現にありて願う






 宴の席からひっそりと身を隠す様に玉座の間に佇む君の、今にも空気に溶け込んでしまいそうなその姿を見た時、俺は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
「あ、アトラス。」
 俺が声を掛けると君は目尻に涙を溜めながら、それを決して零すことなく微笑んだ。
「さみしいけれど、そろそろお別れの時が来たみたいね。ほらっ、あたしは皆と違って自分の実体がなかったから…」
 俺は何故気付かなかったのだろう。夢の世界が実体を失いその存在を見ることが出来なくなるという事は、本来夢の世界に生きる筈の君の姿も見えなくなるということに。 それに気付いた君が世界を巡るなかずっと愁いを帯びた表情を浮かべていたということに。
「バーバラ!――」
 気丈に振舞う君に、俺は掛ける言葉すら思いつかない。これでお別れだというのに、なんて情けない男なんだろう。
 それでもなんとかして君をこの場に繋ぎとめていたくて、俺は君の体を抱き寄せた。 だけど半分背景が透き通った君の体に触れることは叶わず、君の存在がまるで幻であるかのように、俺の腕は宙を切る。 それでも、見た目だけでも君の体を抱きとめた俺の腕の中で、君はくすりと小さな笑みを浮かべた。
「さようなら、アトラス…」
 行くな。そう一言告げることすらも出来ず立ち尽くす俺に、ますます薄くなった君は別れの挨拶を紡ぐ。だけど、
「皆にもよろしくね…」
 君はまるでこれが最後のように言葉を紡ぐけれど、俺はこれが最後になんて絶対にするつもりは無いんだ。
「あたしは皆の事絶対に忘れないよって。」
 こんな最後は残酷すぎる。独り別の世界に旅立つ君が悲しすぎる。
 最早姿すら見えなくなった君に向かって、俺は叫んだ。


「バーバラ!絶対に、また君に会える方法を探すから、待ってて!!」


 夢の世界へ戻ったであろう君に、この声が届いたかどうかは解らなかったけど、これは俺からの決意表明。


 絶対にまた会えるから。
 それは遠い世界へ旅立つ君へ送る言葉であると共に、俺自身を励ます為の言葉。









 世界の北西に位置する島にぽつんと存在するトルッカの町。その町の北側に存在する夢見の井戸と呼ばれ、人々に恐れられた井戸があった。 嘗て夢の世界と現実の世界を繋ぐ架け橋の役割を果たしたその井戸は、今はその役割を失い枯れ果てた井戸と化している。
 夢の世界への手掛かりを求めてその井戸を訪れたアトラスは、輝きを失ったその井戸を見遣り落胆の意を示した。
「…ここも手掛かり無か。」
 呟き力なく首を振ると、アトラスはその地を後にした。


 大魔王を打ち破り、世界に平和が訪れたその日から、アトラスは空いた時間を作っては世界中至るところを夢の世界への手掛かりを求めて探し歩いていた。 目的はただ一つ。夢の世界へと旅立った恋人バーバラと再び出会うことを求めてである。
 まず初めに訪れたのは、四つの伝説の武器防具を身に纏ったものを神の城へと導く聖なる祠。 しかしアトラスは四つの伝説の武器防具を纏って祠を訪れたにも関わらず、祠の中は以前の神聖な輝きを失って、アトラスを神の城へと誘う事は無かった。
『あそこは夢であると同時に我々現実の世界の人間にとってはその名の通り神の城でもあるからね。世界が平和になった今、伝説の武器防具を身につけられる勇者を招く必要も無くなったということじゃないかね。』
 とは、夢占い師グランマーズの言葉である。夢を縄入りとする彼女なら何か手掛かりが掴めるのではないかと考え尋ねたのだが、結果的にアトラスが求めるような情報は得られなかった。
 その後もアトラスは様々な土地を巡った。伝説の武器防具に関わる土地、夢の世界との繋がりがあった井戸や空に続く階段があった場所。しかし、まるであの冒険そのものが夢であったかのように、 その何処にも夢の世界への手掛かりは見つからなかった。唯一手掛かりがあったのはアモールの北の洞窟で、偶然そこで出会ったテリーと共に夢の世界のアモールの洞窟と酷似した場所に飛ばされたが、 もう一度訪れた時、アトラスはその空間へ誘われることは無く、事の真偽は解らぬままである。
 結局のところ得られたものは何も無い様な状態で、アトラスは今も様々な土地を巡っていた。


 夢の世界を実体化していた大魔王の力が消え去った今、夢の世界への道標を見つけることなどそれこそ夢のような話であることは解っているが、アトラスは決して諦めないと決めていた。
 しかし、それでもこれだけ全く手掛かりが見つからないとなると、本当にそんな方法が見つかるのかという不安も増していく。
 何をするでもなく草原に佇み、アトラスは人知れず息を吐いた。


 と、その時、アトラスの頭上に影が落ちた。
「!?」
 慌てて空を見上げるが、そこには雲一つない青空が広がるだけ。だがアトラスには先程の影が何の影であるか良く知っていた。
「ファルシオン…」
 力強い足取りでその背に仲間を引き連れる為の馬車を引く白馬。世界の境すらも越える世界でただ一つの翼を持って、アトラスたちを大魔王の住まう狭間の世界へと導いたもう一人の仲間。
「君も応援してくれるのかい?」
――ヒヒーン――
 今も世界の空を掛ける天馬から返事が返ったような気がして、アトラスはふっと気が軽くなり微笑んだ。


――夢の世界はこの世の幻。人間には見えることのない心の奥深くに存在する世界――


 大魔王を倒した後、クラウド城に最後に訪れた際の去り際に、城に住まう天空人に投げかけられた言葉を思い返す。


――けれど、人々が夢を信じる心を捨てなければきっと、天空をかける城が見えることでしょう。――


 そうだ、信じれば、どんな夢だって叶えられる。
 だから、君にだってきっとまた巡り逢える。アトラスは今は見ることのできない赤い髪の少女に心の中でそう微笑みかけた。









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〜あとがき〜
ED直後主バ話のアトラスサイド。時間軸的には『白昼夢』後、『目覚めの後』においてミレーユが「アトラスがおばあちゃんを訪ねてきた。」と言っていた理由の解明話でもあります。 因みにこのアトラスは『夢の中より想う』において夢の中ではバーバラと再会したことなど微塵も覚えておりません。
ファルシオンに関してですが、ED後は世界の垣根なく自由に飛び回ってたまに骨休めの為に主人公達の元に戻って来てくれたりしてくれているといいなぁと思ってます。
ED後アトラスの放浪癖に関してですが、事前にアポイトメントを取ってから出掛ける時は妹関連、そうでなければ恋人関連という感じ。 数日単位の空きが出来た時はライフコッドに遊びに行く事が多いけど数時間単位だとふらふらと何処かの土地を巡ってることが多いです。 何も言わずに出掛ける理由は危ない橋を渡る可能性もなきにしもあらずなので心配を掛けないため。
うちのアトラス君のへたれっぷりがよく解る話でもありますね。ギャグだと飄々としてやや黒めのキャラになる彼ですがシリアスだとこんな感じです。











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