢な印象を受けた。 「お婆ちゃんに色々教わって改めて考えてみたんだけど、 アトラスの場合ムドーの術で心と体を切り離された時に、頼りない一面は体の方に取り残されて、心の奥底にあった勇敢な一面が表に出てきたんじゃないかしら。」 「良く分からないんだが、それでこっちの世界のアトラスはあんな風になってたってことか?」 切り離されたアトラスの本体を見つけた時には大層驚いたものである。共に旅していたアトラスと違って随分と頼りない、 というよりはそれを通り越して情けないとまで言えるような様であったから、本当にこれがアトラスの本体なのかと仲間内皆で頭を抱えたものだ。 「そうね。それが再び心と体が交わることで、優しさの裏に隠れていた勇敢な一面が表に出てきた。そういうことじゃあないかしら。」 そして心と体が一つになった事によりアトラスは真の勇者として覚醒した。そう考えれば魔王の策が勇者を覚醒させてしまったと言う事になり、何とも皮肉な話である。 「それが今のアトラスってことか。こないだ仕事でレイドックに行ったんだが、アトラスも忙しそうだったぜ。王様から政務の一部を任されたり、城下町で色々頼まれたりして大変らしい。」 「うふふ。アトラスは相変わらず皆に慕われてるのね。」 レイドック王家に対する国民の信頼は凄まじい。特に魔王を討伐し世界を平和に導いた王子は絶大な人気を誇っている。 「だけどあいつ、何か思いつめてるみたいだったぜ。王様に聞いた話だと、最近よく城を抜け出して何処かに行ってるらしいんだ。」 「そう…」 本人は何も言ってこないが、彼が何を思いつめているのかという事を、ハッサンもミレーユも知っている。勿論アトラスもそれに気付いているのだろうが、 今のところ二人とも彼自身の口からその事について話された事は無い。 「…いつだったかアトラスが家に訪ねてきた事があったんだけど、お婆ちゃんに何か相談していたみたいだったわ。私には教えてくれなかったけど。」 ミレーユの言葉にハッサンは盛大に表情を崩した。不機嫌な様子で眉を寄せ、唸る。 「水臭いぜ。あいつ、俺たちに何も言わないつもりかよ…」 「気を使っているのよ。」 旅が終わり折角皆が本来居るべき場所に戻ったというのに自分が話を持ち掛けることでまたその場所から離れさせてしまうかもしれない事に躊躇っているのだろう。 「…バーバラに会いたいのは、なにもアトラスだけじゃあないのにね。」 過酷な旅の中で楽しみを見出し元気に笑う少女の姿を思い出し、ミレーユは淡く笑う。 世界が元の姿を取り戻し、彼女が夢の世界に帰ってからそれほど長い時間が経ったわけではないのだが、もう随分とその笑顔を見ていないような気がして物寂しい気持ちが込み上げる。 「そうだな。また会える日が楽しみだな。」 そう返すハッサンはそう遠くない未来にバーバラとの再会の日が訪れることを信じて疑わない。 「そうね。」 ミレーユも、そしてこの場にはいない他の仲間たちもそれは同じである。皆アトラスが彼女を連れ戻してくれる事を信じているのだ。 「それにしてもアトラスの奴……」 やはりアトラスから何の相談も無い事が不服らしくハッサンが呟くのを聞きミレーユは微笑した。 「大丈夫よ。アトラスはハッサンのこととても頼りにしてるんだから、きっとすぐ話してくれるわ。」 旅の始まりから終わりまでアトラスが一番信頼を寄せていたのがハッサンであったという事は傍から見れば疑いようが無い。夢でも現でも、二人は常に一番に出会い共に行動して来たのだから。 「そうか?」 「そうよ。それに私も、ハッサンのことはすごく頼りにしてるわ。」 ハッサンは一瞬呆気に取られた様子で瞬いた後、ミレーユに笑みを返した。その言葉の中に含まれた、もう一つの意味には気付かずに。 「ありがとな!俺もミレーユのこと頼りにしてるぜ!」 これまで色恋沙汰には全く縁が無かったハッサンはその手の話題には点で鈍い。 自分がそういった意味で異性から好意を向けられるとは微塵も考えていないからだ。 ミレーユの側もこれまでの付き合いからそれを理解しているので落胆の色を示す事も無く微笑んだ。 「ありがとう。ご期待に添えるよう頑張るわ。」 「お互いな。」 そう言うと二人は顔を見合わせ笑い合った。 MENU NOVEL TOP 〜あとがき〜 ハッサンとミレーユの関係性とアトラスの現状についての話。 ハッサンとミレーユと言いながらアトラスの話がメインのようになってしまいました…夢と現実の世界の6主考についてはミレーユさんは作者の代弁者と化してます。 因みに私はハッサンの合体イベントは彼の思春期&反抗期脱出イベントと信じて疑いません(笑) ハサミレについては当サイトではこんな関係。ds版曰くハッサンはこれまでに女性との交際経験は無いらしく、すこぶる鈍いです。 確かにハッサンって異性より同性に好かれそうな感じですよね(変な意味で無く)良い兄貴分っていう感じで、部活の先輩とかでいたら絶対頼られると思う。 ハッサンは鈍くてミレーユのアピールに気付かないんじゃないか。ということを友人と話していたのがこの話の始まり。そういう雰囲気が出せていればいいなと思います。 白昼夢の時にアトラスとテリーは戦友と書きましたが、アトラスとハッサンは相棒。ミレーユさんは頼れるお姉さんといった感じでしょうか。 DQ6と言えばこの三人。という事で相変わらず自分のプレイネタですが初期三人は基本的にパーティ固定、後のメンバーで残りの一枠を争っている状態です。 といっても専らチャモロが独占してたんですがね。今回テリーに座を奪われるまでは。 バーバラはスーパースターになる為にミレーユが遊び人になっている間以外殆ど活躍の場が無い可哀想な子… 魔法の強さはピカイチですがどうにもHPの低さが、ねぇ…それで初期職業魔法使いに行くもんだから戦闘に出そうものなら昇天します; ということで今回登場の二人の職歴 ハッサン:武闘家+僧侶→パラディン→戦士(現在修行中) ミレーユ:踊り子+遊び人→スーパースター→僧侶+魔法使い(現在修行中) です。ミレーユさんはもう少し時間軸が経過した辺りで賢者に就きます。と宣言しておきます。まあ他メンバーも時間経過によって色々職業変わっていく予定ですが。 …これってもしかして人物紹介でも作って書いてた方がいいんでしょうかね?まあそれはおいおいという事で。職業関連の話も今後書いていきますのでよろしくお願いします。 |