悪夢〜レイドック王子の場合〜






 精霊の祭り。ライフコッドの村で一年に一度行われる山の精霊様への感謝を示す祭である。 祭はまず始めに山の精霊にこの一年の感謝とこれからの一年の加護を願う精霊の儀式を行い、その後は無礼講の宴となる。
 そんな宴席を離れ、村一番の高台の上にある村長の家の影で、向き合う一組の男女の姿があった。
 男の名はランド。猟師の父と酒場を営む母を持ち、父の後を継ぐのを嫌がり、時にガイドとなり時に母の代わりにカウンターに立ちと、自由気ままに生きる酒場の放蕩息子である。
 女の名はターニア。唯一の血縁たる兄がレイドックの城仕えの兵となったため村外れの家に一人で暮らす少女である。昨年の精霊の祭りで精霊の使いを演じ、実際に山の精霊に憑依された経験を持つ。
 昨年の精霊の祭りの際にも同じ場所で話し込んでいた二人であったが、今年はなにやら様子が違っていた。
 なにしろ二人は恋人同士。紆余曲折を経て先日双方の家族も互いに認める婚約者となった、今村で最も注目されるカップルなのだから。
 そんな二人が祭の席を抜け出して、花火飛び交う夜空の下でひと時の逢瀬を楽しんでいたとしても、邪魔をするのは無粋というものである。
「ターニア…」
「ランド…」
 邪魔のないのをいいことに、互いの名を呼びあった後、二人は抱き合い、そしてその唇が徐々に近付いていき――









「――という夢を見たんだよ!!」
「………」
 夕刻宿に辿り着いたテリーは宿の食堂で待ち構えていたアトラスに捕まり冒頭の夢を語られた。
「…というか、どうやって此処に来たんだ?」
 此処は旅先の宿屋である。一体アトラスは放浪するテリーの居所をどうやって突き止めたのか。
「…ミレーユに占ってもらってきた。」
「そんなことの為に…」
 この男、わざわざ夢の愚痴を言う為だけに、テリーの姉の占いを頼り宿で待ち伏せしていたというのだ。 仕事はどうした。王子様ってのは暇なんだな。と皮肉を返そうとしたテリーであったが、彼が口を開く寸前にアトラスが叫ぶように言った。


「だって!こんなことで愚痴を言えるのはテリー以外いないじゃないか!!」
 テリーは即座に叫び返した。
「お前は俺をなんだと思ってるんだ!!!」
 アトラスも負けじと間髪いれずに叫ぶ。
「姉・妹を見守る会の仲間に決まってる!!!」
「そんなもの入会した覚えはない!!!」
 ダンッと音を立てて机を叩き、きりが無いとばかりにテリーは嘆息して沈黙した。


「大体、今更何にキレてるんだよ。婚約を認めてやっただのなんのと愚痴に付き合ってやったのは随分前の話じゃないか。」
「だからって、ターニアはまだ17なのに!! 手を繋ぐとか、腕を組むとか、く…口づけだとかそういう事は早すぎる!!」
「寧ろ適齢期を過ぎていると思うがな…」
 特に前二つに関しては17の娘が連れ合いと共にそうした行為を行っていたとしても騒ぐほどのものではないとテリーは思う。
 テリーの呆れ返った言動から彼の考えを読み取ったアトラスは、乱暴にグラスの中身を飲み干すと(中身はただの水である)、 荒々しくグラスを机に叩きつけた。
「あぁーー! テリーだけは理解してくれると思ったのに!!」
「俺はお前じゃないんだ。解るわけないだろ。」
「…そうだ、君はそういう人だったね。」
 そもそも、自称『姉・妹を見守る会』の会員達(暫定2名)は相手の悩み事に対しては酷く冷静な対応をする傾向がある。 なのでアトラスは相談相手としてテリーを選んだ時点でこういった対応をされることを予想していなければならなかったのだ。 そのことに思い当たると、アトラスは己の思考に没頭し始めた。
「あぁ…なにやってるんだよ僕は…。結婚祝いの品なんて呑気に作ってる場合じゃない。夢でああなら現実でもああなる可能性は大いにあるのに…」
「…いや、むしろこんなところで呑気に語っていないで結婚祝いの品を作ってやった方が良いと思うぞ。」
 テリーは呆れた調子で突っ込みを入れるがアトラスはそんな言葉を聞いてはいない。
「…いっそのこと、『俺より弱い奴にターニアを任せることは出来ない』って言ってランドに勝負でも申し込もうかな。なんてね。」
 今度こそ、テリーは耳を疑った。大魔王の手から世界を救った勇者が一介の村人相手に勝負を仕掛けようというのだ。 アトラスは「冗談だよ」と笑っているが、その瞳は全く笑っていない。 例え明日『レイドック王子、ライフコッドの青年を傷害』などといった情報を得たとしても納得出来てしまいそうな剣幕である。
 そもそもアトラスとターニアは本来ならば一滴たりとも血の繋がっていない赤の他人なのである。 諸々の事情から今や本人達だけでなくその周囲の人々すらも認める仲の良い兄妹となっているが、だからといってアトラスがターニアとその婚約者であるランドとの恋路を邪魔してもいい謂れは全くない。
 にも拘らず二人の仲を進展させない方法をぶつぶつと考案しているアトラスの様子に、テリーはあまり知りもしないライフコッドの青年に心からの同情を覚えた。









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〜あとがき〜
シスコン同盟ことアトラスとテリーの話。青い閃光の場合の対になるレイドック王子の話です。 自分の事は棚に上げて相手に相談された時は酷く冷静な対応をする人々その2。
実際には血の繋がっていない妹の結婚を一度は受け入れた筈なのに掌を返して二人の仲の進展を阻止しようとするアトラスと無関係である筈なのに愚痴に巻き込まれるテリー。 冒険者なテリーを見つけるために、アトラスはミレーユの占いを重宝しているようです。
しかしこれでアトラスが実際にランドのところに乗り込んだとすると、青い閃光の場合のハッサンと比較するまでもなくランドが哀れ過ぎる・・・
まあアトラスは実際に乗り込むことは無いでしょうけどね。そんなことをして妹に嫌われてしまったらそれこそ自分は立ち直れないということを自覚しているので(笑)
それではここまで読んでいただきありがとうございました。











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